第十八話 『信頼関係』
「――ハァァァァアアア!!」
「ほら次々次々ぃ!!」
雄叫びに続いて振るわれるのは二振りの刃。
半円を描くそれぞれの斬撃は、机や椅子を易易と切り裂きながらも、青年に深手を負わせることは出来ない。
それを見たセイヤは粉々に砕け散った机の残骸を踏みつけて、硬化したトンプソンで青年の肩を砕きにかかる。
だが、その直前で影に紛れていた蜂が青年の周りを旋回しセイヤは着地。攻撃を食らう前に一度退避する。
「うじゃうじゃ出てきやがるな! こちとら弾薬ポンポンと持ち運べねぇんだぞ!」
「歯でも詰めて弾丸の代わりにしたらどうだい? ほら折ってあげるよ!」
セイヤの方を向いた青年が蜂の間をすり抜けて接近。拳をセイヤの顔面に向けるが、セイヤは身体を紙一重で捩る。突き出された腕に平行に並ぶように腕を突き出し、そのままトンプソンの鉛玉を青年の腹に向けて、
「カウンターにしてもあっさりし過ぎでしょ」
「虫を触ることに抵抗はないが、流石にそれはゾッとするな」
眼前、青年の服には銃弾一つ分の穴が空いた。だが、そこから赤い鮮血が溢れ出ることは無い。何故なら、青年の腹に弾丸は届かなかったからだ。
青年の腹部。その奥にいたのは大量の蜂だった。大量の蜂同士は重なりあい、弾丸の威力を完全に殺しす。そしてセイヤが無防備になった瞬間、一斉に蜂が襲いかかってきた。
「任せた!」
「焼き尽くすわ!」
だが、それを見たセイヤは即座にバックステップ。青年と距離を取り、その間に天井を蹴飛ばして垂直落下したベティが炎の刃で瞬きの間に蜂を焼き殺す。
「ウザったいなぁそれ」
「相性の有利不利は大事だぜ?」
焼き払われた蜂を見て、セイヤは口元を緩める。
やはり原型をとどめない状態まで追い込むと、影が元に戻るということは無くなるようだ。
どんなものにだって無限供給出来ることなどない。有限だからこそ、それをまた大切に思えるのだ。仮に青年が影の動物たちを無限に増やすことが出来たのだとしたら、それは動物たちへの一番の冒涜となるだろう。
そう考えれば、何れの彼の隠力が途切れる瞬間まで長期戦を仕掛けるのも一つの手だったかもしれない。
しかし、Sランクがここにいるということを知ったのはトーマスの言葉を聞いてからだ。
充分な準備もなく、人数確保もままならなかった。
トーマスたちがここに加勢に来れない理由はそれだ。
全員で相手取った時、誰が男子バスケ部員や職員たちを守れるだろうか。
それをわかった上で、彼らもここには来ていないのだろう。
「俺の相手はお前。蜂たちの相手はベティ。当然有利は突かせてもらうぜ」
「関係ないよ」
ベティが離れたのを見て青年は燕を旋回させる。胴体を守るつもりだろう。未だに服にも蜂が隠されている可能性があり迂闊には近づけない。
「狙いは……」
燕の翼同士の隙間。弾丸二つ分しかないその隙間を狙って通すしか今のセイヤには有効打がない。
逆にベティには一見青年への有効打があるように見えるが、その実青年自身への直接的な有効打はない。
接近を仕掛ける方法しかない以上、一度蜂や燕たちを倒し、そこから攻撃を当てなければならないのだ。
少なくとも二撃目。だが、それは青年にとっては大きな停滞を生む。その間に完璧に構えを取られてしまえば、ベティに勝ち目はない。
「狙い場所は分かるけど易々と通すわけないよね」
「まぁそりゃな……狗たちはどうした? おねんねの時間から有難いんだがな」
「もう一度術式を作るのにインターバルがあるからね。今は確かにおねんねさ。でも、だからってこの子達を舐めないでね!」
三羽の燕の突撃。一度見た速度の攻撃に遅れをとるほど二人は落ちぶれちゃいない。
それぞれの獲物を握りしめ、ベティは下から上に振り上げ、セイヤは五発を命中させ、完全に燕を破壊する。
速度は一定。ただ術式を含める時間的にも今の速度を保つには数匹の使役しかできない。
