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第20話 ファースト・コンタクト

久しぶりの投稿。主人公の異世界学生生活の始まりです。

 あの日から1週間。結局シフさんはそれほど傷も深くなく、今は術後入院中だ。俺の指示を受けてユアとマイさんがすぐさま応急処置と治療魔法を行い、その間に亜理素に医者を呼びに行ってもらった甲斐もあってか、大事には至らなかった。

「阿陰……ごめんなさい、あの時は取り乱してしまって」

「誰だって、親があんな目に遭えばそうなるだろ。しっかし、許せねぇな。なんて酷い真似を……」

 恨みを買う理由はなくはなかったかもしれない。彼自身も言っていたが、誰からも恨まれることのない人間など存在しない。ただ、どこかタイミングとしては不自然なように思える。いや、ある意味では妥当か。

「……もしや、俺が決闘に勝利したことを快く思わない奴がやったのか」

 だとしても、直接俺を狙えば済む話である。別に今日じゃなくてもいいし、どうもしっくりこない。

「とりあえず、経過は良好なんだろ?しばらく思い詰めるだろうけど、あまり辛気臭い事を考えてもどうしようもないさ」

「そう……ですね……」足りない語彙で励まそうとも、ユアの表情は曇っていくばかりだった。

 こんな最悪の雰囲気で学校生活初日を迎えなければならないとは、どこまでも俺はついていないな。朝の馬車に二人で座るも、交わす言葉も少なければ空気もどんどん暗くなっている。黒い曇天であることも手伝ってか、互いの間は緊張感と悲壮感で既に満員状態だ。

 陰鬱な風に心をすり減らすも、気が付けば終点、我らが学びの舎だ。

「あ……もう着いちゃった。それじゃあ、阿陰。また後で、ですね」

「……あ、あぁ。頑張って来いよ」

 別校舎の方へと歩くユアに、俺は気の利いた言葉を掛けるべきだったのだろうか。結果として生返事しか出来なかったことを若干後悔しつつ、すぐに別の事を考えてしまう。

 そうか、よくよく考えればユアの負担も一気に増大しているのか。しかも、俺と出会ってからあいつは悲劇の連続だ。変質者に襲われ、怪物の襲撃により父親をフッ飛ばされ、ストーカーに誘拐され、また父親が襲撃される……まだ16歳の女の子に、立て続けに襲い掛かる大事件の数々である。いや、肝心なのは事件そのものではない。

「……俺が、原因か」

 元からツェギンが彼女に大層ご執心であったり、俺のあずかり知らぬところで見ず知らずの人間が動いている点を考慮しても、決して俺自身がこの一連の騒動に無関係であるとは到底言えなかった。特にあの怪物が攻め込んできたことと誘拐事件は、間違いなく俺に責任がある。

 もし、ユアとあの森で出会わなければどうなっていただろうか。彼女一人で、あのチンピラ共を撃退できたのだろうか。怪物がやってくることは無かったのだろうか。そして、決闘が行われることもなく、ユアはツェギンのモノになってしまっていたのだろうか。

 この先、今回以上の悲劇が起きるかもしれない。それは俺を狙っているのか、それとも彼女自身を狙っているのか、はたまたあの家の利権を、財産を、力を……。どちらにせよ、かつての俺が許してしまった過ちを繰り返す訳には行かない。

「そのために相談にも行ったしな」

 


 シフさん襲撃の翌日、彼の見舞いの帰りに『ロジャーズ・クラフト』を訪れた。

「……という感じですねー。おや、アイノ様?どこか表情が硬いですね」

「………………」

「もし良ければ、バンバン相談しちゃってください。わたしもパパも、微力ながらアイノ様のお手伝いしますから!」

「………………」

 とまぁ、メグに押し切られた格好で事情を話した。普段は少々能天気な彼女も、こういった真剣な話には真面目に聞いてくれるため安心した。

「決闘には勝ったけど、やっぱり不安なんですね?」

「あぁ。まぁ、結局自分で枷を破壊しちまったけどな」

 枷というのは、不殺の誓いである。あれほど自分を戒めて来たのに、カッとなって破ってしまった事を今も心残りではある。だから、ああでもしなければユアを守る事は出来ないと切り替えるしかなかった。

