第二話 スカウトされる?
場所は洋食店。
美咲への誕生日プレゼントを買い終えて、街をブラブラして時間を潰し、当初の予定通り、湊と玲奈、そしてゆいの三人で夕食を食べていた。
街をブラブラしている間もいろいろあったのだが、三人ともそれを口に出すことはない。本当にどうでも良いことであるし、思い出したくもなかった。詳しいことは伏せておくが、湊と一緒にいる女の子二人は、世の男性が放っておくことはないという事と、それの対処を任されたのが湊だった、という事だけ言っておこう。
当然、と言われれば湊は苦い表情をするだろうが、店中から、三人へと視線が向けられていた。
その視線は男女問わない。男子は、玲奈とゆいに頰を染めながら、釘付けになっている。そして、湊への少々の羨望と嫉妬。女子は女子で、湊へ頰を赤く染め、頬に手を当てながら、じーっと熱い視線を湊に送っていた。また憧れるようなそんな視線を玲奈とゆいにも送っていた。
玲奈とゆいは、全然気にしていないようだが、湊はこの視線に胃が痛くなるような思いをしていた。図太いというか鈍感というか、湊はそんな二人を羨ましそうな、あるいは呆れたような目で見た。
当然、湊のその視線に二人は気付く。「どうしたの?」と玲奈が聞いたが、湊は「何でもない」と言い、食事を再開した。
数多の視線を気にしないようにするため、食事へと集中する。玲奈とゆいも、学校がある時に屋上で昼食を食べている時のが嘘であるかのように、静かに食事を堪能していた。
そうしてしばらく無言が続き、三人は食べ終わった。玲奈はぽつりと呟く。
「……おかわり、しようかしら……?」
どうやら相当美味しかったらしい。それこそ無言になるくらい。しかし、湊が頼んだ料理もそうだったが、割と量はあったはずだ。さすがにもう一品注文するのは厳しいだろう。
故に、
「太るぞ」
遠回しに、無理だろうと言いたかったのだが、湊の何と不器用なことか。
「わ、分かってるわよ! もう、失礼しちゃうわね!」
少し、頬を染めながら、そっぽを向く玲奈。実際、玲奈も冗談で言ったのだ。さすがにもう一回は食べられない。本当に美味しかったから、そう言っただけなのに、まさか太るぞと返されるとは思わなかった。
まあもっとも、そんな失礼なことを湊が言う相手は玲奈だけなのだが。さすがに美咲とゆいにはそんな事言わない。湊の中でもう玲奈には遠慮はしないと決めているのだ。
と、そこへ、ちりんちりんと鐘の音が響いた。また新たな客の来店のようだ。
一瞬、店内の視線がその客に向けられるが、もう存在を忘れるかのようにすぐに視線が湊たちの方へ戻った。
湊もちらっと新たな客に視線を向ける。その客は男女の二人組であった。二人ともスーツを着ている。しかも女性の方はなかなかに美形のようだ。
その女性は、敏感に店内の視線の流れを感じとり、まるで自分がどうでもいいかのように扱われた事に、むっとした。そして、釣られるように、店内の視線が一箇所に集まっている方を見る。
カチン。
そんな音とともに女性の時は止まった。が、店員の「いらっしゃいませ〜」という声とともに、時を取り戻す。
店員が何やら自分たちに向かって言っているが、一向に耳に入らない。女性は、あまりにも困惑していたからだ。
なんだ、あの三人は。と。
職業柄、今まで色んな人を見てきたが、あの三人は別格だ。特に、あの男性は。
一緒にいる二人の女の子からすると、おそらく高校生なのだろうが、全くそうは見えない。彼からは大人のフェロモンというのか、男の色気がプンプンとしている。遠目からでも、美形でスタイルが抜群というのも分かる。
二人の女の子も、片方は、まだ子どもっぽさが抜けていないが、可愛らしい容姿と相俟って、それはそれで途轍もない破壊力を持っている。
もう一人の女の子は、肩まで伸ばした綺麗な黒髪に、座ったままでも分かる、すらっとした体型に凛々しい雰囲気を纏っている。男の子と同じで大人の色気を匂わしている。
──これは、行くしかない
女性はそう決断し、店員が自分たちを席に案内するため先導しようとしているのを無視して、彼らの方へ歩いて行った。そう、湊たちの方へと。
湊は、逸早く女性が自分たちの方へと歩いて来るのを察知した。
嫌な予感がプンプンとする。
女性が来る前に、すぐにでも店から出たいという衝動に駆られたが、そんなこと出来るはずもなく、女性は湊たちのテーブルの前で歩みを止めた。
「「?」」
玲奈とゆいは、自分たちの席の前で立ち止まった女性を見上げ、どうしたのだろうと女性を不思議そうな目で見た。
「ここ、座ってもいいかしら?」
女性は湊の横を見て、尋ねてきた。未だに呆然としている玲奈とゆいを放置して、湊が返事をする。
「あ、この席がいいんですか? もう俺たち済んだんで、ちょっと待ってください。ゆい、玲奈。出るぞ」
「え? えっ?」
「ほぇ?」
湊は急いで、玲奈とゆいを立ち上がらせ、会計を済ませようとする。内心は早くしてくれと、焦っていた。だがそんな急展開に、当然二人はついて行くことなど出来るはずもなく、女性がそれを遮った。
「ま、待って待って。君たちを退かせようって訳じゃないの。ただ、君の横に座ってもいいのかって聞いただけなのよ」
