たまには知らないドラゴンの心臓も齧ってみよう。
ドラゴンの出のいいダンジョンから離れるのは少々惜しいけれど、拠点を変えることにした。
前に聞いた中に強すぎて今では誰も行っていないと言われているダンジョンがあったのでそっちに行くことにした。一か月とはいえ愛着が出だした拠点に別れを告げて意気揚々として歩き出してから気付いた。
前の拠点は偶々ダンジョンの傍にあった廃屋を使ったけれど、今回のダンジョンにもあるとは限らない。というかむしろない方が普通なのでは?当然ながら私に大工の真似事は出来ない。工作は得意だったし、廃スペックな体を持っているとはいえ、これはまずいのではなかろうか。今更だが。
「なんとか、なる。」
そう言い聞かせて兎に角目的地へ進む。人間頑張れば意外となんでもできるものだ。家の一つや二つ、建ててみせようではないか。
「…国破れて、山河あり…。」
結果、現在不眠不休のエネミーとのどきどき連戦ぼろりもあるよ実行中であります。ああ、平和な日常、ふかふかの布団が懐かしい…。杜甫もこんな気分だったのだろうか。日本に帰りたい…切実に。
お腹がすいた。疲れた。寝たい。泣き言を言い出したらきりがない。来た時もえげつない空腹に見舞われていたが、適度な空腹と疲労に比べれば冷静でいられなかった分ましだったかもしれない。
「ぐぉぉおおおお!」
しかも最悪な事にここで出てくるエネミーはゲームでは見たことがない姿をしている。何をしてくるか全く予想も検討もつかない相手に酷く集中力を使わされて、心なしか頭がくらくらしてきた気がする。連戦の性で碌に食事もしていないから、おおサヨよ、しんでしまうとはなさけない。とかテロップが流れそうな事態である。
欲しがりません、勝つまではという言葉もあるが一体私は何に勝つまで欲しがってはいけないのだろうか。
魔王か?ケイ素系生物か?コズミックニートか?カンストしたスライムか?慢心王か?
正直どうでもいいからご飯食べたいでござる、とサヨは思うのであります。
「お、おおおおおぁあああああ!」
右を見れば、かぱりと大口を開けた9個の首を持つ大猫もどきが
「シャギャー!」
左を見れば、鎌を振りかぶった体中に目がある大カマキリもどきが
「グオォン!」
そして正面にはドラゴンらしき肉ムカデと言える節足動物のような見た目をしている爬虫類が先割れた舌をふしゅるとくねらせて威嚇している。
どいつもこいつも4mはあるのではないのだろうか。2倍以上ある巨体は、残念ながらもう半分見慣れたものだった。この地域のエネミーはどうやら巨大なようだ。しかし限度があるだろうと思う。
巨体に見合った分厚い肉の装甲は、廃スペックな私の手にはあまり負担はかかってないのだが何故か精神的に疲れる。やはりグロテスクな見た目も地味に効いているのかもしれない。
こんな所で生活するのは実に精神衛生上悪くないと本能が訴えている。もうあの廃屋に帰りたい。
しかしあそこにいたらフラグびんびんだと私の勘が言っている。
人間諦めは肝心だけど納得できないこと、あるよね。
刀を握りしめてちょっと泣きそうになったのはここだけの秘密だ。
「朝、か……。」
地獄のような時間は終わり、燦々とした太陽が辺りを照らしている。
朝日が眩しい。目を細めて太陽を見てなんとなく思う。
あ、もう私これから何があっても朝日が昇るうちは大丈夫だわー、と。
あれだけ湧いていたエネミーも息を潜め、ようやく待ち望んだ自由時間がきたのだ。
長かった、すごく長かった。アイテム欄に写るその名前を見て思わずほろりとくる。
戦っている最中、ふと倒したドラゴンから出たそのレアアイテム。きらりと光るその名前。
ファイフィーレンの心臓。
まだ戦闘中だったのに思わずじっと眺めてしまったその名前。
今日のご飯である。
「んむぅ…!?」
しかし実体化してみて思わず顔をしかめるどころか投げ捨てかける。
命を粗末にするな、と思う人もいるだろうが考えてみてほしい。
青いねばついた血のようなものが半透明に透けて見えるねじくれた肉袋が手に現れたら貴方はどうする?