「それは大丈夫です。決闘の勝者であるアイノ様には、敗者の生殺与奪を決定する権利がありますから」

 それを聞いたとき、やはり前時代的だと思った。しかし、今回ばかりはこの野蛮なルールに助けられた格好となる。何とも複雑な気分であった。

「それでも、悩むんだ。誰かを傷つけなきゃ、誰かを守れないのは分かってる。でも、俺が傷つけた命だって、誰かが守ろうとしたんじゃないかって。もしかしたらツェギンも……」

「……お爺ちゃんが言ってました」

 メグは、その双眸を俺に向けた。黒目が揺れることなく、こちらを見据える。

「『傷つける事を恐れるな。でなければ、奪われるだけの弱者になってしまう。争い、抗う事は奪われぬための権利だ』……。ちょっと、物騒ですよね」

「………………」

「でも、わたしもちょっとだけ分かるんです。どうやったって、わたし達はより大きな力に打ち勝つ事はできません。それでも、戦う事は間違いなんでしょうか?」

「……さぁな」

「……アイノ様。戦いを恐れないでください。そして、自分が傷つけたものも含めて、背負って立てるような人になってください」

「………………」

 今の俺には、力がある。今度は、正しく振るえるのだろうか。その答えは、今すぐには出ないだろう。

「……分かったよ。とりあえず、もう一回考えてみる」

「少しでも負担が軽くなったなら良かったです。それじゃあ、本題に移りましょう!」

 そこから先は、防具の修繕・改良案について話し合った。最後に、彼女は俺にあるアイテムを渡した。

「なんだこりゃ」銀色のブレスレットに、テンキーが取り付けられている。

「簡易的な通話装置です。うちに限らず帝国内で大ブームのトレンディ・グッズですよ」

「ふーん……くれるのか?」

「まぁ、先の決闘で頑張ってくれたご褒美みたいなものです。結構高いんですから、壊さないでくださいね?」

「善処するよ」

 使い方と『ロジャーズ・クラフト』の番号を教えてもらい、俺は帰る事にした。

「それじゃ、今日はここまでで。すまねぇな、色々と」

「いえいえ、こちらこそまともなアドバイスになったかどうか……」

 まぁ、一人で悩むよりは煮詰まらなくてよかった気がする。

「じゃあな、もしなんかあったら呼んでくれ」



「とは言ったものの、そう簡単に割り切れはしねぇよなあ」

 わいわいがやがやと喧騒の止まぬ廊下を、呟きながら歩く。制服採寸は数日前に終えていたものの、完成はもう少し先と聞いていたので、元の学生服を着ていくことを指示された。無論、今の俺が着用しているのもそれであり、結果として他の生徒の興味本位の視線を受け続けてしまっている。 

「散々悪目立ちもしてしまったし、これからどうするか、だな」

 やがて、チャイムが鳴る。これは現実世界で言うホームルーム、朝礼の時間を示すものだ。俺も丁度目的の教室に着いた。

 室内から、教師と思わしき人物の声が聞こえる。どうやら女性のようだ。

「……今日は、編入生を紹介致します。それではどうぞ」

 進入許可の合図を受け、俺は引き戸を開いた。

 出来る限りの綺麗な歩き方で、教壇の前まで歩く。そこで止まって反時計周りに90度転回。ちょうど生徒達と面を突き合わせる格好になった。

「初めまして、藍野阿陰といいます。どうか、よろしくお願いいたします」

 ぺこりと頭を下げ、3秒後に体勢を元に戻す。

 教室中が、どよめいた。時季外れの新入りに面食らったのかと思ったが、その程度の事を気にしても仕方ないな。というか緊張しっぱなしなんで、早く話を進めてくれ。

「じゃあ、どこの席が良いとかは……」

「窓際の最後列、ちょうど角になってる場所で」

 運よくそこは誰もいないようで、机が不自然に空いていた。

「あ、あの……そこはちょっと無理かな……」しかし、女教師は困った表情で俺の意見を却下した。無理?もしかして、誰か休んでるのか?

