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第32話 そんな配慮はいりません

ホント無力

 この時期の夕暮は実に美しい。空色が落日に照らされ、朱に染まる。それから更に時が経つと、深い青が少しづつ差してくる。そのグラデーションこそが、俺が世界で最も好きな色合いだ。淡くも強い印象を与えるそれは、まるで俺の内面を現すかのように窓の外で広がっている。

 庶務の仕事は、有体に言えば雑用だ。ある時は書類や荷物を運び、またある時は教師との折衝を担当する。名前こそ貧弱に聞こえるかもしれないが、個人的には実にやりがいのある仕事だと思っている。

「あいつらもそうだったのかね……」

 ふと、元居た高校を思い出す。変にスれた当時の俺は特に気にも留めなかったが、人には人それぞれの価値観が存在して然るべきであると気づかされる。

「しかし、まだ来ねぇのかよ」

 今日の業務は早めに終えたので、割と時間に余裕をもって指定された場所で待ちぼうけ。ユアには今日は遅くなるから先に帰っていてほしいと述べた。それにしても、この時期はまだ寒いな。おまけに第二理科室は人通りの少ない東館の一階に存在し、一部生徒の中じゃ七不思議スポットとして有名なんだとか。

「ふん、幽霊が居たとしても俺には関係ねぇ」

 誰に言い聞かせる訳でもなく呟いた瞬間、室内のカーテンが揺れた。窓の閉め忘れだろうと思い近づくと、カーテンが巻き付いてきた!

「うわぁっ!?な、何だ!?」

 情けない声が出てしまった。

「どうや?驚いた?」

「……お前かよ」

 いつの間に来たのだろうか。教室の引き戸から入ってきたのは、ティトだった。そう、先日俺が救い出した少女だ。

「悪趣味だな、こんな真似」

「なんや、せっかく工夫したのに」

「工夫もクソもあるか、アホ。こんなものガキの発想じゃあるまいし」

 カーテンを開くと、その内側から小さな妖精が出て来た。これもかつて本で見た事ある、ピクシーだ。

「ありがとうな、里へお帰り」

 ティトに命令されて、ピクシーは開いた窓から逃げていった。

「わざわざ俺を驚かすために捕まえて来たのか?」

「まさか、ウチがそんなことする訳ないやろ」

 いや、知らんがな。出会って間もないというのにそこまで分かったら凄い。

「あの子は昼間に貰ってきたんや」

「……貰ってきた?」

「正確には買い取った、って言うべきやろうけどな」

 彼女の話では、昼に街中の露店で売られていたピクシーを買っていたとの事。

「そんなノリで買えるのか、ピクシーって」

「いやいや、許可はされてへんで?流石の帝国もその辺のモラルはわきまえとるやろうからなぁ」

「じゃあ違法って事じゃねぇか」

「そういう事になるやろな。んで、可哀想やからウチが買ってこんな風に逃がした訳や」

 なるほどね、そのついでに俺へのドッキリに使ったって事か。はた迷惑な。

「とりあえず、その話はもういい。それで、俺をこんな所に呼び出したのは何の理由があってだ?」

「切り替えが早いのは確かに助かるけど、もっと興味もって欲しかったなぁ。ほら、ウチってミステリアスやろ?」

「自分で言ってちゃ世話ねぇよ。ほれ、言わんか」

「いらちやなぁ、自分。まぁええか、それじゃ本題な」ティトは呆れたように、話を変えた。「単刀直入に言うけどな、アイン。アンタ、狙われとるで?」

 はぁ、何かと思えばそれか。第一、一応は民間人寄りのティトが何故気付いているという疑問もある。

「あぁ、そうか。実質ヴァンに勝ったし、女子から人気が出て来たとかそういう……」

「ウチは真面目やで」

 軽く冗談で流そうと思ったが、今まで見た事のない真剣な目で釘を刺された。ちっ、どうやら本当に穏やかじゃないみたいだな……。

「……薄々分かってはいたがな。冗談抜きに、目立ち過ぎたきらいがある」

 この一週間、何も起きなかったように見えてその実は逆だった。決闘中に何者かの視線を感じた事が何度もあった。それも尋常じゃない、執着心をもった視線だ。が、それにしたってどうしてティトが知ってるんだって疑問が解消された訳じゃない。

