第131話 名ばかりの国主
「私は、白蓮城を守り、黒曜三騎士を退けた黒狼殿を――」
玄庵は、ゆっくりと言葉を続ける。
「白蓮の国主に推薦します」
「…………」
一瞬――。
場が静まり返った。
だが、次の瞬間。
「なっ……!?」
「ふざけるな!」
「なぜ、あの者が国主にならねばならんのだ!」
室内に、大きな動揺が走った。
当然だった。
黒狼自身も、眉をひそめる。
「……冗談じゃない」
冷たい声で言い放つ。
「俺には目的がある。白蓮に拘束されるつもりはない」
国主など、望んでいない。
むしろ、そんなものになれば自由を失う。
黒狼にとっては、迷惑以外の何ものでもなかった。
だが――。
「六道殿! 正気ですか!?」
白蓮城の上層部の一人が、声を荒らげる。
「彼は先日、白蓮四天王になったばかりの新参者! しかも白蓮出身でもない外様ですぞ!」
「そのような者に、白蓮の統治など任せられません!」
「当然です!」
次々と反対の声が上がる。
そんな彼らを――。
玄庵は、穏やかな笑みを浮かべながら見渡していた。
「なるほど」
そして、静かに口を開く。
「ですが、その新参者であり、外様出身の黒狼殿に救われて生きているからこそ――」
玄庵の笑みが、ほんの僅かに深くなる。
「皆さんは、今こうして反対の言葉を口にすることができるのではありませんか?」
「…………」
室内が静まり返る。
「それに、黒曜は武の国です」
玄庵は続ける。
「その黒曜を相手にし、この戦において表立って功績を上げた者だからこそ、黒狼殿には発言する力があるのですよ」
誰も口を挟めない。
「それに――」
玄庵は、淡々と告げる。
「内政のことは私が引き継ぎますので、ご安心ください」
そして、全員を見渡した。
「それでも何かある方はいらっしゃいますかな?」
「…………」
誰も何も言わなかった。
それはそうだろう。
白蓮四天王――相良義隆の息子でさえ、疑いがあれば容赦なく投獄した男だ。
そんな六道玄庵に逆らえば――。
気に障れば、何をされるか分からない。
反対する者は、もういなかった。
「皆さん、ご納得いただけたようですね」
玄庵は、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「……俺は納得してない」
そんな中、黒狼だけが口を開く。
「国主なんて、俺には必要ない」
「ご安心ください」
玄庵は黒狼へ向き直る。
「黒狼殿は、これまで通り好きに行動されて大丈夫です」
「…………」
「面倒ごとは、全てこちらで片付けます」
黒狼は黙ったまま、玄庵を見つめる。
それでも――。
納得はいかなかった。
国主になどなれば、白蓮という国そのものに縛られる。
そんなものは、黒狼が最も嫌うものだった。
「考えてもみてください」
玄庵が静かに続ける。
「国主となれば、持てる力が増えるのです」
「力……?」
「ええ」
玄庵は頷く。
「白蓮四天王さえ、自由に動かすことができるのですから」
黒狼の目が僅かに動く。
「それは、あなたの目的の遂行に役立つでしょう?」
「…………」
黒狼は黙り込む。
確かに――。
自分の目的を果たすためなら、使える力は多い方がいい。
「それに、あくまで名ばかりの国主で構いません」
玄庵は、さらに言葉を重ねる。
「次の国主が決まるまでの間だけでも結構ですよ」
「…………」
しばらく考えた後――。
黒狼は、小さく息を吐いた。
「……わかった」
そして、玄庵を見据える。
「なら、それでいい」
白蓮の国主。
その肩書きが、自分の目的に利用できるというのなら――。
今は、それでいい。
ーーーー
一方――。
黒曜景綱を連れた赤堂烈真は、黒曜を離れ、白蓮城へ向かっていた。
馬を進めながら、赤堂は前だけを見据えている。
自分の任務は、黒曜国主の護衛。
それだけだ。
今後、景綱がどうなるのか。
白蓮が彼をどう処遇するのか。
赤堂には分からない。
だからこそ、余計なことを考えるつもりもなかった。
与えられた任務だけを果たす。
それが――。
色々な意味で楽だった。
やがて――。
遠くに白蓮城が見えてくる。
「……白蓮城か」
景綱が静かに呟いた。
長きにわたって戦い続けた、白蓮の本城。
そして今、自分は敗軍の国主として、その城へ向かっている。
「…………」
景綱は、ただ前を見つめていた。
もう、自分にできることはない。
黒曜の民と兵士たちの命を守る。
そのために降伏した。
あとは――。
白蓮の判断に委ねるしかない。
赤堂もまた、白蓮城を見据える。
戦は終わった。
ならば、これからは戦後処理だ。
黒曜国主を白蓮城へ連れていく。
それが自分の役目。
それだけを考えていた。
だが――。
この時の赤堂は、まだ知らなかった。
白蓮城で――。
すでに一つの決定が下されていることを。
そして、その決定によって――。
これから自分が向かう場所の意味そのものが、変わっていることを。
赤堂は何も知らぬまま――。
ただ、白蓮城へ向かって馬を進めていた。
(続く)
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