「だったら、そこから三つ右隣の空席で」

「あ、そこなら問題ないです」

 許可をもらったので、そこに座る。へぇ、なかなかに年季の入った机じゃないか。それに椅子も派手すぎない程度の装飾が高ポイントだ。

「それじゃ、よろしくね」

 教師の声は、俺にも皆と打ち解けるようにと協力を呼びかけるようだった。



 1限の授業が終わった。科目としては数学だったが、内容は中学生レベルといったところか。勿論、不断の努力を欠かさなければ容易に理解できる類の物だったので、俺にとっては少々退屈な時間だった。

「あのー、アイン君……でしたよね?」

 む。貴重な小休みに誰か話しかけてきよったか。因みにこの学校では午前中は3限、昼食休憩を挟んで午後は最大3限という時間割が組まれているようだ。また、午後の授業は実技が殆どを占めているらしい。

「……そうだけど。何か?」

 邪険にあしらうのも憚られたので、取り敢えず聞き返す。ついでに顔も見やる。

「ちょっと、お話がありまして……」

「お前は……確かあの時の」

 北野田文乃。同じクラスだったのか。

「俺もいるぜ。偶然だな、こんな所でまた出会えるなんて」

「孝……だったか。そうか、顔見知りが居るなら心強いな。ところで、もう一人はどうした?ほら、リーゼロッテだっけか、あいつは……」

 俺がその名を口に出すと、何故か二人は微妙な顔に。

「あー……アイツはな……」

「?」

 煮え切らぬ孝の返答に俺が疑問を抱いたその時。

「どいたどいたぁーっ!!」

 廊下の方からドタドタと何者かが走ってくる。

 そして、姿を現した……現しやがった。

「さぁ、謎の転校生はどこ!?」

 息を切らして突入してきた少女。俺の記憶が正しければ、こいつのパーソナル・ネームは、

「リーゼロッテ・アーヴェント……」

「おおぅ!?君はもしかしてもしかするともしかしなくても、藍野阿陰君!?まさか、君が我がGクラスの転校生!?」

「有体に言えばそうなるな。ってか、今更じゃね?」

 偉く騒がしい学生生活になりそうだった。



 どうやらこいつも同クラスだったらしく、かくて俺はボッチ状態を期せずして脱する事が出来た。いや、別に気にしないんだけどね?ただやっぱり、多少は面識のある奴が居ないと、ちょっと寂しいからね?本当にそれだけだと誰にもいう訳でもなく、自分に問い聞かせる。

「何をブツブツ言ってんだよ」

 孝の呆れ顔で、自己暗示を止めることにした。現在は午前12時、昼食の時間である。

「お三方、飯のお恵みを」と、突然リーゼロッテが跪いてきた。

「は?」驚いた。一体何を言い出すんだコイツはっ。

「だって、今日はご飯代を忘れたんだもん」ところがこの女、あっけらかんと言い放つ。

『あー……』双子のため息、それを聞いて納得した。こいつ、もしや常習犯だな。

「仕方ねぇなぁ。ほらよ」孝は弁当箱を開いて、中から何かを取り出した。リーゼロッテはそれを恭しく受け取った。妙に大仰だな、オイ。

「さーて、何を頂けたかな……」が、次の瞬間彼女は絶句する。

 それは、黄色い半月状の物体。それが3枚ほど、彼女の手のひらに乗っけられていた。

「たくあんじゃん」この世界にもあったのかよ、それ!

「そうだけど、何か?」そっけない!

 完全に要らないもの押し付けられた感パネェ!あぁ、リーゼロッテも物凄い複雑な顔してる!これ、どうすんだよ……と思ったら。

「えい」

「何故俺に投げる!?」飛んでくるたくあんを素手キャッチ。何をするんだお前はっ!?

「ただしつけもの、テメーは駄目だ」リーゼロッテは何故かキメ顔で宣いやがった。お前、贅沢言える立場かよ!?ったく、勿体ないし喰うか。ポリポリと歯ごたえ抜群、味も悪くない。元々俺は沢庵が嫌いではないのも相まって、割と評価できる。

