十月のエリーゼ 第五話
その日の午後遅く。黒いワンピースに黒い鍔広の三角帽を被ったジョゼは、庭師用の通用口からサリエルの手引きで、伯爵屋敷の敷地内に招き入れられた。
「ここが…エレーヌ様の屋敷の敷地内…」
ジョゼはこの時小刻みに震えていたが、サリエルは辺りを警戒していた為気づかなかった。
サリエルは屋敷ではなく、ブドウ畑の向こうにある古い馬車用のガレージの方にジョゼを連れて行く。
ここは今はガレージとしては使われておらず、収穫したぶどうの一時的な保管所として使っていた。ぶどうは既に収穫を終え醸造施設に移されている。
「さあ、入って」
サリエルは表の大扉ではなく側面の小さな扉からジョゼを招き入れる。中は暗く、よく見えない…サリエルはランプを灯す。
「きゃっ…」
真下から照らされた巨大な…笑顔の象の像…それは掛け値なしに怖かった。
ジョゼはサリエルから手渡されたもう一つのランプをかざし、倉庫内を見回す。等身大の象の像はハリボテで出来ているようで、中にランプを灯せるようになっているらしい。足元には金色の台車がついていて、移動出来るようになっている。
他にも数台の大きな台車や四輪荷車がある…荷車は造花やリボンで派手に飾り付けてある。真ん中には立派な安楽椅子が置かれていて、その周りは一際派手に飾られていて、その頭上のアーチには『エレーヌ様お誕生日おめでとうございます』の文字が、十二個のランプに飾られて輝くようになっているようだ。
他の台車にも巨大な動物達のハリボテが…この辺りはどうも作りかけのようだが、完成するとゴリラになると思われる物、ライオンになると思われる物…全て中にランプを取り付けられるようになっている。
「去年は骨組みを木で作りましたの。そうしたらランプの火が移ってしまって…」
その反省からか。ライオンやゴリラは針金や鉄の線材で骨組が組まれている。皮の部分はやはり紙で出来ているようだが。
巨大な動物の他にも、小人の妖精を模した物、ただ単に大量のゴム風船を貼り付けられた物…様々な物を載せた台車が、そこらじゅうにある。
「本当はもっともっとたくさん造りたいんですけど…一人ではこれが限界ですわ」
ジョゼはうっかり、天井を見上げてしまった。そこには巨大なランプの魔人を模したハリボテが吊り下げられていた。魔人の身長は五メートルくらいありそうだ。
「それには当日内側の紙風船に浮揚ガスを入れますの。フワリと浮くはずですのよ…去年はガスを入れ過ぎて爆発してしまいましたけど、今年は大丈夫ですわ」
ジョゼは懸命に眩暈を抑え、崩れそうな膝を支えていたが…
「あの、サリエルさん…エレーヌ様は…こういうのがお好きなのでしょうか…」
「サリエルでいいのよジョゼ。お嬢様は派手で賑やかなのがお好きなのですわ。今、レアルから大道芸人やピエロも呼べないか、手紙で問い合わせている所ですの…さあ、手伝って、ジョゼ!どうしても二人でやらないと出来ない作業があるのよ、一時間でいいから手伝って下さると、とても助かりますわ!」
サリエルは笑顔で言った。
二日酔いから回復したエレーヌは自分のリビングに居た。
珍しくサリエルが近くに居ない。
特に用は無いし、いつも側に張り付かれるのはいい加減鬱陶しいと思う事もあるのだが、居なければ居ないで呼びつけたくなる。
エレーヌは一度呼び鈴を持ち上げるが、結局鳴らさずに元に戻し部屋を出て行く。
突然の女主人の来訪に、ポーラは驚いた。
「エレーヌ様…あ、あの、ごめんなさい、私いつまでも寝ていて…」
「…先生は大丈夫とおっしゃるけど、40度の熱を出したばかりなのよ。横になっていて当然ですわ…水枕は大丈夫?ちょっと温いわね…」
エレーヌは小さな器に貯蔵庫の氷を入れて持って来ていた。
「あの…お嬢様にうつったら困ります…」
「ふ、ふ…貴女の病気、皆は赤ちゃんの時に済ませている病気なんですって。私にうつる訳がありませんわ」
エレーヌは水枕の水を少し減らし、氷を入れてタオルを巻き、ベッドに戻す。
「まだ結構熱いわねえ…38度台かしら」
ポーラをベッドに寝かせなおすと、エレーヌは布団を直し、傍らの椅子に座る。
「小豆餡入りブリオッシュの顔を持つ男、ご存知?」
エレーヌはその絵本を見せながら言う。ポーラは首を横に振った。
「読んであげるわね」
エレーヌが絵本を読み終わる頃には、ポーラは寝息をたてていた。
ポーラを寝かせている客室は、普段エレーヌが入らない部屋である。この部屋から見える景色も、普段エレーヌが自室で見ている景色と違う。
「…」
窓から古いガレージを見下ろすエレーヌ。ちょうど今、ガレージの側面の小さな扉が開く所だった。
中から出て来たのは…魔女だろうか?黒い鍔の広い三角帽を被り、黒いローブを着ているように見える…小柄な人影だ。
その不審人物は、ガレージの中に居る人物に向かい、何か言っているようだった。その声はここまでは聞こえなかった。
やがて魔女はお辞儀をして、ブドウ畑の間を走り去って行く…この部屋からでは顔は全く見えなかった。
扉から顔を出し、その人物に手を振っているのは…サリエルだった。
「…」
腕組みをしてそれを見下ろしていたエレーヌは、傍らのカレンダーに気づく。
七日の所に赤い丸印とHのマークが描かれていた。あまり上手ではないのは、ポーラが描いたからだろうか。
急に何事かを思い出したかのように。エレーヌは部屋を出て行く。
廊下を大股で歩き、父オーギュスト用のリビングに入ったエレーヌは、例の段平刀を押し掴むと、辺りを見回し、暖炉の仕掛けを動かし、隠し廊下へと入る。
部屋と部屋の間に巧妙に作られた狭い隙間を通り抜け、小さく急な階段を降り、エレーヌは屋敷の秘密の地下室に出る。
この辺りは数百年前、屋敷が改築される前の構造物で、ストーンハート家の負の遺産である…壁も床も全てが石造りで、この辺りで物音が立っても誰も気づくまい。
小さなランプを手に石の廊下を進んだエレーヌは、行き止まりの蝶番の外れた戸板を持ち上げて開く。その奥にはいくつもの人影が…いや、人影に模した藁人形や丸太人形が並んでいた。
エレーヌは段平刀を抜き放つと、鞘を壁に立てかけた。そして。
「ふんっ…!」
エレーヌが大上段に構えた段平を振り下ろすと、その等身大の藁人形は物も言わず、袈裟懸けに両断された。
「…」
無言で藁人形の切断面を検めるエレーヌ。その眉間には微かに皺が寄った。
エレーヌ「そこの貴方!レビューを書いて下さっても良くてよ!」
サリエル「せめて…ブックマークを下さい…御願い致します…」
ジョゼ「PVだけでも嬉しゅうございますの!また見に来て下さいね!」




