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ククク。ヤツは四天王の中では最弱……。  作者: 鴉野 兄貴
終章。あはは。あの子の名前が知りたいって? あの子は由紀子。私の大切な。親友さ
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たしかなこと

 星たち、世界をつつむ輪が見守る青い丸の大地の上の不思議な空間に由紀子と久。そしてこの世界の命あるもの全ては『立っていた』。

 厳密に言えば彼らの肉体は依然元の位置にあるのだが、この不可思議な現象を説明するには足りない。


「さて」


 『死神』と呼ばれた少年は由紀子と久に苦笑い。


「天国に行くことを拒み、黄泉津平坂の果てで堕ちようとする不死者を拾い上げんと抗う小さな魂の炎に導かれてきたが」


 邪魔だったか? と彼は笑う。


「いえ」

「いや」


 思考が完全に止まっている二人は、それでも感謝することは忘れなかった。

 首を左右に振り、応える二人に『ならよかった』と『死神』は微笑む。


 他所の世界に魂を連れ込む不届きな力を探れと伊美別と因幡との神に頼まれた。そういって、『死神』は笑う。


「さぁ。帰ろう」


 ゆっくりと手が差し伸べられた。その手は男の子にしては白くて、柔らかそうで。

 それでも彼の手を握るのを逡巡する二人を見て『死神』が微笑む。


「お前たち二人は他の『勇者』たちと違って死んでいない」と。



「あの『金の髪』は」


 由紀子は震えながら呟く。

 由紀子は不信感、絶望をあらわにして死神に問う。

 『女神』の呪いの言葉の真意を。自分たちもまた、あの女神のようにただ踊らされていただけなのではと。もっと大きな力がいて。彼、もしくは彼女、あるいは彼らの掌で遊ばれていたのが自分たちではなかったのかと。