私の行動に納得していただけるだろうし、なんとか踏みとどまったことに賞賛してもらえると思う。
というかなんなんだこれ、これが心臓なのか?気持ち悪いのだが。
ぶよぶよした感覚も気持ち悪い。確かにあのドラゴンは暗くてよく見えなかったとはいえ、赤とは程遠い何かを散らして死んでいた。しかし、なにもブルーハワイな色でなくてもいいだろう。
なんだ、このアメリカの極彩色みたいなパステルカラーな血。人間が食べていい物の色してない。
絶対体に悪いって、これ。間違いなく実験生物的ななにかだって。
いや、待て。
でもあのパステルカラーの食べ物、一応食べれるんだ。
あんな毒々しい拒絶反応が出てくる食べ物だって、一応食べれたんだ。
これも、イケルんじゃないだろうか?
結論。……何も聞かないでほしい。
とりあえず私はあのドラゴンの心臓は可能な限り食したくないと思った。
残念、誠に残念なことに摂取可能だったから非常用に残しておくことにしよう、そうしよう。
とりあえず、ブルーハワイ心臓を食したことにより、私は新たな力を得た。
大工の知識、である。
私はこの能力を得た時、これはもしかして自分の見ている夢ではなかろうかと近くの木に158回程頭をぶつけてきたが、残念ながら覚醒しなかった。
いくらなんでもご都合主義すぎるだろうと思う。もしかして自分がここにいるのも何らかの人物の意思で
これまで起きたこともそいつの思惑、というのもあながち間違いではない気がしてくる。
いや、絶対何らかの意思が働いているとしか思えない。
なんでこんなぴったりなスキルがタイミングよく手に入るんだ。絶対におかしいだろう。
しかし、何らかの意思で私が呼び出されたと仮定するならば、私が帰る希望も見えてくる。
召喚できたのだから、送還することもできるはずだよね?いや、送還するよね?
待っていろ、黒幕。必ず見つけ出して刀の錆にしてくれる!
と、まあ格好つけることもなく私は別にここに住んでもいい気がしている。
黒幕のような存在がいるかどうかは兎も角、この廃スペックな体でどん底生活を送るのと、元の世界の平凡な体で平凡な生活を送るのとどちらがいいかと聞かれれば私は断然後者。
この廃スペックな体があればどこでも一瞬のオアシスとなるのに違いない。 多分。
その一歩を踏み出すべくとりあえず私は拠点を建てることにした。
豆腐ハウス職人と呼ばれた私の実力、思い知るがいい!
特に何かコメントしようにも言いにくい実に普通の屋根付きの屋敷が出来てしまった。
良くも悪くもスキル通りに作ってしまうようなので、残念ながら私の豆腐建築っぷりを発揮することは出来なかった。普通の家を悪く言っているつもりはないが、なんかインパクトに欠ける家だと思う。
と、いうわけでせめてと思って内部にこれでもか、と罠を敷き詰めておいた。
一階二階はそもそもブラフ。実生活を送るのは隠された地下への階段から続いた、アリの巣のように張り巡らされた地下空間。トラップマスターもびっくりの鬼畜しようのトラップはコンボだってできてしまう。
ギミックは詰め込めるだけ詰め込めて、思いつく限りの一番いいコンボを自分なりに再現することに成功した。
実に満足である。詰め込み過ぎてうっかり自分がその罠の餌食になりかけたが、まあそれもいい思い出だ。
必至に作業したおかげで、日も赤く沈みかけているものの日中に建築作業を終わらせることができた。
パーフェクトな一日だ。
ニコニコと上機嫌で私は簡易ベッドに潜り込んだ。
次の日、変なテンションで暴走してしまった自分の事を後悔すると知らずに私は徹夜の眠気から解放された。




