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第19話 束の間の平穏、新たな騒動の始まり

久しぶりの更新。ここからどんどん追い詰められていきます。

「ただいまー」

「帰宅しましたー」

 夕日が沈み、代わりに夜の青黒さが空を支配し始めた頃、俺達三人は目的地であるエルシア邸へ到着した。我ながらここで生活するになるのもだいぶ慣れたものだ。考えてみれば最初にユアと出会わなければ、俺は野たれ死んでいたかもしれない。結果としてあの場所に飛ばされたのは幸運だったか。

カギを開け、玄関に入る。

「お帰りなさい。……あら?後ろの子は……」

 カギを開ける音に反応してか、マイさんが玄関までやって来た。と同時に、亜理素の存在に気付いたようだ。よし、ここは俺が代わりに話そう。

「簡単に言うと、この女の子は家出したようです。流石に夜は危ないので、今日一日だけでもいいからここで泊めさせようと思ったんですが……」

 実は、帰りの馬車内で軽く打ち合わせをしていた。いきなり住まわせるのは難しそうだが、こうやってあくまで一時的に泊めるという体でなら十分可能性はあるのではと考えたわけである。

「お母さん。最近は色々と物騒だし、このくらいの女の子が一人で出歩いてるのはやっぱり不安だよ」ユアが俺の言葉に同調する。

「……それもそうね。じゃあ、とりあえず今晩だけでも泊めましょう。父さんにも話しておくわ」

 よし、想定通り上手く行ったぞ。俺達は三人揃って小さく頷いた。

「そうだ、アイン君は今日決闘したのよね。勝ったとは聞いていたけど、怪我とかはないの?」

「特にないですね、楽勝でしたから」

 ツェギンの攻撃で血みどろグロ状態となったのは事実だが、ここでそれを言うのもなぁ。学校に着いてから粗方治療してもらったし。

「決闘に勝ってユアもこの家に残れるし、加えて俺は編入試験に受かった。少なくとも今日は、いい日だったと思います」

 ただ、謎は深まるばかりだが。

「それは良かったわ。……ユアを守ってくれて本当にありがとう、アイン君」

 そう言われると照れる。俺は自身の足りない頭で必死に考えて、それがたまたま上手く行っただけだというのに。

「お、お母さん!それより先、ご飯!」何やら焦ったようにユアが急かす。と思ったら、顔がちょっと赤いな。そんな彼女に背を押され、「はいはい」とマイさんもダイニングへと姿を消した。

「……微笑ましいね、彼女は」

 ここまで静寂を保っていた亜理素が、苦笑気味に呟く。

「そうだろ、本来はそれでいいんだ。お前もいずれ、ああいう風に生きていけるはずだ」

「それは、ボクだけに言っているんじゃないだろう?」

「……何が言いたい?」

 というより、いつまで玄関に突っ立っている気だ?

「何でもないさ。さぁ、せっかく奥方が用意してくれた料理だ。御相伴にあずかろうよ」

 確かに、鼻を刺激するおいしそうな匂いは俺の食欲を増幅させる。

「分かったよ。ほれ、こっちに来い」

 そうだ、人生は長い。たがだか数回痛い目を見ただけで何もかもに絶望するのは早計にもほどがある。これから先の未来を語るなら、やっぱり明るい方が良いさ。

 まぁ、それに気付けたのもごく最近なんだけどな。



 晩飯は、いつも以上に美味かった。今日は心身ともに酷使しまくったから、その栄養も深く身に染みる。

「それじゃ、先にお風呂貰います」

 聞いたところによると、シフさんはまだ仕事か残っているらしい。故に帰ってくるまでもうしばらくかかるとの事。

「………………」

 着替えをとりに行こうと2階の自室へ行く俺の前に、亜理素が現れた。

「飯美味かったろ?」

 こいつ、大量の料理を黙々と食べていたからな。こんな華奢な体の癖に、かなりの大食いだと思ったぞ。

「あぁ、美味だった。こんなに素晴らしいものを食べたのは久しぶりだな」

「そりゃ良かった。……奴隷の間は、どうだったんだ?」

 あまり聞いてはいけないような気がしたが、どうしても気になってしまった。

「君の予想通り、碌なものを口にする事は出来なかったよ。それに……」

「それに?」

「ボクは、女にさせられた。いや、無垢な少女としての人生を捨てさせられた」

 分かってはいたけど、その言葉は俺にとってある種のトラウマを呼び起こされるものだった。

「……それは、奴から聞いた話で知っていたさ。辛かったな」

 決して他人事ではなかった。暴力によって性差を思い知らされたという事実は、これからも彼女の人生において癒えぬ傷跡となるであろう。それは、かつての俺が姉に、そして幼馴染に味わわせてしまった苦しみでもあるから。

