対策の追い込み
氷龍への対策開始から5日目。とうとう本格的に気温が下がってきた。今は昼だが、現在の気温は10度。夏場ではありえない気温だ。
頭上の灰色に近い雲も、厚くなっているように見える。太陽はとっくに雲に隠されて、どこにあるのかも分からない。
「お、終わったぁ~」
「ええ、コーサクさん。お疲れさまでした」
農場への魔道具の設置が終了した。気温の低下を受けて、既に熱を逃がさないように防壁の魔道具を起動している。
透明な結界に囲まれた、即席の温室たちが立ち並んでいる。
徹夜して大至急で作った光源の魔道具も、魔力濃度を上げる魔道具も、農家とリューリック商会の方々総出で配置してもらった。
予備も渡してある。後は効果が切れないように魔力を補給するだけだ。消費量は多いが、農家とリューリック商会の人数も多い、補給はなんとかなると思う。
後はリューリック商会が上手く対応してくれるだろう。
昼食は農家の奥さん方が作った料理をごちそうになった。奥さん方も忙しかったので、そう手の込んだものではない。ゴロゴロと野菜が入ったスープと麦粥だ。
スープの味付けは塩のみで素朴な味だったが、野菜の栄養が疲れた体に染みわたる。麦粥は、まあ、硬いパンよりは食べやすい。消化に良さそうだ。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「どういたしまして。まだ働くのかい?」
食べ終わった食器を農家の奥さんに返すと聞かれた。仕事はまだある。というか、いくつか増えた。
都市で集めている薪が足りないようなのだ。乾燥していない木材は、燃やすと水分により多量の煙が出る上に、そもそも燃えづらい。
集めた薪の量から計算した結果、各家庭に行き渡らないことが判明したらしい。
追加で暖房の魔道具を作ることになった。その他にも対策が進むほど、細かい問題が見えて来ている。
「ええ、まだ必要な物があるので」
「そうかい、あまり無理するものじゃあないよ」
「はい、ありがとうございます」
奥さんに礼を言い。ガルガン工房に向かう。リックはいない。今日は情報の伝令で飛び回っているはずだ。
それにしても、オレはそんなに大丈夫じゃなさそうに見えるのだろうか?
風が冷たい。初めて経験する本格的な冬に、風邪を引く人が少なければいいと思う。
特に子供達は心配だ。孤児院はアリシアさんがしっかりやっていると思うが。
「戻りました」
「おう。農場の方はどうだ?」
「魔道具の設置は全て終わりました。気温が下がって来たので、結界はもう発動させています。後はもう、実際に試すだけですね」
「そうか、良くやった。悪いが、そっちがお前さんに追加で頼む分の魔道具だ。……少し休んでからでもいいぞ?」
「いえ、大丈夫です。すぐに始めますよ」
既に頭痛は収まらなくなっている。今休めば、しばらく起き上がることが出来なそうな気がする。さっさと終わらせるべきだろう。
「そうか、あまり無理はするなよ」
「はい、分かってます」
分かっている。無理をするべきときがあることを分かっている。今はその時だろう。まだ行ける。
魔石を手に持ちアクセスする。左手には魔術式が記載済の魔石を、右手には空っぽの魔石を。
機械的に、淡々と魔術式を書き込んでいく。周囲にいるどの魔道具職人よりもオレは速い。
睡眠不足だ。思考が鈍い。それでも魔道具を作る。
頭痛が酷い。周りが揺れているように感じる。それでも次の魔石を手に取る。
なぜ、誰もオレの速度に付いて来てくれないのか。不要な思考が巡る。それでも魔術式を刻み込む。
オレがこんなに苦労する必要はあるのだろうか。ある。オレは理由を持っている。だから次の魔石にアクセスする。
鼻の奥で血の匂いがする。頭が痛くて頑張る理由が思い出せない。それでも最後までやると決めたという認識がある。だから次の魔石に手を伸ば……。
伸ばした右手が宙をきった。想定していない感触に、何が起きたのか理解できない。
「……ああ、終わりか」
オレに用意された魔石は無くなっていた。いつの間にか必要数を作り終わったようだ。
達成感よりも梯子を外されたような、良く分からない驚きだけが胸にある。
「おう、終わったか。後はこっちでやっておく。帰って寝ろ」
「……親方、なんか明るくないですか?」
「当たりめえだ。さっき夜が明けたからな。さっさと帰れ。んで寝ろ」
いつの間にか6日目の朝になっていたようだ。全然気付かなかった。
ガルガン親方の背を押されて、工房を後にする。外に出ると、雪がちらついていた。雪を見るのも久しぶりだ。空気からは、冬の匂いがする。
空には、重量さえ感じるような、白と灰色が混じった雲がある。氷龍はもう飛び立ったのだろうか。
飛ぶ龍より速い情報伝達手段はここには存在しない。後はもう、通り過ぎるのを待つだけだ。
「……寒い」
オレは今、薄着にコートだけの恰好だ。風が冷たい。冬服をださない、と……そういえば、この都市では冬でもあまり気温が下がらないので、オレは冬用の服を持っていなかった。
「寒いのは、10日間だっけか。服、買わないと……」
魔道具作りに没頭して、自分の防寒具のことが頭になかった。
眠いし、頭痛いけど、防寒着を買いに行かないと、風邪を引きそうだ。
ふらふらと歩きながら、服屋を目指すことにした。




