表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵令嬢エレーヌ・エリーゼ・ストーンハートには血も涙も汗もない  作者: 堂道形人
見習い庭師トマと新米菓子職人ブルーノ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/91

見習い庭師トマと新米菓子職人ブルーノ 第十六話

 誰も居なくなったエレーヌのリビング。ここはエレーヌが居ない時間には普通に、掃除などの為の使用人が出入りしている。


 そこに現れたのはブルーノだった。周囲が無人である事を確認しつつ、ブルーノは何かを探していたが……それはリビングで見つかった。銀の皿とクロッシュを乗せたワゴンだ。


 ブルーノは一目散にワゴンに駆け寄ると、クロッシュを持ち上げ……そして、がっくりと肩を落とす。

 練り物オムレツに一口だけ匙をつけた跡があるのみ……他には何も手をつけていない。

 天井を仰いだブルーノは、ふとリビングを見回してしまった。


「ひぃあっ!?」


 飛び上がるブルーノ。まさかエレーヌが居てソファに座っているとは思わなかったのだ。

 ブルーノはソファの……エレーヌの蝋人形に向かって平伏する。


「も、申し訳ありませんお嬢様!私はただ!お嬢様に召し上がっていただけるデザートを作りたかったのです!食欲の無いお嬢様にも何とか召し上がっていただけるような、そんな究極のデザートを!私は……」


 当たり前だが、エレーヌは何も言わない。ブルーノは恐る恐る顔を上げる。


「お嬢様……?」


 そこでようやく、ブルーノも気づいた。こんな時間にエレーヌがイブニングドレス姿でここに居るのはおかしい。それにこの質感は……


「人形……」


 ブルーノはそろり、そろりとその人形に近づき、様々な角度からそれを見つめていたが。


「……そうか……そういう事か……」


 突然挫折したかのように、ブルーノはがっくりと、膝をつき、四つん這いになる。

 そして、暫くの間、そうしていた。




 その日の午後。

 男装のサリエルはベアトリクス教会の裏手の道で、辻馬車を降りた。


「ありがとう」


 辻馬車が去って行くのを少しだけ見送り、サリエルはステッキを握り締め、辺りを見回す。人気の無い場所だ。かつては荘厳であったであろう庭園は荒れ、石垣は苔むし、アーチは崩れかかっている。


 庭園は誰も居ないように見えた。時刻は午後二時ぐらいだろう。


 辛うじて草刈りぐらいはしてある道に、サリエルは足を踏み入れる。庭園の奥には古い墓地があり、ごく稀に墓参客が通る事もあるのだ。


 庭園の中央には池があった。池の前には古びたベンチがいくつかある。

 池の水は濁り、藻がびっしりと生えている。池の中央には馬を模した石像があるのだが、台座にも像にも苔や黴が生えてしまっていた。


 辺りを見回しながら、サリエルは小さな鏡を一つ、池のほとりに置いた。

 それから手近なベンチに近づく……だがそれには腰掛けず……そこに佇む。


 五分……十分。時間が過ぎる。


 サリエルは池を見るふりをして、鏡を見ていた。

 鏡にはサリエルの背後……三十メートル程の距離にある、庭園の斜面の上に作られたバルコニーが映っていた。

 サリエルの瞳は、その鏡に映った小さな変化を見逃さなかった。


――ドン!!


 サリエルも、エレーヌに仕えるにあたり、色々な事態や困難を想定し、訓練や技能の習得をして来た。

 しかし……銃を向けられ、引き金を引かれるというのは、想像していたのよりずっと恐ろしい事だった。


 とりあえず、撃たれる前に飛び、バルコニーからの死角に入る事は出来たが……今、自分の近くに、銃を持っていて自分を撃とうとしている人物が居る事に変わりはない。


 この場所は昨日のうちに探索済みで、地形は頭に入っている。念の為午前中にも来て見張っていた。サリエルは正午頃わざわざ一度宿に戻り、尾行を引きつけてからここに来ている。

 しかし。いきなり撃って来る事もあるのではという用心は、いささか大袈裟ではないかと自分でも思っていたのに。まさに本当にそうなるとは思わなかった。

 バキバキと音を立て……庭園の低木の枝の間へと、サリエルは逃げ込む。

 そして、叫ぶ。


「待て!撃つな!」


 しかし足音が近づき……


――バキ!ズザザザザザ!!


 何かが折れるような音と、土砂が崩落するような音が。寂れた庭園に響く。




 ベアトリクス教会裏の庭園。伸び放題の低木の枝と枝の間。サリエルは勿論、解っていてそれを飛び越えたが……まさかそんな単純な仕掛けを施していたとは思わない追跡者は、サリエルが用意しておいた……ただの落とし穴に落ちた。



 降りかかる土砂と土煙、頭上を覆う低木、視界を奪われたまま、追跡者は落とし穴の淵に手を掛け、這い上がろうとしたが……何者かに、その手に持っていた拳銃をもぎ取られた。

 溜息をつく追跡者。次の瞬間、誰かが彼の手首を掴み……たちまち、地上へとその体を引きずり上げた。



「まさか……ご本人に御会い出来るとは思いませんでしたな」



 サリエルに手首を掴まれ、引きずり上げられたのは、アンドレイ・アンセルム・ローゼンバーク男爵本人だった。サリエルはその手首を離す。


「私も驚いているよ。自分がこんなに愚かだったとはね……君、立派な成人男子を罠に嵌めるのに、落とし穴は無いだろう」


 引き揚げられたアンドレイは、平然と服の埃を払う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