閑話 第12話
油断していた。
この世界に来てから忘れていた。あの村が温かかったから。最近、魔物の相手ばかりしていたから。
人の悪意というものを忘れていた。
「よお、新入り。最近稼いでるようじゃねえか。ちょっとおごってくれよ」
「そうそう!新人は先輩に酒代を渡すって決まってんだぜえ!」
「はははは!あまり脅かしてやるなよ。震えてるじゃねえか!」
森の中。相手は3人。首から下げているタグは銅。3人とも銅級冒険者だ。
全員オレよりも背が高く分厚い。まさに荒くれ者という見た目。腰には剣がある。
戦うのは無謀だ。身体能力では勝ち目がない。
魔力への干渉も無理だ。高い集中が必要のため、1対1じゃないと使えない。そもそも、目の前の冒険者には効かないだろう。
ここ最近、小型の魔物を狩って理解した。オレが魔力に干渉できる規模には限りがある。相手の魔力が大きければ干渉できない。
最初に狩った角兎より、少し大きな個体を相手にしただけで、“手”の手応えには強い抵抗を感じた。
目の前の3人は、角兎より魔力が多い。干渉は弾かれるだろう。
どうする。逃げるのは可能か?隙を突けば……。
「おいおい」
「っ!?」
一瞬で目の前に1人がいた。速すぎる。反応すらできない。
「無視すんじゃねえよ」
「ぐほっ!!」
メリッと、体が悲鳴を上げる。体の空気が抜ける。オレの腹部に太い足が突き刺さっている。
為す術なく蹴り飛ばされる。受け身も取れず、無様に草の上を数回転がった。
地面が柔らくて良かったと、頭の隅で思考した。
痛い。体が軋む。衝撃が全身を麻痺させている。
それでも、震える手で体を起こし、立ち上がろうとした。
「そらよ!」
「がっ!」
顔に衝撃。一瞬だけ、迫ってくる腕が見えた。殴られたらしい。頭が地面にぶつかる。視界が捻じれる。世界が揺れる。
脳が揺れたみたいだ。平行感覚は行方不明。
「んじゃ、貰ってくぜえ」
懐に手を伸ばされる感覚。阻止したいが体が上手く動かない。
仮に動いても、何も出来ずに怪我が増えただけだったろうけど。
「ははっ。意外と貯め込んでるじゃねえか」
「こいつは俺等が有効に使ってやるよ」
「魔力が無えってのは大変だな!雑魚が魔物をチマチマ狩るより、俺たちが魔物を狩る方が効率がいい。お前の分まで狩ってやるから感謝しろよ!」
笑い声が森に響く。不快な音が、揺れる脳を叩く。足音が去っていく。
「…………」
悔しい。悲しい。そして、それ以上に、オレは疲れていた。
「痛っ……!」
衝撃の抜け切らない体を起こそうとして、感じる痛みに諦めた。酷い鈍痛が腹部を支配している。ついでに転がったときに捻ったのか、左足首が鋭く痛む。
力を抜いて、仰向けに転がった。大の字に寝転ぶ。
「血の味がする……」
殴られたときに、口の中が切れたのだろう。鉄錆の味がじわりと広がる。
「なんか……疲れたなあ」
見上げる空は高い。ほとんど雲の無い快晴は、呆然と見ていると空に落ちそうな感覚になる。
「頑張ってる、つもりなんだけどなあ……」
上手く進めない。簡単には強くなれない。文字を教えてもらうために貯めていた金も、さっき無くなった。
何も進歩していない。重い泥の中にいるようだ。
さっきの冒険者3人には、たまに冒険者ギルドで絡まれていた。オレが狙われたのは、一番弱いからだろう。
肩を組まれるだけでも、オレに魔力が無いのは分かる。いい獲物だったのだろう。少し金を持っていて、反撃される心配はほとんどない。絶滅したどっかの鳥みたいだ。
「疲れた……」
徒労感に体が沈む。あの村で強くなると誓ったのに、オレはどこにも行けていない。
無理だったのだろうか。高望みだったのだろうか。強くなりたいという願いは、オレには過ぎたものだったのだろうか。
ぼんやりと空を眺めていた目を閉じる。
今は少し休みたかった。森で無防備で寝転ぶなんて危険な行為だけど、立ち上がる気力が湧かなかった。鉛のような疲労が体の奥にある。心の火が消えた。
「……」
何も考えずに体の力を抜く。何もかもがどうでもよかった。頬を撫でる風が気持ちいい。首元に刺さる草だけが少し気になった。
「……」
「……」
「……」
……。
「おい、君。大丈夫か?」
ふいに声がした。高い、女性の声だ。
「生きているか?」
億劫だったが目を開ける。眩しさが一瞬目を焼いた。数度瞬きする。
「生きては、いるようだな」
とても、とても綺麗な女性だった。赤みのある金色の髪を風に揺らし、見上げた空と同じ色の瞳でオレを心配そうに覗き込んでいる。
「良かった。動けるか?」
「はい、だいじょ、つうっ!!」
反射的に返事をしてしまったが、良く考えたら大丈夫じゃなかった。まだ体が痛い。動くのは厳しそうだ。
「無理に動かない方がいい。少し待て」
目の前の女性がオレに手を伸ばしてくる。その手がオレの胸に触れた。温かな魔力が流れ込んでくるのを感じる。
熱が全身に広がり、体が活性化していくのが分かる。
「む?魔力が……?この状態で良く生きているな。普通なら意識もないぞ」
「体質、なんです。あの、ありがとうございます」
「ふふふ。気にするな。初歩の治癒だが、これは得意なんだ。職業柄、良く使っていた」
過去形?女性は鈍く太陽光を反射する鎧を着て、武骨な直剣の鞘を腰に留めている。騎士のような見た目だ。
ただ、鎧も鞘も、何かを削り取った跡が見えた。
腹部の鈍痛が引いていく。
「オレ、木級冒険者のコーサクといいます。このお礼は必ずします」
心地よい魔力が体を動かす。体に熱が戻ってくる。まだ、オレは動けそうだ。目の前の女性のおかげだ。その感謝を伝えたい。
「ふむ。このくらいで礼を貰おうとは思わないが……。貸し1つとしておこう。私に何かあったら手を貸してくれ」
「はい。いつでも。ええと……」
「ああ、まだ名乗っていなかったな」
そう言って、彼女が名前を告げる。
「私の名はロゼッタだ。君と同じ冒険者で、階級は銀だ。よろしく頼む」
そう微笑む彼女の瞳は、青空に負けないくらいに魅力的だった。




