偶には飴を齧る
色々あって異世界ものには定番のギルドに入れなかった。
住所不定無職の入江紗世です。
どうやらこの国では日本並みに何をするにしても身分証明が必要のようです。
通貨はゲームのものと違うようです。泣きたい。
他の国にはもっとおおらかな国もあるようだけど、まずこの国から出るのに身分証明が必要である。もう号泣してもいいと思う。
そんな打ちひしがれる私を拾ってくれる神様は、いた。
「よぅ、姉ちゃん。あんた只者じゃァねぇよなァ?」
かなりガラの悪い神様が。
男に連れてこられた場所は一見普通の建物だ。
出入り口に人がいるが、どうやら顔パスのようだ。
周りにある豆腐型の建物と同じようなそこは内部も一見普通だ。
しかし何かスイッチのようなものを押した途端、地下への階段が現れた。
すごくアンダーグラウンドな感じがする。しかしついていかないわけにはいかない。
地下は思った以上に広い。通路や扉も結構あるから、まるでアリの巣のように張り巡らされているのかもしれない。そしてちらほら見かける人たちは、こうなんと表現すればいいかわからないが、オブラートに包んでガラの悪そうな人、ぶっちゃけて言ってしまえば犯罪者な見た目の方が非常に多く見かける。
きょろきょろ見ていたら因縁を吹っ掛けられかねないのでなるべく男の背中だけを見るようにして黙々とついていく。
しかしやたら視線がくる。確かにこんな中では私のような一見普通の人間がいたら浮く。ゲームセンターに袈裟を着たお坊さんを入れるぐらい浮くだろう。
ガラの悪い神様はある扉までくると、そこを開けて中に入る。私もそれについて中に入る。そこは普通の小部屋だった。机と、椅子。あといくつかの家具が配置されている。談話室のようなものだろうか?
「まァ適当に座れや。」
男はドカっと椅子の上に座ると足を組んで机の上に乗せる。
漫画ではよく見るが実際にやっている人間は初めて見た。
しかし男はよく見れば顔の刺青や傷痕、目つきの悪さなど顔面凶器と言わんばかりのガラの悪い顔付きだが整っているという強面系イケメン。
しかもやたらモデル体型なため、その体勢が似合ってしまっている。
イケメンは何をやってもイケメンと知りました。
とりあえず向かいの椅子に座る。
「んじゃま、面倒くさい前置きはナシで、単刀直入に言わせてもらうぜぇ?」
そしてワイルドににやりと笑ってそう言ってくる。
獰猛な肉食獣のような笑みに思わず食われそうなウサギの気持ちになるが、こっちもそれなりに場数を踏んだ(ゲームだが)身だ。怖気ついたら最後、この手の人間はいいように扱ってくる。ってばあちゃんが言ってた。
なんでもないような振りをして見つめてやれば、楽しそうな顔をして机の上に乗せていた足を下ろしてこちらに顔を近づけてくる。
怖気づいて後ろに下がりたくなるのを抑えていかにも涼しげな顔をする。たぶん動揺しているのは気付かれていない、と信じたい。
「あんた、俺たちの仲間にならねぇか?」
囁くように、頭がしびれるような甘い声で目の前の男はそう言ってきた。
ガラが悪いけどイケメンな男に顔を近づけられて甘い声で誘われたら、貴方はどうしますか?ちなみに私はまず赤面してしまわないように般若心経を唱えてました。
いたって平静を保とうとしながら考える。
仲間になれ、つまりここの一員になれということだろう。
どう見ても普通そうじゃない、アングラな世界に入れとのことか。
普通に考えれば断じて否、と言いたいところだが、そういうわけにはいかない。
まず私の事態は冒頭で述べたように真っ当に生きようとすれば軽く積んでいる状態だ。どうあがいてもなんらかの奇跡が起きない限り、犯罪に手を染めることになる。エネミーを倒せば自動的にアイテム(しかも食用ではない)になってしまう私にとって自然にとれる食糧はドラゴンの心臓、森に生えているであろう木の実やキノコだ。そして道に迷っているとき食べた木の実腹が膨れないどころかまずかった。実際に確保できる腹持ちの好い食糧はドラゴンの心臓のみ。頑張ればそれだけで生きていけないことはないのかもしれないが実にお断りしたい事態だ。
