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転生したら奴隷にされたのでリーマンショック起こして異世界経済崩壊させます  作者:


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第57話 王国の財布を握る

 王国財務府の帳簿室は、王城会議室より狭かった。


 だが、紙は多い。


 壁一面に棚があり、棚には帳簿が詰まっている。


 国庫支払い帳。

 兵士給金帳。

 王国支援証書返礼帳。

 食材商支払い帳。

 教会補助金記録。

 鑑定院維持費記録。

 銀行整理資金記録。


 王国の金がどこからどこへ動くのかが、紙になって並んでいた。


 その中央の机に、新しい契約書が置かれている。


 王国救済契約。


 その紙は、もう説明ではなく、王国の金を動かす道具になっていた。


 会議室で入った王の署名と財務卿の署名は、もう乾いている。

 レイジ商会の署名も入っている。

 リーゼの窓口責任者名も書き込まれている。


 残っているのは、契約を正式に動かすための印だった。


 王国印。

 財務府印。

 リーゼの窓口責任者印。

 レイジ商会が確認したという管理印。


 最後の印が押されれば、王国の金はその表の順番で動く。


 財務卿は、机の反対側に立っていた。


 顔色は悪い。

 だが、崩れてはいない。


 王国の財布を握ってきた男だ。

 屈辱を飲み込む顔も、役人の顔だった。


「レイジ殿」


 財務卿が言う。


「この契約により、王国財務府は毎月、支払い順序表、つまり誰に先に払うかを書いた表をあなたの商会へ提出する」


「はい」


「支払い延期をする場合も、理由を記録する」


「はい」


「教会への補助金、鑑定院の維持費、銀行整理資金も、あなたの確認印なしには動かせなくなる」


「動かせますよ」


 レイジは言った。


 財務卿の目が細くなる。


「ただし、順番を公開してからです」


「同じことだ」


「違います」


 レイジは帳簿を開いた。


 最初のページには、支払い順序が書かれている。


 一番上。

 兵士に必ず払う給金。


 次。

 食材商への未払い。


 次。

 炊き出し用の食料費。


 次。

 再契約窓口の事務費。


 次。

 日雇いや小さな仕事の給金。


 その下に、王国支援証書の返礼整理。

 さらに下に、教会補助金。

 鑑定院維持費。

 貴族向け返礼。

 夜会関連支払い。


 財務卿は、その順番を見て口を結んだ。


「貴族向け返礼が遅すぎる」


「兵士の給料より先に払いますか」


 財務卿は答えない。


「食材商を後回しにしますか」


 答えない。


「炊き出しの鍋を止めますか」


 財務卿の眉がわずかに動く。


「……それはできない」


「なら、この順番です」


 レイジは印を取り出した。


 レイジ商会管理印。


 かつて自分の首を縛った契約には、他人の署名があった。

 自分が知らないところで、保護料、管理料、紹介料が積まれていた。

 気づいた時には、首輪がついていた。


 今、机の上にある契約書は違う。


 王が読んだ。

 財務卿が読んだ。

 契約官が読み上げた。

 リーゼも確認した。


 王国が、自分の意思で署名した紙だ。


 王が入ってきた。


 護衛は少ない。

 王の後ろには、返礼を待つ貴族家の代表が数人控えていた。

 王冠はある。

 だが、王冠だけでは給料を払えない。


 王は帳簿室の中央に立ち、契約書を見た。


「レイジ殿」


「はい」


「この契約で、王国はそなたに金を借りる」


「はい」


「初回立替額は」


 財務卿が、紙をめくった。


 そこに書かれている数字を、彼は一度だけ見た。


 読み上げるまでに、少し間があった。


 だが、読まなければ契約は動かない。


「初回立替額、兵の給金、食材代、炊き出し、再契約窓口の支払い分、五千万ルク」


 会議室ではない。

 帳簿室だ。


 それでも、その数字は重かった。


 五千万ルク。


 兵士に必ず払う給金。

 食材商への未払い。

 炊き出し。

 再契約窓口。

 日雇いや小さな仕事の給金。

 住居修繕。


 王国が、レイジ商会から借りる金だ。


 レイジは、少しだけ首元を意識した。


 かつて自分につけられた値札は、三十万ルクだった。


 パン。

 スープ。

 寝床。

 保護料。

 紹介料。

 管理料。


 合計三十万ルク。


 三十万ルクで首輪をつけられた男に、王国が五千万ルクを借りる。


 それを、王国財務卿が自分の口で読み上げている。


 財務卿の声は、最後の方でかすれていた。


 王は、その数字を聞いても目をそらさなかった。


「そなたは王冠を求めない」


「いりません」


「玉座も」


「座りません」


「剣も魔法も使わず、帳簿を見る」


「それが仕事です」


 王は少しだけ笑った。


 疲れた笑いだった。


「王が、商人に財布を見せる日が来るとはな」