「だからこそ、君がこうやってあの子を守った姿を見て思うんだ。ボクも、君のような人に出会いたかったってね」

「お前……もしかして」

「そうだね。君が推測したことは恐らく正しいだろう。でも、これはボク達だけの話ということにしよう。続きは、君が体を洗ってからしようか」

 どうでもいいことだが、そんな言い草では、相手によっては気を持たせてしまうぞ。

「ふふっ、それもいいかもしれないね。どうせ純潔は奪われたんだ、だったら何度誰かと寝ようと変わりはしないから」

「な、何言ってやがる!」

「まったく、生真面目だね。……まぁ、そこが君のいいところなんだろうけど」

 どこまで冗談か分からないが、少なくともこいつが笑っていられるようで良かったと思う。あのままの境遇じゃ、きっとこうはならなかったしな。



「はぁ、さっぱりした」

 風呂を済ませて歯も磨き、後は寝るだけである。その前に、風呂から上がった事を報告せねば。

「お風呂空きましたよー」

『はーい』

 おお、親子そろっていい返事だな。だが、気になる事がある。亜理素はどうするんだ?それ以前に、どこにいる?

「まぁ、自分で空き部屋を探しているだけかもしれんな」

 そう考え、俺は自分の部屋に戻る事にする。まだシフさんは帰ってこないので寝る事は出来ないが、一週間後から学校に通うならそれなりの準備は今から始めるべきだろう。

 階段を上がり、部屋の扉を開ける。……ん?布団がやけに盛り上がっている。中に何かあるのだろうか。

 ばさっ。掛け布団の中から、亜理素が出て来た。

「………………」

 コメントに困る。ホントに何がしたかったんだ、こいつは。

「は、早く出て来たんだね。ビックリしたよ」おや、こいつらしくない。何故お前が恥ずかしがってるんだ。

「そうか?普通だろ」

「そうかもしれないね、うん、そうだ」

「……何をやってた」

「……聞かないでくれ」

 はぁ。俺は深くため息をついた。

「言っておくが、俺の部屋で寝るのは駄目だぞ」なんというか、問題があるからな。

「わ、分かってるよ。君って本当に真面目なんだね」それにしても、さっきまでの余裕ぶりが嘘のようだな。とはいえ、これはこれで可愛いかもしれない。変に澄ましてるよりは、こっちの方が好感触を得やすいだろうな。

「第一、空き部屋のどこかで寝ればいいじゃねぇか」簡単なベッドメイクぐらいなら手伝ってやるぜ。

「いや、部屋自体は見つけたんだ。それよりも、話がしたいと思ってね」

「……テーマは?」

「異世界からの来訪者……だね」

「……!そいつは、俺も話そうと思っていた所だ」

 初めて会った時から、何となく気付いていたが。この少女もまた、俺や楓と同じく現実世界からここに来た人間だ。

「それなら話は早い。君も、ボクと同じようにこちらにやってきたんだろう?」どうやら、亜理素も気付いていたようだ。

「まぁな。俺は……よく分からんオッサンに呼び出された訳だが、お前は?」

 理事長の名前は隠しておいたが、もしかしたらこいつも知っているかもしれないな。

「ボクは……女性だったな。姿ははっきり分からないけど、声は女性の物だった。とはいえ、音声加工でもされていれば分からないけどね」

 ううむ、って事はこいつは救世の士って訳でもないって事か。いや、まだ決めつけるのは早いかもしれないが……。まぁ、それは後回しでいいか。それよりも、俺は他に気になる事がある。

「ところで、この世界……妙だと思わねぇか?」

「妙、とは?」

「まず一つは言語体系だ。広く日本語が使われているのはいいとして、問題はそれ以外だ。……俺の知らない言語が無いんだ」

「へぇ。それは、君が多言語を使いこなせるって訳じゃないみたいだね」

「当たり前だ。俺が知ってるのは日本語以外に英語と中国語を少々ってくらいだ。それはともかく、いかにも現地の言葉といった風な文字列を見かけていないんだ」

「要領を得ないなぁ。つまり、どう言いたいんだい?」

「ファンタジーの世界なら当然あるはずの架空の言語、それが見受けられないって話だ」

 それに、ユアが話していた内容から、この世界の住民は漢字を高等な文字と見做しているようだ。と言う事は、俺の目がどうにかなったのではなく実際に日本語が使われているという事だろう。だが、何故そうなった?

「ふぅむ、それは確かに不思議な話だ。何らかの理由でこの世界に日本語が持ち込まれ、それが広まったのか、それとも単なる偶然か……」

「それも有り得るが、もっと有力説があるぜ。ずばり、『ロスト・テクノロジー』だ。例えば、日本製の製品が発掘されれば、そこに表記された文字列から日本語の存在を知る事が出来る。それを繰り返して文字のサンプルが集まれば、それらを古代文字として解読する流れが出来てもおかしくない」

 平仮名・片仮名ならどちらも50種類と符合であらゆるものを表現できる。文字の種類自体ならアルファベットの方が少なく済むが、画数ならこちらの方が少なくなる場合も多いだろう。もし現地の言語も同じように比較的手間のかかるような文字を使うなら、それよりも便利な平仮名等を使う可能性はある。