「あんたは住処と仕事が出来てハッピー。俺たちは頼もしい仲間が出来てハッピー。なァ?悪い話じゃねぇだろ?」
男は重ねるように言ってくる。まるで、悪魔の契約みたいだ。
闇に魅入られたら、真っ逆さまに。落ちるときは一瞬なのに、後戻りは決してできない。落ちてこいと言わんばかりに唆す男は間違いなく悪魔だろう。
確かにここで頷いて、彼らの仲間になってしまえば当面の生活は保障されるだろう。しかし、仕事と言っても何をやらされるのだろうか。モンスター退治?薬草などの採取?そんな生易しいものでは決してないだろう。
そう、例えば―――――人殺しとか。
なんだ、簡単なことじゃないか。
ここで男の仲間になるか、ドラゴンの心臓を食べて生きるか。
その二つなら
「―――――すみませんが、お断りします。」
まだ、裏の世界に行く気はない。
いつか行くことになるとしても、他に道があるなら行かない。
仕事に貴賤はない。しかし、自分が誇れる仕事に就きなさい。
ばあちゃんは言っていた。裏の仕事に口出す気はないけれど、まだそれをやる勇気はないから、今回はお断りだ。
「――はは、そうか。残念だ。」
ふっと笑う男は楽し気で、どこか寂しそうだった。
計算してやっているなら、これほど策士な男はいないだろう。多分計算してやっているんだろうが。言葉とは反対に全く残念そうじゃない様子が本心かそうでないかはよくわからない。一見軽そうだが、誘いを断ったのだ。おそらく本拠地と思われる場所で。何をされるかわかったもんじゃない。
「ま、そうだな。」
そう、警戒していたのにもかかわらず。すいっと自然に寄ってきた男の手を避けることが出来なかった。口に何か入れられ、思わずがりっとそれを思い切り噛み砕いてしまう。甘い味が口の中に広がるが、私の頭はパニックを起こしていた。
何故気付かなかった?口の中にあるのはなんだ?毒か?吐き出すべきか?どうすればいいんだ、わからない。
「安心しろ、ただの飴だよ。」
鳩が豆鉄砲を喰らったような私の様子に男は声をあげて笑う。
安心出来ないが、サブにいれている職、聖騎士のパッシブスキルに状態異常緩和がある。吐き出すのも癪だしそのまま舐める。
思わずジト目で男を見てしまった私は悪くないと思う。
「そんな目をするなよ。」
ぽふぽふと叩くように頭をなでられる。しかも妙に優しい手つきだ。
なんか微笑ましいものを見るような目で見られている気がする。実に納得がいかない。そんなに私が慌てふためく姿が面白かったか。
「まァ気が変わったらいつでも来いよ。入口の奴に蛇のアイトスに用があるっていえば入れて貰えっからよ。」
今の所その予定は一切ない!
出口まで送ってもらって、そこでいくつかの飴を渡された。
まァ精々頑張りな、と言って男はまた地下へ帰って行った。道中何もなかった。拍子抜けするぐらいなにもなかった。案外いい奴なのかもしれない。
掌の飴をみる。白い紙に包まれた5個の歪な球体の飴。口の中の飴はもうなくなっていたから、そのうちの一つをつまんで口の中にいれる。行儀が悪いとわかっていても、がりがりと噛んでから舐める。お母さんから止めなさいと何度も注意されていまだに直ってない癖だ。あの時口の中に入れられて噛んだのも、そんな癖のせいかもしれない。
「はぁー……。まぁ、頑張りましょうか。」
口の中の飴は、特にこれといった味はなく甘いだけだったが、なんだか優しい味のような気がした。
間違えて投稿したデータを消すこと三回。私は学習能力をどこかに置いてきたのかもしれない。もう泣きたい(;ω;)