「駄目だ、タカシは。凄いケチだ。という訳で、次はフミノちゃんだぁー」

 リーゼロッテは文乃に抱き付き、その弁当箱をのぞき込む。

「おぉ、やっぱりいろいろ入ってんじゃない!ねぇねぇ、ミートボール頂戴!」

「う、うん。ミートボールあげる……」

「甘やかすんじゃねーぞ、文乃。つけあがるからな」

「べーだ。ケチケチタカシには関係ないもーん!」

 じ、実に騒がしい。もうちょっと静かに飯を食いたいもんだが……。こうなったら、俺もなんか餌付けして黙らせるか。

「んん~美味かな。流石は料理人の味、絶品だねぇ」何時の間にかミートボールを口に放り込んでいたリーゼロッテが、上機嫌に感想を述べる。

「そうかな……でも褒められると、嬉しい……」

「あー可愛いなぁ!もっとハグしちゃいたいっ」

 周りの目を気にせず文乃を抱きしめるリーゼロッテ。そんな彼女に、俺はあるものを差し出した。

「ほい」

「うん?まさか、アイン君も恵んでくれるの?しかも、これって……」

「あぁ。おむすびだ」

 ここ最近多忙を極めている上に、心労も増えているマイさんの代わりに自分が握ったものだ。中身は昨晩のおかずから少々拝借したものと、シンプルな塩むすびを二個づつ包んでいた。当然与えたのは塩むすびの方だが、これで喜んでくれるだろうか。

「ぱくっ。……うまい!ありがとう、アイン君!」どうやら彼女のお眼鏡に叶ったようだ。満面の笑顔を向けられると、どうも調子が狂うな。

「そりゃどうも」勿論、それを悟られるわけにはいかないのであるが。「そういやさ、このクラスの窓際最後尾の座席って、何で空いてるんだ?」

「あぁ、それはね……ちょっと難儀な子が居て……」

「難儀って……お前よりもか」

「……ナチュラルに酷いね、アイン君。まあそれはともかく、諸事情であまり登校してこないんだって」

 諸事情と言われると、どうしても気になるな。

「二人は何か聞いた事あるか?そいつが来ない理由」北野田兄妹に話を振る。

「いや、知らねぇな」

「私も……すみません」

 ううむ、ますます分からん。一体どんな奴なんだ?



 さて、昼休みが終われば午後の講時の準備をしなければならない。実技のためには体操服を着る必要があるが、今の俺は当然持ち合わせていない。よって、本日は見学という形で楽しませてもらう。

「残念だぜ、アインの魔法を見る事が出来なくて」

「そう言うなよ。いずれ見せてやるからさ」

 着替えのために一時的に男子のみになった教室で、既に体操服姿となった孝が話しかけてくる。ちなみに、女子は隣のF組に移動して着替えている。その代わりにF組の男子がこちらに移って着替えるという形式だ。

「おい、もっと音量上げられないのか!」

「駄目だよ、これ以上は教室の外へ漏れちゃう」

「ああクソっ、声だけなのが恨めしい!」

 教室の壁に張り付く男子生徒の群れ。クラスメイトの奇妙な行動を不審に思い、孝に聞いてみる。

「なぁ、あいつら何してんだ」

 すると、孝はげんなりした表情で答えてくれた。

「なんとなく察せるだろ。盗聴だよ、盗聴。音を拾う魔道具をF組教室に設置して、女子の声を聞いてるんだ」

「声だけで満足するとは、思春期真っ盛りだなぁ」

「……おっさんじゃねぇんだから。まぁ、別に盗撮もしようとすれば出来るみたいだけどな。連中の話によれば、映像の撮影・録画を魔道具を通じて行うには相当量の魔力が必要で、それをやると高確率でバレるってさ。全く、そこまでする意味が分からねぇよ」

『黙れっ!お前一人いい思いしやがって!あんな可愛い妹がいるお前と違って、こっちは異性に飢えてるんだよっ!』俺達の会話を聞いていたのか、男子生徒達が一斉に振り返った。

「知らねぇよ」それに対する孝の返答も実に冷たい。

 と、俺達の他に盗聴に対して熱を上げていない男子を発見した。銀髪の美少年だ。華奢な体型とも合わせて、どこか儚げな印象を抱かせる。

「お前は混ざらねぇのか?」と質問してみる。

「あまり、そういうのは好きじゃないからね」柔和な笑みを浮かべ、彼は理由を話した。

「午前中は見かけなかったな。もしや、F組の生徒か?」

「あぁ。僕はヴァン・フォーエンハイム。隣のクラスだからあまり会話できないけど、よろしくね」

「おお、宜しく」

 なんだ、まともなヤツもいるじゃねぇか。と思っていると、孝が背中を突っついてきた。

「お前、あいつと絡むのはやめとけ」小声で話しかけてくる。

「何故にそんな事を言うんだ?」

「うーん、何となくだが……どこか危険な感じがするんだ」

 なんだそりゃ。まさか、俺の命を狙ってるとかそんなんじゃないだろうな。もしそれなら、こちらも対応を考えなければならんが……。

 おっと、もうそろそろ教室を出なければならないな。俺はいそいそと退散し、第一グラウンドへと向かった。



 レイファ中央学園の第一グラウンドは、四方を校舎に囲まれた構造をしている。普段の授業はここや体育館で行い、大きな行事ではもう一つの第二グラウンドを使用するようだ。

 そんなグラウンドの片隅に、F・Gクラス合わせて44人が集合した。内1人は見学者(俺)なので、正確には43人が体操服を着ている。その前方には、いかにもな体育教師が……。

