第18話 次は通じない
「なぜ、あのまま進まなかったのですか」
白蓮の陣中。
部下の問いは、抑えてはいるが明確だった。
「あと一歩で、砦は落ちていたはずです」
雷姫は、短く答える。
「違う」
一拍。
「あそこで進めば——崩れていたのは、こちらだ」
部下が言葉を失う。
雷姫は静かに視線を落とす。
門前。
狭い通路。
逃げ場のない位置。
そして——
(油)
完全に隠されてはいない。
だが、踏み込めば確実に“戦場全体”が燃える配置。
一瞬で理解できる程度には、意図されていた。
さらにその奥。
“動かない男”がいた。
前に出る必要のない場所に立ち続けていた。
(あれは罠ではない)
(戦場そのものだ)
雷姫は小さく息を吐く。
「だが——」
部下が顔を上げる。
「同じ手は通じない」
短く、言い切る。
「あの男はもう見た」
「次は、潰す」
迷いはない。
ただの判断。
⸻
砦の内側。
「いやぁ……あれ無茶だろ」
弥助が笑いながらも、どこか引き気味に言う。
「味方ごと燃やす気だったじゃねぇか」
鉄は座り込んでいる。
肩には包帯。
血は止まりきっていない。
「……燃えても勝ちゃいいんだろ」
軽く言うが、顔は青い。
玄が静かに膝をつき、手当てを続ける。
「動くな」
短い。
「……すまねぇな」
鉄は素直に言う。
弥助が腕を組む。
「お前、ほんと雑に強ぇよな」
鉄は鼻で笑う。
「雑で悪かったな」
その時、山が近づく。
「鉄」
鉄が顔を上げる。
山は短く頭を下げる。
「……助かった」
一瞬、間が空く。
鉄は少しだけ視線を逸らす。
「別に。体が勝手に動いただけだ」
「それで十分だ」
山はそれ以上言わない。
だが、その一言に重みがある。
⸻
弥助が視線を横にやる。
「で、あの弓のやつは?」
「孫六か」
山は頷く。
その瞬間——
物陰から気怠い声。
「呼んだ?」
孫六が片手を上げて出てくる。
いつもの軽さ。
ただし、弓は持っていない。
「俺、基本こういうの向いてねぇんだけどな」
弥助が睨む。
「お前、あの一瞬止めただろ」
「止めたっていうか……当たっただけ」
肩をすくめる。
「偶然ってやつ?」
「違う」
山は即答する。
孫六が少しだけ目を細める。
山は続ける。
「あれがなければ、俺は終わってた」
沈黙。
孫六は少しだけ気まずそうに頭をかく。
「……まぁ、そういうのは仕事のうちってことで」
弥助が笑う。
「仕事って言い方軽いな」
「重くすると疲れるだろ」
軽い。
だが——逃げてはいない。
(距離を保ってる)
山はそう判断する。
⸻
玄が手当てを終える。
鉄の肩に包帯を巻き終え、静かに言う。
「もう少しで動ける」
「悪いな」
鉄は短く言う。
玄は首を振る。
「護るのが仕事だ」
その言葉に、鉄は少しだけ笑う。
「そっちのが真面目だな」
弥助が横から口を挟む。
「お前ら、なんか変なとこでまとまってきたな」
誰も否定しない。
⸻
山は少しだけ遠くを見る。
砦の外。
白蓮の気配。
まだ終わっていない。
むしろ——始まったばかりだ。
「砦は次で落ちる」
山が言う。
誰も驚かない。
弥助だけが眉をひそめる。
「もう手ねぇのかよ」
「ある」
山は即答する。
「ただ、同じ場所じゃない」
玄が静かに聞く。
「次は」
山は短く答える。
「選ぶ」
沈黙。
鉄が笑う。
「逃げじゃねぇな」
「違う」
山は首を振る。
「戦場を変える」
弥助がため息をつく。
「めんどくせぇこと言うようになったな」
孫六がぼそっと言う。
「でもまぁ……こういうの、嫌いじゃねぇけどな」
軽い。
だが、少しだけ真剣だ。
⸻
山は空を見上げる。
(雷姫は次を見ている)
(俺も同じだ)
戦場はまだ続く。
ただし——
同じ形では、もう戦えない。
(続く)
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