青年自身に攻める気がない以上停滞は必然だが、それでは術式をより深くさせてしまうので御法度だ。
「ならッ――!!」
トンプソンを構え、己の指先から血気力を流し込む。
改造を施したトンプソンはセイヤの膨大な血気力を完全に収縮。弾丸に直接伝わり発射。
音速を超えて空を裂く。
また、ベティもシースから投げナイフを取り出し射出。縦回転するそれはカーブをかけながら青年の元へ。
「軌道がバレバレ。距離もあるし、脅威にならないよ」
燕と蜂が突然規則的な動きを変える。青年の周りを回っていたのに対し、燕と蜂は彼の盾となるように弾丸とナイフを受け止める。
何重にも重なった蜂が弾丸の威力を殺し、燕は翼を持っていかれながらもナイフに歯向かい、跳ね返す。
が、
「そうでしょうね。でもこれなら!!」
如何なる身体能力の為せる技なのだろう。声のする方向――青年の懐にベティが迫っていた。
青年の視線から外れた場所。そこに煌めくは銀の刃。音を置き去りにするその斬撃が青年の首元に狙われる。
速度に似合わない正確無比な一撃。
青年がバックステップを取るがもう遅い。
一歩踏み出し、青年の首筋を――
「――――ッ!?」
「言ったろ。脅威にならないって」
両足に激痛が走り、堪らずバランスを崩したベティの刃は空を切る。
倒れ込み、頭部に迫る青年の踏みつけを回避するように、ベティは自身の腕に力を込め後ろに転がり込んだ。
ベティのいた場所の床が青年によって爆ぜ、白煙が立ち込められることによってベティは激痛の原因を知る。
「……鼠?」
「ご名答。可愛いだろう?」
青年の足元。そこに群がるのは黒い鼠だ。
大きさは実物大。それが何匹も青年の足元に群がっており、ベティの足を噛み潰したからだろうか。赤い血を口元にべっとりと付けた鼠はそれまた不気味だ。
青年の正面、壁となるように並んだ蜂と燕も周期性を取り戻し、青年の周りを回り始める。
「同時に使役できるのは二匹だけみたいじゃないのね」
「さぁ、どうなんだろうね。まぁこれで君の厄介な足は封じさせてもらったよ」
血気力で足の回復を測りながら立ち上がるベティ。と言っても、血気力での回復は応急処置に過ぎない。
攻撃速度の低下は著しいだろう。ベティのスピードになれた青年が、これからのベティの攻撃を捌ききれない訳が無い。
青年のダメージは相当なものだろうが、それでも石床を粉々にするほどの威力を発揮している。
直撃すれば骨はおろか内臓すらも破壊されるであろう。
事実、風圧や掠り程度でもベティとセイヤの身体を痛めつけるには容易であった。
「舐めないでね。これくらいで止めたと思われちゃ心外よ。遠距離戦だって出来るわ」
「うん、そうだね。でもその炎、投げナイフでは使えないんだろう?」
「――ッ!?」
「シースにあるナイフと君の持ってるナイフは微妙に形大きさが違う。それに投げナイフに炎を使ってるのは見たことないし、表情を見るに図星みたいだ」
言われて、ベティは自身の浅はかさを呪う。
遅れて表情を引き締めるがもう遅い。むしろ逆効果であり、それを知ればベティの表情は強ばるばかりだ。
「……カマをかけたのね」
「九割の確信でも一割が推測なら違う可能性があったしね」
眉を寄せ舌打ち。冷静になれば分かる事だと言うのに、鼠に気を取られ失言をしたベティに青年は笑みを弾けさせる。
「いいねその表情。殺したくなるよ!」
「くっ!」
溜め込んだ隠力を解放するように一匹の蜂がベティの顔めがけて爆進。対峙するベティはナイフを振り上げる。
ナイフの刃先が小さな蜂の中心を切り裂くが、打撃のような威力にベティはナイフを零す。
「いいねいいね。反応速度は上々だよ。僕も負けないけど」
「あ? バレてたのかよ!」
声と同時に、発射の轟音が鳴り響く。
刹那。燕や蜂の隙間を縫った神的な弾丸の一撃が放たれるが、風の吹き荒れるような速度で青年は身を動かし、硬化した影で弾丸を受け止める。
「あんだけ黙ってたらね」