湊は内心で舌打ちした。湊だってそんなことは分かっていた。ならば、なぜあんな行動に出たかと言われれば、絶対に面倒な事になりそうだったからである。
「あ、そうなんですか。──ダメです」
ただ、まだ諦めないのが湊である。
まさか、断れるとは思っていなかったのか、女性は「えっ」と驚いたように言葉を発した。
「おい、何やってんだ。早く会計済ませるぞ」
「ちょ、ちょっと待ってってば!」
はっとなって女性は立ち上がった湊の腕を掴み、無理やり座らせる。ただし、少し頬を染めながらではあるが。
女性はすぐに手帳を取り出し、その中から名刺を引っ張り出した。それを机に置く。
「私は、矢野寧々と言います」
机の上に出された名刺を見る。そこには、バーナム芸能事務所という会社の名前が書いてあった。
「この名刺を見てもらえれば分かりますが、私はバーナム芸能事務所所属のマネージャーです。皆さんも、バーナム芸能事務所はご存知ですよね?」
さすがにそれは知っている。日本でも有名な芸能事務所だ。その芸能事務所に所属するマネージャーが何のようか、など聞かずとも分かる。
「単刀直入に言うわ。うちの事務所に来ないかしら? 三人とも」
つまりはスカウトである。
スカウトなど普通の人なら、なかなかされないだろう。もしされたなら、次の日には学校で友達に言いふらしまくるかもしれない。普通の人ならば。
だが、ここにいるのは湊である。湊は普通の人とは一味も二味も違う。
湊はスカウトだと分かった瞬間、やっぱりかと思うと同時に、またかとも思い、内心で盛大にため息を吐いた。そう。スカウトはこれで初めてではない。今日だけで三度目だ。
そして、今日三度目の言葉を発する。
「いえ、俺、そういうのに興味ないので結構です」
「私も結構です」
「わたしも」
玲奈とゆいも、今日三度目となるスカウトに同じように断った。
「なっ……、どうして? 芸能事務所に入れるのよ? 芸能界に入れば、人生が変わるといっても過言じゃないわ。それに、貴方達なら絶対に成功するわ!」
スカウトを断った湊たちに、信じられないというような顔になりながら、なんとか説得しようとする。
だがそんな言葉で揺らぐなら、もうすでに以前のスカウトを受け入れている。三人とも芸能界など、全く興味がないのだ。
「それでは失礼します」
湊はもう話は終わりだと、立ち上がった。玲奈とゆい今度こそ立つ。しかし、
「……退いてくれませんか?」
湊は席から立ったのはいいものの、隣にはスカウトの女性が座っているため、席から離れられないのだ。スカウトの女性は俯いたまま、一向に退く気配がない。
どうしたものかと、ため息を吐いて、最悪無理やりにでも退かせるしかないかと思っていると、ガバッと湊の目を見て、
「なら、ラインだけでも交換しませんか?」
徐に自分のポケットからスマホを取り出して、さあさあと湊に自分のスマホを押し付けようとする。
「いや、だから興味ないって言ってるでしょう。交換なんてしませんよ」
「はい、それはもう分かりました! もうぶっちゃけ、スカウトなんてどうでもいいです! ていうか、スカウトなんて建前です!」
「ぶっちゃけすぎんだろ! つーか、なんでちょっと頬染めてんだよ!」
「何故だか分かりませんが、貴方を見たらドキッとしてしまって……。あぁ、いえ、分かっています。これが何なのか。そう、恋です。彼と別れてから三年、あれからこんな気持ちになったことなんて無かったのに……。どうしましょう?」
「知るかっ! 腕から離れろ! ああ、もうめんどくせー!!」
気付いているのかいないのか、途中から湊のスカウトの女性に対する言葉遣いが、敬語からタメ口になっていた。湊は自分の腕にしがみつきながら、ウルウルと瞳を潤し、頬を染めながら、諦めずにスマホを湊に差し出し、ラインを交換しようと頑張っているスカウトの女性を、どうにか腕から振りほどくことができた。
湊は無理やりスカウト女性を退かし、伝票を持ち、会計の方へ行こうとする。が、また腕を掴まれた。
「な、なら、ちょっとだけお話しでも。ね? ね? 悪いようにはしないから」
「しつけぇな!」
今度はなかなか離れようとしない。余りにもしつこいので、湊はこのスカウト女性のパートナーと思われる男性に目を向けた。その男性は唖然としていたが、湊の視線に気がつくと、はっ! となって慌てて、湊の方へ近寄ってきた。
「や、矢野先輩! 落ち着いて! 離れて!」
何とか男性のおかげで、腕から話すことが出来た。湊は、自分が持っていた伝票を隣にいた玲奈へと渡し、
「す、すまん! 払っといてくれ! 後で金払うから!」
そう言うと、飛び出すように店から出て行くのであった。ちらっと玲奈が湊の顔を見たが、湊はドン引きしたような顔をしていた。
その間もスカウト女性は「待って〜」とか「行かないで〜」と言っているが、フル無視だった。
「えっと〜、なんか……、ついてけないんだけど……」
「……うん」
後には、呆然と立ち尽くす、玲奈とゆい、未だに「行かないで〜」とか言っているスカウト女性、それを止めているパートナーの男性、そして、怒涛の展開に唖然としている店員と客がいるのみだった。




