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拝啓、その宵で願う貴女へ  作者: 願音
第2章 隔靴掻痒なんて許さない
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9話 二代目<剣狼>は<星鏡の魔術師>がお好き


 <剣狼>との顔合わせは、一人の施設関係者の自宅捜査にて行われることになった。

 対象の関係者―人事関係の職員はかなり大事な役回りらしく、その自宅もそれなりに金が使われている。リアムが所持している屋敷ほどではないが、十分な広さがあった。自宅警備員までいるのだから、油断はしない方が良いだろう。下級貴族の三男ではあるが、仕事柄金はあるということか。帝国は王国以上に広く、土地が有り余っているからこそ、だろうが。


 レティアは任務服を身につけ、屋敷の塀の外側、木の陰で待機していた。杖槍は邪魔なので、今回持ってきていない。


 もう一二月なので、めちゃくちゃ寒い。冬には雪が降ったりする王国よりはややマシなものの、帝国も夜は十分冷え込む。

 任務服は動きやすいよう軽量化している影響で、過去最高レベルで寒かった。今後は手袋を用意したり、断熱性が高く軽い上着を開発したりなど工夫が必要そうだ。


 凍てつく風のせいで氷のように冷たくなっている指先を擦って時間を待つ。

 そろそろ<剣狼>が現れるはずである。


「<吝嗇>はあれで癖がありそうでしたし……真面な人とそろそろ出会いたいです」


 小さく独り言を溢して一つ、ため息を落とす。

 レティアの知る『真面な人』といえばリアムとミラ、あとはシーラだろうか。リアムは実はかなりマイペースだし、ミラは為してきた偉業がぶっ飛んでいる方である。となると、一番はシーラかもしれない。いずれにせよ、あと一ヶ月程度は会うことは叶わない。


 「早く師匠に会いたいです……」と夜空を見上げながらぶつぶつ言っていると、背後から声がかけられる。まだ若い青年の声だ。


「こんばんは、<狂花>。少し遅れてしまったかもしれない」


「いえ。<剣狼>で合っていますか?」


 頷きでの返答を見て、レティアは相手を観察する。

 黒い短髪と高身長。全身を黒い衣服に包んでいる。顔立ちは整っており、暗いのであまり詳しくは見えないが誰か知り合いに似ている気がした。声も、どことなく聞き覚えがある。腰には剣を帯びていた。視線や重心など、佇まいや仕草から隙のなさがうかがえる。抜け身の剣のような鋭さを温和そうな雰囲気で隠しているような人だった。

 レティアでも分かる―この人は、おそろしく強い。おそらくは、リアムと同等。


「<従事者>制度剣士部署所属の二代目<剣狼>だ。戦闘以外は人並みかな」


「暗殺者部署第三部隊所属の<狂花>です。ある程度の工作は行えます」


 互いの立場を照らし合わせると、屋敷を見据える。


「人事職員の屋敷です。彼が持っているであろう研究員のデータを写し取るのが、今回のミッション」


「私は周囲警戒用?」


「戦闘において優秀と聞いたので。人の気配が近付いてきたりしたら、伝えてください」


 ―実は。

 二代目<剣狼>といえば、かなり凄い人だった。戦争にて貢献し、剣の腕を讃えられて<剣狼>の称号を授けられたロウデン・バーバランの長男。バーバラン家は戦前から剣の名家であり、かなり爵位の高い貴族だ。

 そのため過去に「周囲警戒のためだけに呼んだ」などと明言されたことはなかったらしい。


 故に新鮮だったのか、クスクスと笑っている<剣狼>。その様子、既視感を感じつつもレティアは微妙な視線を向ける。


(この人......あんまり真面じゃない気がしてきました)


 これ以上変な面を見せないで欲しいところである。この業界、変人が多すぎる。


「......行きましょうか」


*_*_*_*_*_*


 数人いる、それなりに腕も立つらしい、といっても自宅警備員である。王城ならまだしも、個人で雇っている警備員は巡回を行わない。雇い主の寝室前や屋敷への入り口で警備を行うのみで、高い塀で敷地が覆われているからか他の場所はがら空きだった。


 塀は二メートルほど。レティアたちは幻術で姿を見えにくくした上で各々で塀を乗り越える。レティアは勿論飛行付与魔術だが。


「―、と」


 危なげなく着地したのと同時。隣に脚力で塀を乗り越えた男がいる。リアムが似たようなことをしているのを半年間で一度見たことがあるが、やはりこの男もできるらしい。


(......どういう体のつくりをしているんでしょう)


 どれぐらい鍛えたらそうなるのだろうか。

 別に知りたくもないので追及しない。レティアは黙って歩き出した。屋敷に近付くと、再び飛行付与魔術を発動する。今度は二メートルとは比べ物にならないので、<剣狼>にも適用した。

 屋敷は二階建て。大抵、帝国の屋敷は三階建て。普通最上階に執務室などがあり、二階が住人が生活する部屋、一階がその他という造りになっている。

 だから捜査は上階からだ。


「静かにしてくださいね。幻術でバレにくいとはいえ、物音は普通に聞こえますから」


 頷きでの返答。「よろしい」と声を出さずに頷いて、レティアは窓にかかっている錠を開く。コツはいくつかあるが、まぁちょちょい、と弄るだけだ。

 音もなく窓を開けてスルリと二人は屋敷内に入り込んだ。


(二階は......やっぱり、書斎だけじゃなくて寝室もある感じですね)


 二階建てであったとしても、屋敷に最低限必要な部屋はさほど変わらない。

 東と西から南の方角に向けてつくられた光が入るつくりの廊下。東と西にそれぞれ大部屋があり、おそらくは東が寝室で西が書斎。中央に階下への通路があって、それぞれの部屋に小部屋が付属している。

