閑話 第11話
空が青い。地球でも、この世界でも空の色に変わりはないようだ。
「ハラ、減ったなあ。おにぎり食べたい」
青空に浮かぶ白い雲を見ながら呟く。
正確にはそんなに空腹な訳ではない。空腹だと感じているのは、どちらかと言えば心の方だ。心が空いている。
村を出て、一番近い都市までゼツさんに運んでもらった。都市に来て、もう一月くらい経ったか。
生活をするためには働かなければならない。だけど、オレを雇ってくれる場所は無かった。
まあ、当然だろう。オレは明らかにこの国の人間ではなく、文字も読めず、魔力もなく、常識が欠けている。
オレでもたぶん雇わないな。怪しすぎる。
そういう訳で、オレは冒険者になるしかなかった。
首に掛けたタグを見る。木製の小さな板だ。オレの等級を示している。
木級冒険者。それが今のオレの立場だ。
稼ぎは良くない。日々を生きるので精一杯だ。
オレは薬草採取だけで生計を立てている。大した額にはならない。身体強化を使えないオレは、都市の近場でしか活動が出来ないからだ。森で寝泊まりするのも無理だ。
文字を覚えて他の職に就きたいが、教えを乞うにも金が必要だろう。その金を貯める余裕もない。
寝る場所は馬小屋の隅。食べる物はすっぱい豆の煮込みだけだ。
体にも心にも栄養が足りないのを感じる。
このままでは、状況は悪化していくだけだという予感がある。八方塞がりの今を抜け出すためには。
「魔物、狩るしかないよなあ」
方法は、たぶん……ある。
村が魔物に襲われた日に、オレは魔力を察知できるようになった。そして、もう1つ出来るようになったことがある。
それは、生き物の魔力への干渉だ。意識を集中すれば、対象の魔力を抜き出すことができる。
この世界の生き物は、魔力が無いと生きられないらしい。魔力が減ると体が弱り、魔力が無くなると死に至る。
事実、捕まえた小さなネズミから魔力を引き抜いたところ、衰弱したのを確認した。
魔物が相手でも、魔力を減らして弱らせれば勝機はあると思う。
「うし。行くか……」
魔物を狩りに。ぶっつけ本番。勝てる保証はなし。掛け金は自分の命のみ。
恐怖はあるが、1歩踏み出そう。どうせ、これ以上無くして困るものは無い。守るものも無く、帰る場所も無い。なら、進もう。
森に入り、手頃な木の枝を拾った。こん棒として使おう。素手よりマシなはずだ。
意識を集中する。魔力を感じる。魔物の気配を探す。小さな魔物がいい。なるべく弱いヤツが。
……いた。静かに移動する。森での気配の殺し方はルヴィに習った。
ゆっくりと進み、藪の隙間から対象を視認する。
いたのは兎だ。犬くらいの大きさの兎。頭に角が生えている。見た目通り角兎という名前だったはずだ。
薬草の一種をモソモソと食んでいる。角は結構鋭そうだ。
……刺されたら、死ぬかな。
暴れ出した心臓を、深く呼吸して抑え込む。狩ろう。あれは小さな個体だ。これで駄目だったら、もう無理だ。
角兎までの距離は大体10m。オレの魔力干渉の射程は2m程だ。超短い。もっと近づかないといけない。背後に回り込もう。
角兎を確認しつつ、ゆっくりと足を進める。だが、やはり自分の命の掛かった状況に緊張していたようだ。
足元。落ち葉に隠れた枯れ枝に気付かなかった。
パキッと乾いた音が響く。
瞬間、ぐん、と角兎が体の向きを変えた。赤い瞳と目が合う。
やばい。見付かった。
一瞬の空白後、角兎がこちらに突進してきた。速いっ!避けるのは、無理だ!
咄嗟に、手に持った木の枝を前に突き出す。ガッと両腕に響く手応え。枝に兎の角が刺さっている。貫通した先端が見えた。
そのまま、体を押し込まれる。
「ぐうっ」
背中に衝撃。背後の木にぶつかったようだ。至近距離にいる角兎が、オレを殺そうと力を籠めてくる。赤い目に殺意が映る。
木の枝を持つ両手に全力を籠めて抵抗する。予定は狂ったが、射程距離内だ。やるしかない!干渉開始!
“手”を出す。魔力に干渉するのに一番効果があったのは、魔力に触れられる手をイメージすることだった。
角兎の魔力に触れ、体から引き摺り出す。角兎の力が弱まった。これならいける!
魔力への干渉を継続する。だが、ある程度抜き出した時点で“手”への抵抗が増した。両手に感じる重さも戻ってくる。
角兎が復活した。
なんでだ!?さっきまでは上手く行ってたのに!!
力を取り戻した角兎が迫ってくる。駄目か……?オレに魔物を倒すことは出来ないのか?
ここでオレは、何も成せずに死ぬだけなのか?
「ふざけんな……!オレは、まだ!!」
手段を探す。必死に脳を回転させる。取りうる手を。何か。
武器もない。魔術も使えない。今使えるのは……引き抜いた兎の魔力だけだ。
「っ……!」
“手”で、角兎に魔力を押し込む。全力で抑え込む!
「ギュッ!?」
角兎の体が震え出した。ガツ、ガツ、と歯を鳴らす音が聞こえる。両腕に感じる圧力が減った。角兎が逃げようとしているのが分かる。
「させ、るか!」
角が刺さったままの木の枝を捻る。弱った兎を地面に押し付ける。死に物狂いで力を籠める。
兎が震える。脚を振り回す。その震えが一段と大きくなり。そして。
パアンッと、兎が弾けた。
「ぶへっ!」
至近距離から赤い雨を浴びる。ドロドロだ。前が見えない。上着で顔を擦って目を開ける。
辺り一面に広がる赤色。血と内臓の悪臭。角兎だったものが散乱していた。
これが、魔力を押し込んだ結果らしい。
「勝った……?生きてる?」
オレが無事で、角兎が死んだ。オレが勝った。どうして兎が爆発したかは……後で考えよう。
「うおっと!」
立ち上がろうとしたら膝が折れた。足がガクガクと震えている。今ごろ死にかけた恐怖が追い掛けてきた。上手く呼吸が出来ない。汗が噴き出る。
「ハッ、ハッ、ふううぅー。はああぁー。解体。解体しないと」
解体……。ほとんど吹き飛んでる。そうだ、魔核。一番高いやつ。どこだ?
血の海の中から、苦労して同色の魔核を探し出した。ついでに、マシな肉の塊を引っ張り出して、その辺に生えていた葉に包む。
戻ろう。冒険者ギルドで換金だ。
これで今日は、少しまともなご飯が食べられるはずだ。
そうして、オレは血の匂いがする森を後にした。
魔核はギルドに売却し、買い取ってもらえなかった肉は自分で焼いて食べた。
出来上がった角兎の串焼きは、血の味がして、お世辞にも美味しいとは言えなかったけど、その栄養に、オレの体は歓喜の声を上げた。
名 前 : コーサク
職 業 : 木級冒険者
魔術適正1 : なし
魔術適正2 : なし
武 器 : 木の棒
防 具 : 布の服
スキル : 魔力察知、魔力干渉(小)