「あいつか? 『箱庭』の監視役もまた元は『勇者』だったらしいな」


 『死神』はあくまで気さくに応えた。

 『神』に登りつめ、魔族に『魔王』の作り方を教え、人間に『勇者』の召喚を教えた『女神』は自らの箱庭にて人々を飼い続けていたという。


「俺たち。それじゃ」

「私たち。道化だったんですね」


 なにも。何も成して無い。誰も助けることができなかった。

 絶望。失望。今までの努力や喪失の真実を知った。知ってしまった。

 由紀子は。久は。二人は共に肩を落とした。

 肩を落とし、膝をつき、涙と鼻水を垂らして震える二人。

 無念の涙を流した友を想い、己の無力を呪う二人に。


「んなわけあるか」


 『死神』は肩をすくめ、おどけてみせた。


「見ろ」お前たちのもたらしたものを。


 『死神』の差し伸べた指先が爆発し、輝く未来が空に、星に、夢に、広がっていく。見える。

 魔族の少年は王になり、人々を導き。『賢王』として王政を廃した。

 かつて娼婦だった少女は神聖皇帝の後を継ぎ、由紀子の遺した赤十字軍を整備。下野した『賢王』の妻となり、王政を廃した彼と共に旅立った。


 春の風の下、人間の青年と魔族の少女が愛を語らい、姿を見せることのなくなった妖精と精霊は初々しき恋人たちに祝福を与えて歌を歌う。

 木々は育ち、海は青く満ち、大地は今年も実りをもたらす。

 夜が来れば星と月の光の下、いつか丸くなる月を目指した勇者達を称える歌が流れ。

 路地裏で今宵も恋人たちがくちづけを交わす。


 魔法は。奇跡は消え去った。

 が。不思議な機械と妖精と精霊の伝説は残り、人々の心の支えとなった。


 人々は勇気を持ってお互いを支えあい。励ましあい。明日の為にくわを振るう。

 大精霊に祈りを。伝説の勇者や精霊たち。彼らと共に歩んだ先祖の雄姿に誇りを持って。

 その歌を。喜びを。悲しみを。惑星をつつむ『輪』は優しく見守り、慈しみ。



 その様子を由紀子は、久は共にただ、見ていた。

 ただ、見つめていた。ただ、感じていた。よろこびを。いのちの暖かさを。


「お前たちは箱庭の壊れた人形たちを。ただ、弄ばれるだけの運命のモノたちを。

誇りを持って歩む『人』にしたんだ。それだけは。たしかなことなんじゃないか」


 不完全だが。いつか完全になることに望みを持つ。欠けた月の光のように。



 久は由紀子の肩に腕を伸ばすが、由紀子に軽くはたかれる。

 久が膨れる様子に由紀子は微笑む。涙を拭って。


「かも。しれません」


 晴れやかな笑みを由紀子は。久は浮かべた。

 涙をぬぐい、震える足を奮い立たせ、血豆の潰れた手をしっかり握り直し。

 背筋を伸ばして誇らしく。ただ、誇らしく。


「ああ。俺のほうが年下だから畏まらなくていい」


 『神』が相手だったことに気づき恐縮しだした二人に『死神』は再び肩をすくめて笑う。


「いこう。皆が待っている」

「ええ」

「ああ」


 二人は『死神』の優しく暖かい手を迷わず手に取った。

 星の流れが、青く、白く流れていく。

 さようなら。だいじな。だいじな。人たち。

 もう。ぼくらはいらない。キミ達こそ。真の『勇者』なのだから。


 光の奔流が由紀子と久を包んでいく。


「さようなら」「さようなら。みんな」


 

「ウンディーネ様」「ヒサシ」「お元気で」「いつも空に祈っています」「いつか『輪』が再び繋がる日を」「大将の無事を俺は祈ってるぜ」「ウンディーネ様」「大好きです」「大好きです」「大好きです」「勇者よ。汝の道に光在れ」「魔将よ。汝の誇りを常に護り見守る茨とかんざしあれ」「きっと幸せになってください」「私、幸せになります。ウンディーネ様の仰ったこと、子供たちに伝えます」「ヒサシ! 聞こえているかッ! 俺たちは頑張ってるぞっ! てめぇもがんばれ!」


「ヒサシ」「由紀子」「ヒサシ」「由紀子」「ヒサシ」「由紀子」「ヒサシ」「由紀子」「ヒサシ」「由紀子」……。


 人々が、動物たちが、植物や精霊や妖精たちが口々に別れを告げる。光の奔流に包まれながら、二人の『勇者』はこの世界から離れていく。



『由紀子』


 その声は、暖かくて。優しい。


「魔王様っ?!」


『ヒサシ』


「神聖皇帝っ!」


 その声は。落ち着いていて、知性を感じさせる。


 

『モフモフ』


 いいですよ。好きなだけ。


『言っておくが私はお前などには惚れていない』


 そういうことにしておいてやろう。


 魔王と神聖皇帝の声が優しく、理知的に、悲しく響く。


『聞け。勇者達。箱庭での記憶は、お前たちの肉体が若返ると共に。消える』

『?!!』


 由紀子と久は目を見開き、お互いの瞳を交わした。二人の身体は徐々に離れ、二人の抗いに反して別れていく。


「いやです」


 魔王様のこと、ノームのこと。火の、風ののこと。皆のこと。


「なんとかしろ」


 そして。お互いのこと。全て。全て消える。


『無理だ。だが』


 もし、二人の想いがあるならば、星の導きが。


 

 由紀子は叫んだ。


「久さんっ!」


 久は声を張り上げ、腕を伸ばす。


「由紀子ッ! 俺の手をッ!」


 二人の指は絡み合う寸前に光の奔流によって別たれ、離れていく。


「由紀子っ!?」「久さんッ?!」


 だめ。だめ。まだお礼らしいこともして無いのに。

 だめだ。だめだ。まだ手も握っていないのに。


「由紀子っぉぉおおおおっ?!」「久さんっ?!!」


 二人の手が光の奔流に流され、大きく引きずられていく。

 力だけではない。恐怖も、悲しさも。記憶も。すべて消えていく。


 しかし、それでも久は叫んだ。久は力強く告げた。

 嘗て感じた愛も夢も希望、絶望も悲哀も消えていく中、彼は叫んだ。


「いいかっ?! 聞けッ! 大阪に来いっ! 約束しただろっ?!」

「?!」


「手を握ろう。肩を抱いて映画を見に行こうッ! 信号を。ガードレールを見ようっ! 記憶がなくても、なくなってもっ! 俺はお前を見つけてやるッ!!」


 久の身体は、見えなくなるほど遠く、小さくなっていく。


「久。さん」


 由紀子の瞳を暖かいものが覆う。


「忘れるなっ! 俺は。俺はお前を必ずッ! 必ず迎えに行くからなっ!」


 時を越えて。忘れないで。たしかなことを。



 忘れません。忘れてなるものですか。

 たとえ忘れても。覚えています。魂に刻んで。

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