心臓を齧り損ねたことが未練です
あれから、どれだけ歩いただろう。
日は落ち、月明かりを頼りにふらふらと歩く。
何処へ向かっているかなんて自分にもわからない。
地球なら北極星を目印にどこの方角へむかっているかわかるが、
勿論北極星どころか知っている星座一つ見つからず諦めてただ直進している。直進すれば、少なくとも道に迷うことはないからだ。
まあ、そんなことはもう霞んできている視界には関係ないのかもしれないが。敵は全て撫で斬りしてやった。攻撃をいくらかくらってもほとんどダメージを受けない。やはりただの雑魚だった。
しかし夜は出歩かないというのは大体のゲームの鉄則だろう。大体夜に出歩いても碌なことがない。
だから木の上で人休みするなりなんなりするべきなのだろうが。
色々限界がきている私は今休んだら確実にもう立ち上がれなくなるという確信があるから休めない。
「あ、ぅ・・・う・・・。」
太刀を支えによろよろ歩く私は他人から見ればさぞ亡霊かなにかの類に見えるだろう。
ふと目の前に敵の存在があることに気付く。
相手は気付いていないようだ。そのまま搔っ切る。
しかし切った後体勢を崩し、体は地面に叩き付けられる。
「あ、ぐぅ・・・ぅ、うい。」
痛い思わず手放してしまった太刀が前方へ転がる。
このまま休んでしまいたいと囁く気弱な自分を押し込めて必死に太刀へ手を伸ばす。届くまで、すごく長い時間がかかっているように感じる。
なんとか届いた太刀を支えになんとか起きようとする。
しかし、ふっと気が抜けてまた地面に巻き戻される。
そのままごろりと仰向けに転がる。
地球で見た、どの星空よりもきれいな星空がそこにはあった。
そして真ん丸と大きな月。
まるでまんじゅうのようで、おいしそうだ。
「・・・・・・!」
その時、何かの声が聞こえた気がした。
最早本能の行動だったのかもしれない。
どこにそんな力があった、と聞きたくなるぐらい声のあった方と逆の方へ転がってその勢いを利用して起き上がる。
声の確かにした方をみながら、太刀を構える。
「・・・・・・ぁ!」
また聞こえた。その音は明らかに人が上げるものではない。
そしてその音を上げるエネミーに私は心当たりがある。
フェアリードラゴン。
第三ダンジョンのレアエネミーの一匹。
小さい、高機動の魔法型ドラゴンだ。
必中魔法は使わないものの追尾性の高い魔法や広範囲魔法を
これでもかというほど使ってくるとてもめんどくさいエネミーだ。
索敵能力も高く、しつこさにも定評があるというオプションつきだ。
狙われたら死ぬまで追いかけてくるとは誰が言ったか。
しかし油断さえしなければ負けるような相手ではない。
全て避け切って倒し切ればいいだけだ。
振りが大きく、当てにくくて隙ができる太刀ではなく小刀を装備する。
そして相手に向かって走り出そうとして・・・気付く。
(声は遠ざかっている?)
集中しているおかげか、少しばかりマシになった目を凝らす。
声の方向には微かな明かりが見える。もしかして、人がいるのだろうか?
(助けないと!)
そう思ったのは別に私が善良な人間であったからではない。
利己と打算に満ちた考えだ。
人がいる→助ける→人里へ連れて行ってもらう→ご飯
最早人里へ行くのが手段になりかけているが、目的のためにもなんとか襲われているであろう人を助けなくては!
疲れるが、あるスキルを使用して走るより早く駆ける。
スキル『瞬獄・桜』
目にも留まらぬ速さで相手に近づき、投げるという小刀専用スキルである。ちなみに武器は使っていない。その為初めネタ技扱いされていたが、同じように素早く相手に近づく瞬獄シリーズで唯一通常攻撃によるキャンセルでスキル後の硬直を消せるため、本来の使い方ではなくキャンセル併用の移動技という扱いになっている。上手くいけばそのままエネミーと戦える。
しかしこの技、スキル使用代償がHP100という恐ろしい技である。
職キャップサブ職聖騎士という結構HPに余裕がある私でもHPは10000ちょいであり、普通のスキル代償はせいぜいHP30~40ときけばその恐ろしさ、わかっていただけると思う。多用すれば回復薬がいくらあってもたりない。
使えばもの凄く疲れるし。しかしすでに疲れは限界、気力だけで動く私に怖いものなどあんまりない!
