91.プアンカヨ村
《あらすじ》
スカイ達はアイスノウ大陸でヤバネスズメバチを撃破。一行は世界最大の山岳地帯をもつ大陸、ソラミエ大陸へと移動する。
スカイ達がシーサルミ王国で討伐を終えてから、三日が経った。
宮殿の薄暗い地下牢では、国王と重臣、従者達、それにオリバーとロイが蜂人の死体をはさみ、話しこんでいた。オリバーが一部始終を話し、ロイが通訳すると、国王達は深く頷いた。
「まずは、国を代表して、深く感謝する」
国王が椅子から立ち、膝をついて頭を下げた。重臣や従者達もいっせいにそれにならう。オリバーとロイも慌てて膝をつき、同じくらい深く頭を下げる。
「ヨルシア大陸の、グリフィダ王国なる国からはるばるやってきたとは」
国王はそういって、従者に勧められた椅子に座り直す。
「そうです。ここへは、お使いにいってこいってチュルキー村のばあさんに言われてきました。そしたらたまたま、探していた青い菜の花がここにあって」
オリバーが答えると、大臣が口を挟む。
「何と! アッタケエビの駆除は危険な仕事だ。そんなのを子どもにやらせようとするなんて。そこの婆はそんなに蜂蜜がほしかったのか」
「ほう、エビの駆除をすると蜂蜜がもらえることになっていたんですか」
オリバーが興味深く尋ねると、大臣は首を縦に振る。
「そうだ。フィルエー共和国からも、ノルマク共和国からも、出稼ぎ労働者がその仕事に従事するんだ。この大陸では蜂蜜をつくれるのは我が国だけだからな。貨幣以上に、とても重宝されるんだ」
「じゃあ婆さんにあのとき、スカイの瑠璃蜜、分けてやればこんなことにならなかったのか」
ロイが苦笑いすると、オリバーが肘でつついた。
「それで、この蜂人間が女王蜂だって?」
国王が床に寝かせている蜂人を指さす。その蜂人は女の顔をしていて、胴体や脚はほぼ欠損している。
「はい。アモーレイクに浮かんでたそうですが。よく見てください。こいつだけ、こんなに毒牙がでかい」
オリバーが蜂人の口の中を見せると、一同は悲鳴をあげる。他の蜂人の毒牙と比べ、大きさが倍はある。
「こんな気持ち悪い生き物が、この世に存在するなんて」
国王も重臣達もおぞましさに震える。
「アイスノウではおそらく、ここだけでしょうね」
「でも、こいつは死後、五日は経過しているんだろう。なぜこいつだけ先に死んでたんだ?」
「俺の想像ですが、この大陸はヨルシアよりずっと寒いし、生きるか死ぬか、ぎりぎりの産卵だったんでしょう。それで温かいこの温泉地に辿りついたけど、蜂にとって水辺は危険な場所です。羽が濡れたらすぐに飛べません。それでも温かいお湯は蜂人には魅力的だったんだと思います。産後、まだ羽が乾かないうちに、子ども達に食われたのかと」
「何と、忌まわしい」
国王が首を激しく横に振る。
「こいつが女王ならひとまず、繁殖する恐れはありません。ただ、残党がいたらすぐに駆除してください。この国には強い軍隊があるみたいだから、大丈夫だと思いますが」
オリバーがそばにいる将軍を見て言うと、将軍は優しくほほえむ。
「ああ。我がシーサルミ軍は日頃からたゆまぬ訓練をしている。だが犠牲も多数出たのは事実だ。できるなら君達にもここに留まってもらいたい。特にあの弓使いの少年が……」
将軍が名残惜しくて、オリバーの手を握りしめる。
「それはできません」オリバーは小さく笑う。「あいつは弓使いの前に、養蜂家なんです。すべての蜂蜜を集めて、『七薬』をつくらなければなりません」
その頃、城から離れたアモーレイクでは、スカイが住民達の許可を得て、採蜜をしていた。
青菜の花は見れば見るほど不思議な植物だった。ルビテナ村で見る菜の花と姿かたちは似ているが、花の色は青紫色で、水上に生えているし、厚みのある葉を水面に浮かべている。その葉は周辺を飛ぶ蜜蜂、菜蜂の足場にちょうどよく、蜂達はそこに乗って水を飲むのにひと役かっている。住民達の話によると、一年中咲いている花なので、蜂も年中、花蜜を勝手に集めてくれるという。養蜂の手間もかからないし、しいていえばここに棲むアッタケエビの駆除が必要とのことだ。スカイはそんな蜜蜂達を横目に、岸のふちにつくられた巣板に手を伸ばし、ナイフで切り取った。