「空なら、見せた方が早いです」


 財務卿が顔をしかめた。


 王はそれを止めなかった。


「財務卿」


 王が言った。

 王は、これまで国の財布を任せてきた男を見ていた。

 初めて、客席の前に立たせる目だった。


「読め」


 財務卿の顔が、はっきり強張った。


 書記ではない。

 王は、財務卿に読ませようとしている。


 王国の財布を握ってきた男に。

 自分の口で。


 財務卿は契約書を持ち上げた。


 指がわずかに震えていた。


 だが、声は出た。


「王国財務府は、レイジ商会が確認したという管理印なくして、大きな支払いを実行しない」


 つまり、王国はもう、レイジの印なしでは大きな金を動かせない。


 貴族たちが息を飲む。


 財務卿は続ける。


「王国財務府は、支払い順序表、つまり誰に先に払うかを書いた表を公開し、兵士に必ず払う給金、食材商への支払い、炊き出し、再契約窓口、日雇いや小さな仕事の給金を優先する」


 一語ずつ、屈辱が落ちていく。


「王国財務府は、貴族向け返礼、夜会関連支払い、使っていない建物の維持費を、兵士の給金、食材代、炊き出し、再契約窓口、小さい給金の後に置く」


 貴族の一人が顔を赤くした。


 だが、何も言えなかった。


 自分の夜会費を、兵士の給料より上に置けとは言えない。


 財務卿は最後の一文を読んだ。


「王国は、王国救済契約に基づき、レイジ商会より初回五千万ルクを借り受ける」


 帳簿室に沈黙が落ちた。


 王国が、元契約奴隷の商会から金を借りる。


 それを、王国財務卿が自分の口で読んだ。


 レイジは財務卿を見た。


 財務卿は紙から目を上げない。


 王が短く言った。


「押せ」


 王城書記が朱肉を用意する。


 王国印が持ち上げられる。


 重い印だった。

 王家の権威を紙に落とすためのものだ。


 王国支援証書の時、その印は紙を宝に変えた。

 人々は安心した。

 貴族も教会も商会も、それに群がった。


 今、その同じ印が、王国を縛る契約に押される。


 鈍い音がした。


 王国救済契約の末尾に、朱印が入る。


 続いて、財務卿が印を押す。


 表情は硬い。


 それでも押した。


 次に、リーゼが前へ出た。


 窓口責任者欄。

 リーゼ。


 彼女は自分の名を確認し、印を押した。


 守られる家の名ではない。

 人を動かす窓口の名だ。


 最後に、レイジが前へ出た。


 レイジ商会。

 王国の金の出入りを確認する係。


 管理印を押す。


 その瞬間、王国の支払い順序帳簿にも同じ印が押された。


 兵士に必ず払う給金。

 食材商。

 炊き出し。

 再契約窓口。

 日雇いや小さな仕事の給金。


 最初に動く金は、貴族ではなく、兵士や食材商や炊き出しへ向かう。


 財務卿はそれを見ていた。


「貴族たちが黙っていない」


「黙らなくていい」


 レイジは帳簿を閉じない。


「支払い順序は公開します。文句があるなら、自分の名前が兵士の給料より上にあるべき理由を言えばいい」


 財務卿は、苦い顔をした。


 言える者は少ない。


 帳簿室の窓から、王都の下が見えた。


 遠くに、王国が認めた再契約窓口の看板がある。

 人の列が見える。

 水場の前で、ノアが椀を渡している。

 炊き出し場からは、湯気が上がっている。

 マルタの鍋は、今日も止まっていない。


 リーゼは帳簿を抱えた。


「庁舎へ戻ります。今日中に、仕事場名簿と住居台帳を合わせます」


「食料は」


「小倉庫の豆を先に出します。食材商への支払いは、この順番なら間に合います」


「窓口は」


「増やします。王国書記を三人借ります」


 財務卿が反射的に言った。


「王国書記を勝手に」


 王が手を上げた。


「貸せ」


 財務卿は、深く息を吐いた。


「……三人出す」


 リーゼは短く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 聖女の礼ではない。

 窓口責任者の礼だった。


 レイジは支払い順序帳簿をもう一度開いた。


 紙には、支払いの順番が書かれている。


 貴族から先に払う順番ではない。

 鍋と仕事場と住む場所を残すための順番だ。


 その線を引くには、金がいる。

 契約がいる。

 印がいる。

 そして、相手に署名させる必要がある。


 王国は署名した。


 王国印も押された。


 王冠は、王の頭にある。

 玉座も、王城にある。

 兵士も、貴族も、教会も、鑑定院も、まだ残っている。


 だが、次に誰へ金を払うかは、もう王城だけでは決められない。


 久我怜司という名前は、まだ喉の奥に残っている。

 だが、この紙に向かっている手は、もうレイジの手だった。


 レイジは王国の支払い順序帳簿に手を置いた。


 首輪はない。


 代わりに、王国印の入った契約書がある。


 契約奴隷だった男は、王冠を取らなかった。


 ただ、王国の財布を握った。


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