齧られる夢を見る
夢を見ている。
喰われる夢だ。動きを封じられて、徐々に食べられていく、妙にリアルな夢を。
『まずは右手から。』
私を食べるその男はそう笑って言った。
細められた黄金の瞳は狼のように獰猛な光をたたえている。美しく整った顔は笑みという歪みでおぞましい形相になっている。口調は優しげだが、契約を持ちかける悪魔のような邪悪さが隠し切れていない。嗚呼、目の前男ほど悪魔と形容するのに相応しい男を見たことがない。そもそも生きたまま食べるなんて非道な真似をこうも平然と行える生き物が、まともな人間なわけがない。
『じゃあ次は左ね。』
生きてさえいればどんな姿になっても元に戻せるし、と男は私を食べながら言う。楽しそうに嗤いながら言う。何故食べるのか?いつまで食べるのか?それは私にはわからない。ただ分かるのは元に戻せるということは何度でも食べられ続けるということ。何度でも何度でも…きっと男が飽きるまで、この行為は続けられるのだろう。
「………。」
夢の中の私は、何かを呟いた。何と言ったのかは聞き取れなかった。しかしその言葉が男の機嫌をかなり損ねたことは、見るからに明らかだ。殺意、憎悪…負の感情を圧縮したような表情はほんの一瞬だけ浮かび、すぐにその表情を先の何倍もおぞましさを増した笑みに変えて私に笑いかけた。
『まだまだ全然平気そうだね。大丈夫、もっともっと俺がそんな所ごと食べ尽くしてあげる。』
そして俺を注いであげるよ。
恋人に囁くような甘い声で言ってくる。その言葉は愛に狂った男のよう。だけどそれは全く違う。彼は私を愛してなんかいない。こんなことに駆り立てる感情が愛なんてものであるはずがない。でも男が何を思ってこんなことをしているか分かる前に私は壊れて男に染まるのだろう。
「こんな未来、嫌だろう?」
ふと、私に語りかけてくる声があった。其方の方を見れば飄々とした詰め襟の青年がいた。青い瞳を除けば普通の日本の男子高校生に見える。しかしこんな状況を平然と見下ろせる時点で普通ではないだろうが。
「…嫌に決まっているでしょ。」
睨むように言えばくすくすと笑い出す。なんなんだ、この男は。ジト目で見ていると、しばらくして男は笑うのを止めて、にやっと悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべる。
「そう睨むな。俺はただ助言しにきただけだ。この光景はちょっとしたおまけにすぎん。」
非常に不快にさせるおまけをどうもありがとうとでも言えばいいか?思わず舌打ちしてしまった。自分が喰われる光景を見て平気でいられる人間がいるならそいつは確実にまともじゃないだろう。私は普通の人間なので、おまけならもっとまともなものをみせろといいたい。
「しかし覚えておいて欲しい。これは決して確率の低い未来ではない。こんな未来が嫌なら…あいつから離れるな。それだけだ。」
そういうと男は踵を返して去っていく。それと同時に私の意識は遠ざかっていき…待って欲しい、あいつって誰だ。結局お前誰だ。そんな私の気持ちを読んだのか、男は振り返って…
「言ってしまったら、面白くないだろう?」
そうのたまった。…馬鹿じゃないの!?
そんな夢を見た。
「……嫌な夢。」
朝から憂鬱になるような悪夢だ。それもとびっきりの。しかもなんなんだ、あの内容は。夢は記憶の整理やら願望やら言われているが、あんな夢を見るような出来事も性癖もないぞ。しかも妙に生々しいし、くっきりはっきり現実のように覚えている。とっとと忘れてしまおう…
『決して確率の低い未来ではない。』
…不吉!忘れたくても忘れられないではないか、実際に起きそうで怖いし!結局あいつが誰かわからなかったし、意味のない夢だったと思いたい。しかしそう思おうにも体が震える。本当におぞましい夢だった…
「サヨ、顔が優れないね、大丈夫?」
今こいつさらっとすごく面白い事言ったぞ!?さすが馬鹿男、私には考えつかないことを平然とやってのける、そこに痺れも憧れもしない!しかしおかげで憂鬱な気持ちが少し晴れた。もしかしてこれは計算してやっているのだろうか?…そんなに頭が回るようには見受けられないが(失礼)。
「ケテル、それを言うなら顔色が優れない、です。…少々夢見が悪かっただけなので、お気になさらず。」
顔が優れないだとなんというか…不細工?とかそんな感じになるのではなかろうか。そもそもそういう言い回しはなかったはず。それはともかく顔色が悪いのは確実に今朝の悪夢の所為なので体調が悪いわけではないと思う。
「…あ、そうなのか。どんな夢?」
こいつまさかSか?夢見が悪いと聞いてその内容を普通聞くか?…案外よくあることだなそういえば。怪我をした人間にどうしたの?と聞くようなものなのだろう。内容が内容なだけに話すのも嫌だからついそう思ってしまったが。
「自分が食べられる夢です。」
丁度いいので恐怖のお裾分けをしてやろう。…あれ、こいつの場合洒落にならないような。しまった、私こそ馬鹿だ…
「食べられる…?」
おいこら、なんで顔を赤くする。前から思っていたが絶対マゾヒストだろ、お前。そういう性癖については人それぞれだし、とやかく言うつもりはないが、隠す努力はしてくれ。私は至ってノーマルだ。
「ええ、生きたまま手から…。」
ついそのまま具体的に言うと、そっちか、とよくわからない事を言って顔を赤から青に染めた。そっちってどっちだよ。手から食べられるより足からがいい、とかよくわからないことを語られたら困るから聞かないでおくが。人と付き合うのには適度なスルーが大事だよね。
「もうこの話は止めましょう。あまり気持ちのいい話題ではありませんし。」
微妙な空気を変えるべくそう言ってご飯を食べようと提案する。しかし微妙な空気はそれから狩りに出るまで続いた。
「きゅっきゅきゅ~。」
メイフィーは果実をもきゅもきゅと食べている。馬鹿男はちまちま切り分けて食べている。私は男らしくかじりついている。…あれ、私と馬鹿男逆じゃない?と思ったら負けである。もうやっちまったものは取り返しがつかない。エセ大和撫子に常に優雅を保てというのが無理な話だったと少し諦めている。
「きゅーきゅー。」
「うわっ、ちょっ、それ俺の…!?」
あ、馬鹿男がメイフィーに果実奪われてる。取り返そうと慌てるが、少し遅く既にメイフィーのお腹に入ってしまった。メイフィーはげっぷをしてどや顔のように見える顔をして勝ち誇るように馬鹿男を見ている。きゆ!という満足そうな鳴き声付きだ。馬鹿男は(´・ω・`)という顔をして体を小さくして、少なくなった果実をもそもそ食べた。弱いなお前。しかし私はメイフィーに食べ物を奪われた事がないのだが、馬鹿男は毎回奪われている。何かメイフィーの機嫌を損ねるようなことをしたのだろうか。見ていて楽しいので私はこの件に介入する気はないけれども。
「きゅ~。」
すごく平和だ。今朝見た悪夢を忘れられそうなほど穏やかな昼下がり。ずっとこの暮らしが続けばいい。夢は所詮夢、私はここでずっと平和に暮らす。それでいい。