それから、スカイ達は国王から大変な歓待を受けた。さんざん惜しまれ、ヌマグチにたっぷりお土産を詰め込まれた後、ジャッキーに乗ってソラミエ大陸へ旅立った。三人は空の上で、あれこれ話しはじめた。
「なんで次はソラミエ大陸なの?」
真ん中に座るロイが振り向き、最後尾のオリバーに尋ねる。
「ゴライアク大陸のヤミツバキと、タリブ大陸のニガキアロエの花が咲くのはもっと先だからだよ」
先頭のスカイが代わりに答える。
「ふうん。今度もいい人達がいるところだといいね」
「俺はできれば一度、ルビテナに帰りたいな」
オリバーがつぶやくので、ロイは意外に思って振り向く。
「なになに。ホームシック?」
「違う。必要な本を読みたいんだ」
「どんな?」
「モーガン教授殿が持っていた本だけだと詳細が載ってないから、ヤバネの生態がいまいち分からん。『ヤバネスズメバチのすべて』があれば、きっともっと詳しい生態情報が書かれているはずなんだが」
「僕はこれ以上、知りたくもないよ」
ロイが眉間にシワを寄せたとき、ジャッキーが高度を下げた。
「見て。あれだよね」
スカイが眼下に見える大陸を指さす。
「デカい山ばっか」
ロイは連なる山々を見て驚嘆する。
「ああ。国土の九割は山岳地帯。ソラミエ大陸だ」
オリバーは方位磁針と地図を見ながら頷いた。
同じ頃、ソラミエ大陸北部、コロズエラ共和国のプアンカヨ村では、ヤバネスズメバチがちょうど襲撃が終えたところだった。兵隊の蜂や蜂人が、屋外で人間を食い漁るなか、四人の幹部達だけは日干しレンガ造りの民家にいた。
『ヤバネスズメバチのすべて』を読み終えたバイオレットは、その本をテーブルに置き、対面に座っている蜂人と、そばで直立不動の蜂人二人を交互に見た。
「ソラミエの女王、タマーラとしもべ達。お前達は字が読めるか」
「いいええ。よ、読めません」
座っているソラミエの女王蜂、タマーラが挙動不審になりながら即答する。
「私もです」
「同じく」
立っている二人も頷く。
「読めるようになれ。この本によると、我々の歴史や性質が詳細に書かれている。人間はこうやって先人から知識を学んで、いくらでも罠をかけてくる。そんなのにみすみす捕まるバカは、始末に追えない」
冷たい目を向けるバイオレットを、ゲイルは一瞬、睨み返し、すぐにうつむく。何も言えるはずもない。自分は壊滅状態のジャングリラ大陸からこの地へ連れてこられた。相手は大公、女帝蜂アグネスの右腕だ。成長が遅いのか、見た目にはまだ幼い少女で、自分より非力そうだ。だが、逆らったら殺されるに決まっている。
「タリブとゴライアクを見てきた。どちらの女王も字が読めるし、それぞれまあまあにやってる。だが、ハラパノとジャングリラは人間の手に落ちた。無能だったからだ。アイスノウに行ったレオノーラは消息を絶った。極寒地帯でくたばったのかもな。陛下がいるヨルシアも情勢があやしい。私の言いたいことが分かるか」
バイオレットがさらに仏頂面になり、本をタマーラの眼前につきつける。
「はっ、はい」
「では、タマーラ。具体策を聞こう」
表情ひとつ変えないバイオレットに、タマーラは冷や汗をかき、唾を飲み込んだ。
「ええっとですねえ……ままずは人間達が結託できないよう、今日みたいに、村単位で打ち滅ぼしてえ……」
「そうじゃない。じきにここにも人間の三人組が蜂蜜を探しにくる。『七薬』をつくるために。そいつらをどうするかだ」
「では、そ、その者達を、い、一網打尽にするー! これですよね!」
タマーラが盛大にから笑いしてみせる。すると、それを見たバイオレットの黄緑色の複眼が光った。タマーラはぞっとして鳥肌が立った。
「力技はいらない。ひとり、誘拐するんだよ」