「それなら漢字を使いこなせる人間が少ないのも理由がつくね。何てったって、その種類自体が非常に多いから」

 だろうな。発掘された文字に依存していると仮定すれば、間違いなく使われる漢字の種類はそれほど多くないだろう。看板などで見かけたものも、小学校で習うものか逆にいたく堅苦しい漢字が殆どだった。後者については何らかの取扱説明書からでも発見されたのかもしれないが、微妙に意味が違うものも多く混じっていた。

「次は、通貨だ。少なくともこの街では日本円が用いられていた。亜理素、お前はこの世界に来てからそれ以外の通貨単位を見たか?」

「なかったね、うん。もしかしたら、この国以外の地域では別の通貨が使われているのかもしれないけど」

「裏を返せば、通貨においても現実世界のそれが浸透している可能性が考えられるな。小銭は持ってるか?」

「最低限の分はね」

 そう言って、亜理素はスカートのポケットからちゃりんちゃりんと小銭を取り出した。やはりだ。同じ100円玉でも、デザインが違う。それにしても、

「……300円でどうするつもりだったんだ?」

「いやぁ、どこかの家にでも使われようかと。それに、ツェギンの死によって混乱していた以上多くを頂戴するのは気が引けたしね」

「なんだそりゃ。まぁ、それは置いといて。現実世界のそれとは見た目こそ違うが、その価値としてはさほど大きな差はないとして、この日本円も『ロスト・テクノロジー』から発想を得たものと考えるのが自然かもしれない」

「それは何故だい?貨幣の発想自体は元々あったかもしれないだろ?」

「あくまで見た目だけを真似た、って線もあるんだがな。より可能性があるのは、等価交換の原則だよ。お前は習ったかどうかわからないけど、元来人間は物々交換によって充足を図っていた。でも、自分が欲しいものを持ってる相手を見つけて、相手が欲しがってるものを渡すってのは不確実だろ。だから、あるコミュニティ内において自由に使える通貨を制定しておくことで解決を図った。魚が欲しけりゃ、その分の金を払えば代わりに貰えるって風にな」

「それは分かるよ。でもさ、それと日本円が使われることの関係性は?見た通りの中世世界なら、既に独自の通貨が存在したっておかしくはないはずだ」

「そうだ、そうなんだよ!」俺はここぞとばかりに立ち上がった。「本来の通貨が存在してもよかった、いやもしかしたら存在していたかもしれないのに、何故日本円がそれにとって代わっているのか。それこそが、俺が今知りたいことなんだよ」

「……呑気なものだね。こんな事を考えるなんて」

「結局は元の世界に帰らなきゃなんねぇからな。その手掛かりを探すためなら、なんでも……」

「本当に帰りたいのかい?」

「……何?」

 聞き逃す事は出来なかった。亜理素は、じっと俺を見つめてくる。

「そんな事を言って、本当はずっとこの世界に居たいんじゃないのかい?」

「……馬鹿を言え。俺は部外者、門外漢だ。こんな場所に居続ける資格も意味もねぇよ」

「そうかなぁ。ボクはそう思わないけど」

「あれほど酷い目に遭って、よくもまぁ……」

「勿論、死ぬほど辛かったさ。だけどね、こうやって今までの常識が通用しない世界って、ワクワクしない?魔法だったり、騎士だったり、まるで小説みたいだ。……きっと、一生の内でこんな経験は一度だけだろう。だったら、せめて思う存分味わってから、帰る方法を考えようよ」

 まったく、遊園地じゃあるまいし。にしても、こいつの妙な心の強さはどこから来るのだろうか。とても気になるが、もう夜も遅いな。今日はここまでにするか。

「ほれ、お前も風呂に入れ。何だったら背中でも流してやろうか?」

「……スケベ」

 ジト目で睨んでくる亜理素。可愛い。

「可愛い……」

「なっ……!」

 む、しまった。口から本音が漏れ出てしまった。

「……この、スケコマシ!」

 何やら凄いレッテル張りをして、亜理素は部屋を出ていった。おーい、もう夜だから大きな音を立てて歩くのはやめとけよ。

「……ったく、意味わかんねぇ」

 と、机の上に手紙が載っているのを発見した。差出人は……あいつか。

「えーと何々……『毎度ご利用ありがとうございます、『ロジャーズ・クラフト』です。まずは、今朝の決闘での勝利おめでとうございます。ここにその敬意を表すとともに、お客様のより一層の精進を願って、一つ提案がございます。翌6月××日、我が工房にて個別相談を行います。ご購入いただいた武具に関して極めて重要な御話を行いますので、是非ともお越しいただきますようお願いいたします』か」

 重要な話とは何だろうか。まさか、何処か壊したとかだろうか?

「まぁ、朝早くにでも行ってやるか」

 昼からはバイトがあるしな。そう言えば、通学を始めてからバイトシフトはどうすべきか。ううむ、考える事が一杯だ。

 遠くでドアの開く音がした。どうやら、シフさんが帰ってきたようだ。俺は挨拶もなく寝るのは失礼と思い、部屋を出て階段を下りた。だが、正面の玄関が見えたところで俺は足を止めた。

「……嘘だろ……!?」



 目線の先に居たのは、血塗れになり力なく横たわったこの屋敷の主。

 シフィルス・エルシアに他ならなかった。

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