「よーし、全員集まったな!それでは、実技訓練を始めるぞぉ!!まずはストレッチからだ!」

 声を張り上げる彼の号令で、男女別に二人組を作ってストレッチを行う。ふむふむ、まるで現実世界の体育だな。それにしても……。

「よいしょ、よいしょ」

「ふぅ……ふぅ……」

 何故体操服姿の少女はこれほどまでの魅力を振りまくのだろうか。そう思うのは俺だけじゃないようで、『………………』何人かの男子生徒も目が泳いでいる。ま、しゃあないか。みんな思春期だし。

「……よーし!終わった奴からグラウンド2周!」

 更にウォームアップは続き、全員が帰ってきた時には授業開始から15分経っていた。しかし、これは理に叶った話だ。シフさんから教えてもらった通り、いくら強力な魔法が使えたとしても、それらを使いこなすには強靭な肉体が必要なのだ。

「さて、今日は簡単な組手を行ってもらう。組み合わせは……このクジだ!」

 教師が取り出したのは、紐の束だ。

「これを一人づつ引いてもらい、同じ数字が出たもの同士で組手を行う。勿論、相手に配慮した戦い方を心がけてくれよ?」

 なるほどね。それは確かに面白そうだ。しかし、授業に参加しているのは43人。一人余りが出るぞ。

「……全員相手は見つかったな。……おや、フォーエンハイム。お前の相手は誰だ?」

 さっきの奴だ。どうやら俺の危惧する通り、一人だけあぶれたらしい。

「先生、どうも僕の相手は見つからなかったらしいです。そこで提案なんですが……そこの彼と勝負させてください」

 ヴァンが指さす先は、間違いなく俺だった。

「……はい?」唐突にもほどがある。のんびり見学といきたかったのに、なぜこうなるのか。

「し、しかしだな。アイノ君は今日通い始めたばかりで……」

「ただ組手を行うだけなら、体操服を着ていなくても出来るでしょう。さぁ、アイノ君。受けてみるかい?」

 あっさり丸め込むヴァンに、直々に指名された俺。勿論返事は……。

「よっしゃ!受けて立つぜ、その勝負」

 最初は面食らったが、如何せんずっと体を動かせないのは退屈だったからな。それに、こいつの妙に自信ありげな顔が気になるところだ。

「そうこなくっちゃ。という訳で先生、宜しくお願いします」

 ヴァンはニッコリと微笑み、半ば強引に勝負にこぎつけた。



「まさか、いきなり勝負とはな」

 制服の上着を脱ぎ捨て、倉庫のドアノブに引っ掛ける。

「少し気になってたんだ。街を襲撃した魔物を、たった一人で倒した人間の実力ってのを」

「そいつは恥ずかしい限りだ。それに、あれは俺一人でどうにかなった訳じゃねぇ。他にも果敢に立ち向かった人たちがいるんだ」

「それも確かに事実だ。どちらにせよ、僕は君の力をより身近で知りたかったんだ!」

 それにしても、後ろで女子たちがワーキャー黄色い声援を投げかけているな。

「お前、モテるんだな」

「どうも苦手なんだけどね、あまり注目を浴びるのは」

 この発言に、後ろの男子たちの血管がプチッと切れる音が聞こえた。

「新入り、やっちまえー!」

「本気パンチでいいぞー!」

 だぁぁっ、こいつらもうるせぇ!

「それじゃあ、始めようか。先生、お願いします」

「あ、ああ。ルールは3分間一本勝負。両肘を地面につけるか、『ギブアップ』と言えば負けだ。それでは、開始!」

 教師の合図と同時に、このよく分からん戦いの幕が開けた。

「まずは、小手調べだ!『流水牙』!」

 ヴァンは右手を広げ、そこから大量の水を噴射する。速い、だが!

