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拝啓、その宵で願う貴女へ  作者: 願音
第2章 隔靴掻痒なんて許さない
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10話 信頼することから


「「――あ」」


 粉々になってしまった像を見下ろして、二人は同時に呆けた声を上げる。次いで、顔を見合わせた。

 レティアは<剣狼>をマジマジと見る。何やってんだ、この人は。


「壊れましたね」


「壊れたね」


「どうするんです」


「どうしようか」


 思わず舌打ちしそうになるが、一応止める。

 レティアでも分かるぐらい、屋敷内は騒然としていた。最早<剣狼>の必要性が分からない。


「屋敷内の警備員がほぼ全員集まってきているよ」


「ちょっと静かにしてくれます?」


 何だろう。本人はふざけていないのだが、めちゃくちゃイラッとする。本当にミラの兄だろうか。


 ―と、そんな風に考えている暇はない。

 書斎の扉の向こう側に、もう警備員がいる。主人の寝室についていた二人だろう。


(部屋を荒らしては逆に怪しまれる。単なる泥棒だと思ってくれたらいいですが、変に警戒されるのは避けたい)


 となると、何かついでに盗んでカモフラージュした方がいいだろう。間者ではなく泥棒だととられるように。

 扉の前には人が集まっている。扉に体当たりして、破らんとしてくる。―逃走路は、窓だ。


 要求通り黙り、腰の剣に手を当てて<剣狼>はレティアの指示を待っている。


「<剣狼>。着地だけ、任せます」


 その背中に呼び掛けながら、氷付与魔術を発動。窓を無数の氷刃で叩き割った。

 レティアはその大きな窓から思いきり、飛んだ。空中で体の向きを変える。レティアを追って<剣狼>が飛び下り、その腕にレティアが抱かれた瞬間に書斎の扉は突破される。


 指示などなくても、警備員たちはこちらに魔法を飛ばしてくる。それら全てを魔術で叩き落として、どうしても無防備になる地面までの短い時間をやり過ごした。


 着地はというと。

 流石、助走もなしで二メートル強の塀を飛び越える男である。落下の衝撃は上手く逃がし、怪我なく着地する。


 地面に丁寧に下ろされる。そのまま、二人は走り出した。途中、公衆トイレで服を変えてから、公園のベンチに座る。

 <剣狼>はちょっと笑った。


「いや、驚いたね」


「貴方のせいですからね」


「本当にすまない。つい、注意力が散漫になってしまって」


 笑うところではないが、怪我はしていないので許すことにする。本当に笑えはしないけれど、最初にミラの話を出したのはレティアなので。


「でも、そんなにミラさんが大切なんですね」


「兄だからね。君には、兄妹はいる?」


 首を振る。父は知らぬ間に消えて、母は気付けばいなくなっていた。文字通りの天涯孤独の身だ。姓は残っているし、リアムがいるけれど。


「兄妹であれば相手は大切なものでしょうか」


「無条件で大切だと思うには十分だよ」


「..................」


 一体、エレナと<背信>の間には何があったのだろうか。エレナのあんな表情は、初めて見た。兄妹がいたら何か感じ取れるのか。

 レティアにはやっぱり、分からない。


 <剣狼>が目を細めた。


「何か、悩んでいる?」


「......まぁ。多分、そうです」


 自分の感情も持て余しているレティアには、まだまだ分からないのかもしれなかった。


「何かが足りないのに、何が足りないのか分からない、というか......だから、周囲の人のことについても分からないことばっかりで」


 エレナのこと。ユーフラシアと、ヘヴンのこと。知りたくないのではなく、知る準備ができていないだけだ。

 傷ついてしまうのが、怖いから。



「私、どうしたらいいんでしょう」



 全部無かったことにして、知らないフリをして、うわべだけで付き合って。それで、任務だけは完了させて、勘づいたことなんて全部忘れて。

 そんなの嫌だ、と心のどこかが叫んでいる。


 <剣狼>は、今度は笑わなかった。「君に足りないものと言われても、私には分からないけれど」と前置きして。


「相手のことは信頼している?」


「............信用は、してます」


 リアムが信頼しているから。レティアが絶対的に信じるリアムが信頼しているから、レティアはエレナたちを信用している。


 <剣狼>が空を見上げた。そのまま視線を、公園中央の湖に移す。

 満天の星空だ。公園の湖にはそれが映って見える。彼の妹が冠するような星鏡。ミラのことを思い出しているのだろうか。


「まず、信頼することから始めたらいいんじゃないかな」


 『信頼』の定義は何でもいい、と彼は言う。


 レティアは冬の冷たい風を感じて、目を閉じる。寒いけれど、自分の中で答えを探してみる。

 何度も心の中で反芻してから、目を開いた。


「............今更なんですけど」


「うん」


「自己紹介しませんか?」


「構わないよ」


 自分は何者だと、問いかけてから。


「私は<従事者>制度暗殺者部署第三部隊所属の<狂花>レティア・レグリアです。<嚇焉>の弟子で、師匠と魔術が大好きです」


「同じく<従事者>制度剣士部署所属の二代目<剣狼>アレクサンダー・バーバランだ。<星鏡の魔術師>の兄で、家族が大切。アレクと呼んでくれて構わないよ」


 顔を見合わせて、二人でちょっと笑う。


