氷龍飛来
防寒具を求めて服屋に入る。
「もう売り切れなんです。ごめんなさい」
次の服屋に行く。
「悪いな。品切れ状態だよ」
次に行く。
「あ~、うちも無いないねえ。きっとどこも一緒だよ」
売ってない……。
「おっちゃん、その肉の串1本ちょうだい」
「あいよ、毎度あり!」
何件か服屋を回ったが、どこも防寒着は売り切れだった。まあ、皆考えることは一緒だ。元々、冬でもあまり寒くないので防寒着の在庫も少ない。欲しがる人が増えればあっという間になくなるだろう。完全に出遅れた。
歩き回っていたら、肉を焼く匂いがして空腹だったことに気が付いた。何かの肉を串に刺して焼いている屋台で、1本購入する。
普段はたくさんの屋台が並ぶこの通りも、今日は数が少ない。雪が降ってきたから当然だろうが、いつもは賑わう通りがずいぶんと寂しい。
肉はけっこう美味しい。濃いめの味付けが、今の体にちょうどいい。何の肉だろうか。
さて、困った。さすがに氷点下の気温で防寒具無しでは、雪かきすらつらいだろう。どうするか。いや、まあ、売ってないなら、自分で作るしかないだろう。
帰って、まずは今着ているコートに綿でも詰めるか。撥水性の良い、結構高かった代物だ。雪でも使えるだろう。
綿も売り切れだったので、家のクッションが1つ解体されることに決まった。
家に向かって歩きながら考える。
後は帽子と、手袋と長靴。ええと、素材はあるから何とかなるな。あっ、ガルガン工房に雪かき用のスコップ頼めば良かった。う~ん、この間の、倒木で作った荷車でもバラして作るか?
そういえば、さっきの串なんの肉か聞くの忘れたな。
いつの間にか家に着いていた。思考が散らかっている感じがする。
「まあいいや、始めるか」
クッションの縫い目を切って、側面を開いて綿を取り出す。
コートの縫い目も、バラバラにならない程度にいくつか切って隙間を開ける。空いた隙間に綿を詰めていく。ちょっと不格好だけど、使うのは10日くらいだ。いいだろう。
「そうだ、ミシン」
ミシンを持ってくるのを忘れていた。やはり、ダメージが大きい。頭痛は弱くなっているが、頭が回ってないようだ。どうにも段取りが悪い。
足踏み式の手動ミシンを倉庫から持ってくる。こんなに重かっただろうか。持ち運ぶのが大変だった。
ミシンを準備して、綿を詰めたコートを仮縫いする。チクチクと。
「いでっ」
針が指に刺さった。痛え。普段ならこんなミスはしないのだが。
時々、ちょっとしたミスを起こしながらも、なんとかコートを仕上げた。これで多少マシになるだろう。
次は、帽子か。耳当てを付けたいと思う。
やっと、やっと終わった。なぜか指が傷だらけになっている。
気づけば、外はもう暗い。雪も激しくなっている。暗闇に落ちて来る雪は、粒が大きくて重そうだ。気温もかなり低下してきた。
氷龍は今どこにいるのだろうか。そう言えば、王国に行ったロゼッタは大丈夫だろうか。
体が重くて、料理をするのも厳しいので、今はお茶だけ入れて、干し肉とチーズに漬物を出して、いつもの蜂蜜クッキーと食べている。
野菜の皮を剥くのも面倒くさい。
食べ終わったら寝よう。さすがに限界だ。
「……おやすみなさい」
目が、覚めた。なぜか。まだ外は暗い。オレが寝てから数時間しか経っていないだろう。事実、今目をつぶればすぐに夢の世界に行けるはずだ。
だけど、目が覚めた。原因は明らかだ。北の方角から、馬鹿みたいな大きさの魔力を感じる。
氷龍が、向かって来ている。
眠気と疲労を訴える体を引きずり、作ったばかりの防寒具を身に着けて外に出た。外は猛吹雪だ。さらに魔道具を起動して、周囲に防壁で結界を作る。ついでに暖房の魔道具も起動した。
あり得ないほどの魔力が近づいてくる。吹雪がより強さを増して来た。どんどん雪が積もっていく。
北の空を見つめる。龍種。生きた災害。生物の頂点。氷龍をこの目で見られるのは、これが最初で最後だろう。多少無理しても見てみたいと思う。
段々と、空が白み始めてきた。7日目の朝だ。感じる魔力も近づいて来ている。予想より氷龍の動きは少し早かったようだ。
明るくなってきた空の向こう、吹雪の奥に、銀色の輝きが見えた。
氷龍だ。2対の羽をゆっくりと動かし、細長い体を優雅にくねらせながら、纏った膨大な魔力で吹雪を切り裂き進んでいる。そのフォルムは東洋の龍に近い。
圧倒的な存在感に、目を離すことが出来ない。
「……すげ~な。すげ~きれいだ。しかも超はえ~」
上空なので分かりづらいが、かなりの巨体だ。その煌めく巨体がすさまじいスピードで都市の上を通過する。
通過した瞬間、よりいっそう吹雪が強くなった。
朝日を反射しながら銀色の巨体が遠ざかる。とても人では手が届かない存在、美しくも暴力的な力を持つ龍を見送った。
「やべ、埋もれそう」
気づいたら雪に埋もれそうだ。防壁を解除して、苦労して雪の中を進んで家に戻る。吹雪は少し弱まっていた。
これ以上雪が積もると、家から出られなさそうだ。大丈夫だろうか。
家に入って寝ようと思ったが、興奮しているのか、頭が覚めて寝ることができない。
少しお茶でも飲んで落ち着こうと思う。
「ふう~。すごかったなあ、氷龍」
帝国の貴族は良くあれを何とかしようと思ったものだ。見ただけで無理だと思わなかったのだろうか。
外が騒めいてきた。都市の人々も活動を始めたのだろう。今は吹雪というほどではないが、まだ積もりそうな雪が降っている。窓から見える庭には、既にオレの胸くらいまで雪が積もっている。
どこにも被害が出ていないと良いけど。
既にこの状況ではオレに出来ることは少ない。後は身体強化と魔術を自在に使える、この都市の人々が対応するだろう。
頭の興奮も収まって来た。オレは寝る。
ドンドンドンドンッ
「コーサクさん!おはようございますっす!都市代表さん達が呼んでるっすよー!迎えに来たっす!」
寝かせてくれよ。