「それじゃあ俺は捉えらんねぇよ!」

 足だけ『増強』を発動し、素早く横に避ける。最低倍率の5倍だが、それでも十分回避は間に合った。

「今度はこっちの番だ!『瞬雷脚』!!」

 あらゆるエネルギーを操れる事が分かって以降、それらを組み合わせた技を色々と開発していた。この『瞬雷脚』もその一つで、『増強』で強化された足に更に電気を纏わせ、その速度と威力を上昇させた一撃だ。

「お前の水じゃ、電撃は素通りだろ!」一気に間合いを詰める。

「それはどうかな?」

 そう言って、ヴァンは自身の周囲に水の防壁を張った。

「無駄だッ!」飛び蹴りの要領で、片足踏み切りから体を捩じる。そのまま右足が防壁に触れ……。

「なっ!?」そこで体が止まった。右足にまとわりつく、粘性の高い物体。これはもしや。

「ゲルか……単純な水だけじゃないみたいだな」

「ご名答。ゲルでキックの衝撃を吸収し、更に電気も無効化したんだ。面白いだろう?」

 楽しそうに笑うヴァン。クソッ、こっちも楽しくなってきたじゃねぇか。

「あぁ、久しぶりに楽しくやれそうだ!」

 力技で右足を引き抜き、一度距離を離す。

(ゲルを突破するには、こいつを使うしかねぇか!)

 今度は右手に炎を燈し、再度急接近で防壁をぶち抜く!幸い奴はまだ俺の魔法についてすべてを知っている訳じゃない。熱エネルギー操作だって殆ど他人に見せたことは無いんだ、情報が揃えられないうちに、ケリをつける!

「読んでいたよ、ゲルの突破の為に炎を使う事はね!」

 しかし、ヴァンは全く動じなかった。防壁の一部が開き、中から高水圧の一撃が飛んでくる。何とかギリギリで躱し、ゲルの正面まで来た。

「これで終わりだぜ、ヴァン!」

「いいや、まだ終わりじゃないさ」

 すると、ゲルが大量の水に変わった。それをモロに浴びて、炎が消えてしまった。

「さて、反撃開始だ!」

「くっ……!」

 咄嗟に防御態勢をとるが、ヴァンは一切殴ってこなかった。その代わりに……。

「切り札を切らせてもらうよ……『女神の落涙』!」

 彼の頭上に、巨大な水の塊が生み出された。

「さぁ、全て裁ききれるかな?」

 ヴァンの言葉と同時に、水塊から無数の大粒の水滴が飛んできた。いかん、さっき水を浴びたせいで炎が出せない!

「ぐっ!がはぁっ!」

 ガードの上から、数えきれないほどの衝撃が襲い掛かる。む、無茶苦茶だぁ!

「ふふ、ギブアップしたらどうだい?」

「へっ、生憎だが俺は諦めが悪いのが難点でね!」

 仕方ない。彼が本気を出してくれているなら、こっちも大技を披露しよう。

「特別に見せてやる、俺の必殺技だぁああああああ!!」

 中腰になり、右手にエネルギーを集中する。異界からの力が、俺の体に流れ込む。雨あられと降り注ぐ水の銃弾を気合で耐え、その時を待つ……。

「今だ!うおりゃあああああああああ!!」

 瓦割りの要領で、地面を殴る。すると……。

 どぉぉぉぉぉぉぉん!!

 周囲に局地的な地震が発生し、地面が揺れる。更に殴った部分からヒビが入り、それが小さな地割れとなってヴァンの足元まで延びていった!

『うわああああああっ!?』

『な、何だこれ!?あいつがやったのか!?』

『こ、怖いよ……!』

 同級生たちの阿鼻叫喚を背景に、俺はヴァンを軽く睨み付ける。畜生、体制は崩れてもすっ転んではくれなかったか。しかし、『女神の落涙』は解除されたようだ。

「はぁ……はぁ……どうだ……見たか……っ!」

 一瞬だけ『増強』の倍率を大幅に上げ、更に波のエネルギーを操り振動波を増幅させたまさしく最強の一撃。今回は地面に向かって撃ったが、生身の人間に対して使えばただでは済まないだろう。ま、今のところ使う予定はないが。

「……凄いな、君は。僕の想定以上だ」

 ここに来て、ようやくヴァンの表情から余裕の一切が消え去った。

「でも、もう限界みたいだね」

「……不甲斐無ぇ」

 反動の疲労困憊。そのまま俺は、後ろ向きにバッタリと倒れ込んだ。

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