「ミラさんと最後に会ったのはいつですか?」


「もう五年ぐらい前かな。今回の任務が終われば、王国に帰れる。ミラは元気にしていたかい?」


「凄く元気そうでしたよ。半年前、任務を少し手伝ってもらったりして」


 しばらく夜の公園で言葉を交わす。

 そういえば、とレティアは訊ねた。


「アレクさんの『信頼』の定義は何なんですか?」


 アレクサンダーは、ふっと揶揄うような目になった。

 発せられる言葉に、破顔する。



「相手に命を預けられることかな」



*_*_*_*_*_*


 幾分か軽くなった気持ちで夜中に帰宅したレティアはそのまま就寝。日中と夕方は飲食店で業務の傍ら情報収集をし、その日の夜。


 レティアはエレナ、ユーフラシアと共に合コンに参加していた。


 合コンに参加することになったのは成り行きである。エレナが街中でナンパされ、適当にいなそうとしたところ研究施設の警備係だと気付いたのだという。そこで、今日の夜食事をする約束をし、数合わせでレティアとユーフラシアも参加することになったのだ。


「いやぁ、皆本当に可愛いね」


「えぇ......照れるなぁ。あ、この料理追加してもいい?」


 男の扱いに慣れているようで、エレナは自然体で普通に食事をとっている。体に悪そうなものばかり注文しているので、レティアはテーブルの下で足を踏んでおいた。

 情報収集のためとはいえ、名前と職業ぐらいしか知らない男たちに媚を売るのは鳥肌が立つ―が、どうにもならない。仕方がないのでしっかりやる。


「お兄さんはどんなお仕事をしてるんですか?」


「リナリアちゃん、気になる?」


 偽名はリナリアだ。レティアと名乗るのは嫌すぎて拒否した。


「お兄さん、カッコいいから。興味がわいてきちゃって......」


 残念ながらレティアは低身長なので、座高も低い。それを活かして自然に上目遣いをしつつ、尋ねる。男の視線がチラチラと胸部に寄るのが正直気持ち悪い。

 男はデレデレとした表情である。殺してやりたい。


「オレは軍用研究施設の警備の仕事をしてるんだ。警備はかなり厳しいから、侵入者なんて滅多にオレの担当場所まで辿り着けないからね」


「へぇ、凄いですね」


「そうそう。突っ立ってるだけで給料貰ってるようなもんだよ」


「結構奥の方なんですか?」


「まぁまぁかな? 研究室の手前ぐらいだし」


 殺意を押さえながら情報を聞き出していく。レティアの隣ではユーフラシアが死んだ魚のような目で三人目の男と話している。


「ユーファちゃんはどこに住んでるの?」


「この近くです」


「この辺り、住居はないけど......?」


「じゃあ、遠いところです」


「言ってることめちゃくちゃだよ?!」


「辛いので帰りたいです」


 会話が成り立っていなかった。ユーフラシアの表情はセイラのように固定され、置物か人形かのように動かない。よっぽど帰りたいのだろう。


 突然エレナが「合コン行くわよ」と帰ってきて、無理やり着替えさせられて、強引に連れてこられたのだ。任務のレティアはともかく、上の指示で帝国までついてきたユーフラシアは可哀想だった。

 ユーフラシアは申し訳程度の偽名に、愛称を使っている。


 レティアが相手をしている男はかなりのペースで酒を飲んでいる。可愛い少女が酌をしているからプライドが限界を超えたのか。粗方訊き終えた頃には酔いつぶれてしまっていた。

 チラリとエレナを見ると、頷かれる。撤収だろう。そろそろ帰りたいと申し出る。


「明日も、仕事があるので......」


 そう言っても、男二人は中々首を縦に振らない。レティアが舌打ちしたくなるぐらいに渋っている。二軒目だとかホテルがどうとかとグダグダ言っているが、情報は搾り取ったのであり得ない。やっぱり死んで欲しい。

 どう穏便に断るかと、頭を悩ませているときだった。それまで返答以外で口を開かなかったユーフラシアが自分から言葉を発する。


「辛いです。毎日疲れているのに、糞野郎の酌をさせられて辛いです。もう眠いし糞野郎は酒臭いし、帰りたいんですがまだ無駄話に付き合わなきゃいけないんですか。辛いので寝ていいですか」


 捲し立てるように、口から飛び出してくる暴言にギョッとする。

 せっかく穏便に済ませようとしていたのに―


「何だと、てめえ」


「女の癖に偉そうだな」


―冷静さを失うには十分なほどに酒の回っている男どもは小物臭溢れる台詞を吐いて、こちらを押さえつけようとしてくる。


 エレナがただパチン、と指を鳴らす。

 む、と男たちは眉を寄せた。大方触れようと思えなくなったのだろう。詳しくは分からないけれど、エレナの能力は人の心を弄ぶ。知らない間に感覚を狂わせて、操るのだ。


 はー、とエレナが息をつく。


「たくさん食べれたのはいいけど、疲れたわぁ」


「エレナちゃんは食べ過ぎです。明日からはサラダしか出しませんから」


「帰りましょう、お二方」


 戸惑う男たちに、レティアは魔術を行使して記憶をほんのちょっとだけ改竄する。話した内容と、その相手。そしてこの数分の出来事を忘れて貰う。酒に酔っているおかげで禁制魔術は必要ない。

 数分、脱け殻のように虚ろな状態になる。その隙に店から抜け出した。


 当然、代金は男たち持ちである。


 レティアは合コンに巻き込まれたことの腹いせもかねて、本当に三日間エレナの食事を三食サラダにしてやった。


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