「自覚しとったんやな。だったら話は早いわ、ウチの願いを聞いて」

「……話すだけなら自由だがな」

 俺の諦観にも似た返答を受けて、ティトはその口を開いた。



「ウチらの、仲間になって」



 仲間?いきなり何を言い出しやがるかお前さん。そもそもお前の仲間って、結局何者なのかも分かんないのに即答できますかいな。新興宗教だって勧誘時にごくごく最低限のルールくらいは教えてくれるんですがね。

「……それを、何でこんな夜になって話に来た?それに、俺が狙われているってのとどう関係がある?」

「少なくとも後者には即答できるわ。理由は単純、アインを狙ってる連中とウチの所属する組織が敵対しとるからや」

「いや、だから何で俺が狙われているのかって……」

「その点については、自分でも分かっとるやろ?もう数週間前の事になるけど、この街の外れで起きた事件の最重要人物、そして先週の校内における爆発騒ぎの最有力容疑者、それがアインなんやから」

 そんな人を極悪犯罪者みたいに言わないでくれ。

「まぁ、簡単に言えばアンタの行使する力に興味がある連中がいるって事やけどな」

「……『無限機関』か!」

「へぇ、そんな名前なんやな」

 げっ、変に漏らしちまったか。なんて事だ、まだこいつを十全に信頼した訳じゃないのに。

「そう、その『無限機関』が問題なんやな。あれは個人が持つには危険すぎる、ってのがウチらと連中の共通認識や」

「そうは言っても、持って生まれたものは仕方ねぇだろが。まさか付け外しする訳じゃあるまいし」

「話は最後まで聞いてからや。そんな物騒な力、野ざらしにするのは危なっかしいって部分は同じやけどな、そこから導き出した結論が違う訳や。かたや所持者を捕らえ、常に監視下におきつつ研究に利用する奴らが居って、かたや所持者を保護し、その上で使用する機会を調整するって考えがある。後者がウチらや」

 どっちにせよ、俺が好き勝手に『無限機関』を使っては迷惑と考える人間が一定数居て、そいつらが俺の与り知らぬ場所で舌論を繰り広げている訳か。

「俺なんぞの為に争うとは、この世界の人類はどうにかなってんじゃないのか?」

「逆や逆、どうにかなる前にその力を制御できるようにせなアカンって事」

「……まぁ、言わんとしてる事は分かったよ。だけどもう少しだけ時間をくれや、昔と違って今の俺は人と関わりすぎたんでな。もしお前の誘いに乗ってそいつらを巻き込んでしまうならば、簡単には決めきれねぇ」

「しゃあないなぁ。でも、正直時間はなさそうやで。連中が動き出せば、これまで以上に強硬手段でアインを狙ってくるはずや」

「その時までには、結論を出しておくよ」

 ところで、結局俺をこの時間に呼び出した理由は不明だったな。通信でも良かったろうに。

「……それは……」おや、ティトが急に言いよどんだな。さっきまでベラベラ喋ってたのに。

「それは?」

「………………あまりに煮え切らない返答やった時に、ウチが頑張ってアンタを篭絡するって話で……」

 えぇ……。お前が?

「し、失礼なやっちゃな!そんな残念な表情にならんでも……!ほ、ほら、ウチ割と可愛いやろ!?」

 自分で言うか、それ。まぁ顔は確かに文句ないがな。

「悪いな、俺はおっぱい星人なんで。せめてEはないとなぁ」彼女の胸のあたりを一瞥し、あえてにやにやしながら教室を出る。

「し、死に晒せアホンダラッ!!」

 ティトの怒声を背中越しに聞き、すっかり暗くなった廊下を歩きだした。

次はすぐ投稿しますッ!

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