 窓を開ける前に確認したが、こちら側には警備員がいない。<剣狼>に覗きに行かせたところ、向こう側には警備員が二人いたので少なくとも向こうは寝室だろう。


 ほぼ確実に、こちら側は書斎。扉の装飾も凝られている。

 音が出ないよう慎重にドアノブを回して、隙間から中を覗く―誰もいない。書類棚がいくつもあり、何かの像や宝石が飾られている。奥の大きな窓の手前には大きな執務机がある。


 踏んだら作動する魔導トラップなどがないか、ペンダントに触れて確認する。<剣狼>に単純な罠がないかも確認させ、何もないと分かると二人は書斎に足を踏み入れた。

 静かに扉を閉める。炎付与魔術で部屋を照らす。窓から幾分か月の光も射し込むので、これで問題ないだろう。

 扉や壁はかなり分厚かったから、少しなら音は漏れないだろう。


「......<剣狼>はそっちの、左側の棚から。二重底のところがあれば慎重に。何か関連する書類を見つけたら私に教えてください」


 小声で指示を出して、レティアは右側の棚から取りかかる。一つ一つ確認していくが、妙に空のボックスが多い。

 二重底と書類の確認は、レティアの方が<剣狼>よりも速い。一足先に半分のチェックを終わらせ、中央の一つだけ鍵がかかったボックスに取りかかった。


 鍵は魔導性。本来、登録者の魔力を流さなければ開かない術式になっているが、レティアとしてはそんなもの関係ない。


「............保護術式は......なし。ダミー術式解除......式分解、完了」


 三〇秒ほどで術式を解除して、鍵を無効化する。引き出しを開けた。一つだけ鍵つきの引き出し。大切な書類が入っているのなら、そこかと思ったのだが―


「........................?」


―やたら肌色の多い本がそこにあった。


*_*_*_*_*_*


 <剣狼>―アレクサンダーは、左側の棚のチェックを終わらせ、<狂花>に声をかけようとして―ギョッとする。

 <狂花>が、『そういう本』を持っている。


 普通、表紙を見ればその本がどういった内容なのか分かるものである。帝国では近頃魔導印刷技術が発展してきたためかこうした本も一定数出回っている。

 かくいうアレクサンダーも、帝国での潜入が原因で目にしてしまったこともある。

 だが彼女は何も分からないのか、鍵つきの引き出しを覗いて同じような本が数冊押し込まれているのを見つけている。


 アレクサンダーは自分にできる最速で開こうとされた本を押さえる。縦向きにして、表紙もできるだけ視界に映らないように。

 <狂花>はアレクサンダーを胡乱な目で見てくる。


「何です? 時間がないんですけど」


「......それ、どういう本か分かっているのかな」


「何が言いたいんです」


 <狂花>がどういう本かと訊かれて内容を確認しようと本を持ち上げようとするが、力を込めて阻止。

 <狂花>の年でこの表紙を見て、赤面の一つもしないのはどうなんだ、と言いそうな知り合いがいた気がする。勿論アレクサンダーは言わない。―実際、目の前の少女は『そういう行為』を生物の交尾のように捉えている節があるのだが。


「ここの引き出しは私が確認するから、執務机を頼めるかい」


「理由が訊きたいんですが」


「ここの引き出しは私が確認するから、執務机を頼めるかい」


「いやあの、」


「ここの引き出しは私が確認するから、執務机を頼めるかい」


「..................」


 こういう、有無を言わさぬ押しに嫌な思い出でもあるのか、<狂花>は顔を大きくしかめると、執務机のチェックに取りかかる。

 アレクサンダーはふぅ、と息をつく。


(......良かった)


 『そういう本』との関わりを持つならば、せめて自分の意思で、一人のときにして欲しい。せめてアレクサンダーがいないところでやって欲しい。生憎アレクサンダーは一切の興味がないので。


 引き出しの中をチェックするといっても、あまり大層なものは入っていないだろう。他に数冊同じような代物が入っているぐらいか。

 持ち主の趣味についても一切知りたくないので、内容が目に入らないよう逆さまにしながらパラパラと捲って、メモが挟まっていないかだけ確認した。執務机から何も見つからないということがない限りは、もう触らなくて良いだろう。


 <狂花>は気になったことがあれば徹底的に調べるタイプのような気がする。ちょっと妹のミラに似ているな、と口元をゆるめたときだった。


「......<剣狼>」


「資料は見つかった?」


「えぇ。コピーも完了しました。ところで......」


 <狂花>がアレクサンダーの全身を見回す。


「<星鏡の魔術師>様と似ていますね」


 <星鏡の魔術師>と聞いて、即時に可愛い妹の姿が脳裏に浮かび上がる。アレクサンダーは自分の表情がパッと明るくなったのを感じた。


「兄だからね」


「黒髪の色味と、顔立ちと......あとは、声色も似てます」


「そうだろう? でもミラは私よりも可憐で秀才で、セレナイト学園で活躍した上で、特級魔術も制作したんだ。最上位魔術も行使できるし、他属性魔術も幅広く使えるし、まさに完璧なんだけれども」


 聞きたいかい、と。

 捲し立てた上で、食い気味に尋ねる。アレクサンダーとしては、久しぶりに誰かに語りたいところだ。


 ―そう、気が昂ったせいか。

 やや身振りが大きくなり、注意力が散漫になっていたアレクサンダーは。



「「――あ」」



 飾ってあったいかにも繊細そうな像にぶつかり、落下させ。像は大きな音を立てて見事に粉々になってしまったのだった。


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