「ぐおおおおおおおお!」
ついに接敵に成功する。50㎝程のフェアリードラゴンは
見慣れた紫色ではなく、保護色のような緑色だ。
色違いとはいえ、これまでの事を考えれば基本性能は変わっていないだろう。攻撃のモーションさえ気を付ければ確実に殺せる。
「『瞬獄――― 」
こっちに気付いて避けようとするが遅い。
「-桜』!」
思いっきり相手を蹴り上げ、同時に自分も跳んで相手の頭を掴んで地面に叩き付ける。HP100という代償のわりに地味だが威力は文句ない技だ。
そのまま逃げられないようラッシュをかける。
ふと大きく飛び上がり、詠唱を始める。おそらく広範囲魔法だろう。
あわせるように私もスキル発動の準備をする。
相手が唱え終わる、その前に
「『一閃・轟雷』」
光を纏った小刀を振るえば纏った光が斬撃となって相手に襲い掛かる。
このスキルは溜める事が可能で、溜めれば溜めるほど威力が上がる。
このレアエネミーと戦った回数は数知れず。詠唱の長さから各詠唱が終わるまでにスキルを発動して妨害するタイミングなんて体が覚えている。
斬撃が相手を撃ち落とすのを確認するより先に撃ち落とされるだろう場所まで駆ける。そして予想通り落ちてきた相手に通常攻撃でラッシュ。
相手が飛びあがって詠唱、スキル準備。
それを何度繰り返しただろうか。
瀕死になるとフェアリードラゴンは自爆特攻をしかけるようになる。
頭に生えた角を対象に突き刺し、逃げれない状態から魔力暴走、わかりやすくいえば爆発四散する。勿論即死技だ。
地味に範囲攻撃だから、直撃を喰らえば確死、周りにいても一定範囲にいると即死を喰らい、それ以外でもある程度の距離で大ダメージを喰らうという恐ろしい技だ。こいつに会ってこれを喰らわなかったプレイヤーはおそらく上位陣でもあまりいないだろう。まぁ当たらなければなんともないから事前に知っていれば楽勝だが。
さて、皆さん覚えているだろうか。私がこいつと戦う切っ掛けになった理由を。ちなみに私はちょっと忘れかけていた。
私の後ろには、ズタボロの生きているか怪しい冒険者らしいPTがいるのだ。私の援護をしてくれないのは動けないのか気絶しているのか、考えたくないが、死んでいるのか。
何にせよ、守らないといけないターゲットになりかねない人達がいるので適度にタゲをとりつつ特攻回避しなくてはならない。
地味に面倒くさい作業だ。神経が擦り切れそうだ。
ふと、奴が私以外を見たことに気付いた。
はっとそっちを見れば、倒れたまま顔をあげて茫然とこっちをみている男の冒険者らしい姿が見える。
奴が特攻をしかける予備動作を始める。やばい、当たったらこの範囲なら全員即死だ。なんとしても止めないといけない。
「ぜ、ああああああああああ!」
軌道に乗り、一直線で男に向かう奴に向かって小刀を振るう。
とんでもないスピードで、一直線じゃなければ避けれないと定評のある突撃。当たらないかもしれない。いや、当たらない確率の方が高い。
ああ、それでも。
――――――抗ってみなければ、わからないじゃないか
確かな手応えと、目の前にあるフェアリードラゴンの体。
そして現れるドロップアイテム欄と砕け散る体を見て、終わったのだと安堵する。そしてガッツポーズをとりかけて
視界がぐにゃりと歪んだ。え、と思っているうちに体が思うように動かなくて、鉛のように重くて
地面に倒れる前、こちらを見ていた男が私の方に駆けてくるのが見えた。
これで夢は終わるかな。
そういえばドロップアイテム欄に心臓って見えた。
食べておけばよかった。