「……そうかよ」
だが、今の攻防でセイヤは二つの確信を得た。
一つは青年の隠力の残量。鼠の数は青年の足元を固める程度。燕と蜂も多いことに変わりはないが、徐々に数が減ってきている。
そして青年は影が霧散してもまた形成するということがなくなった。おそらくだが再形成にも自身の隠力を使うのだろう。
インターバルという言葉もあり、これ以上は自身の隠力の残量的にも厳しいと見ている。
もう一つ。これを達成するには一度青年の意識を切らせなければならないが、不意打ちが聞かなかった以上生半可なものでは意味をなさない。
何か、青年の予想しないアクシデントが起これば――
「――は?」
願いと同時に、アクシデントが起こる。
青年が出したのは、今までにない間抜けな声。
それもそのはず、今青年の周りに飛び散ったのは、燕や蜂に接触し、粉々になった椅子の残骸だったのだから。
そしてそれを投げた人物が、青年にとっては蚊帳の外の存在だったのならば、青年の反応も納得のいくものだった。
しかし当然、当の本人は不本意さに怒りを表す。
「――テメェ!!」
「いや、よくやった。ヨウ!!」
涙目になりながら、脅威に椅子を投げつけた平凡な少年にセイヤは笑みを浮かべる。
セイヤも青年も、同じくしてヨウの行動には呆気を取られた。
だが、セイヤの方がいち早く行動できたのは、ヨウに対する信頼の差であった。
ヨウのこの行動がどれほどの勇気を持って行われたのか。そして、そんな勇気を持っている人物だったということを知っているセイヤにとっては、ヨウの行動を理解するには一歩先を行く。
グロック18Cの銃口を向け、弾丸を放つ。
放たれた数十発の弾丸が燕や蜂を撃ち落とし、青年――を通り抜けその後ろにある壁際の――
「なッ――!?」
隠れていた燕と蜂と鼠全てを撃ち殺す。
撃たれたそれらは初めて生物らしく血を噴き出し、それと同時に青年の周りを回っていた燕たちが一斉に霧散した。
「……いつバレた」
「お前がその動物たちを簡単に見殺しにしたからだよ」
セイヤの言った内容は正しい。それほどまでに青年の動きは明らかに不自然だった。
狗と鴉を傷つけられた時の青年の表情。あれは紛れもない憎悪からなるものだった。
だというのに、彼が燕たちを防御に使ってる間、傷つけられた時の表情は何も無かった。
あれだけ自身の動物を労わっていた彼の動きとしてこれはおかしい。
「そんで速い動きを好んでたお前が急にそこでずっと留まり続けてた。まるで後ろにいた何かを庇うようにな」
事実、それに気づいてからのセイヤの攻撃は青年自身を狙ったものではなかった。
奥にいた燕たちを狙った攻撃。青年の能力ならば簡単に避けられるそれを、青年はなけなしの隠力を使ってでも受け止めていた。
「ヨウも気づいてたんだろ?」
「……俺の方からはよく見えたから」
偉業を成し遂げたヨウは、荒く息をつく。
壁際で戦っていた青年は、セイヤとベティに対峙はしていたがヨウに関しては全くの無防備であった。
ヨウは戦闘から離脱はしていたが、傍観していれるほど気持ちが落ち着いていたわけではなかった。
青年の後ろにいた何か。影と同化した黒い生物を見た時、ヨウの予感はセイヤの予感と一致していた。
あとは行動に移すだけだ。セイヤが気づいたかどうかなど、信頼という二文字で事足りた。
「あとは、俺が気づいたならきっと気づいてるんだろうなって思ったから」
「生意気なクソガキがァ――!!」
怒りに身を任せた青年が、床を蹴り飛ばしヨウに襲いかかる。弾け飛ぶように爆ぜた床は原型を留めない。それほどまでに怒りの篭った行動は、後先を考えない突発的なものだ。
注視されるはヨウの顔。襲いかかる青年に恐れを為し、今も身を固くしているであろう矮小な彼を破壊した床のようにぐちゃぐちゃに潰そうとして――気づく。
ヨウの顔に焦りも恐れもない。瞳に写るは一体何か。
下がることもしないヨウに青年は疑問を抱き、そして答えに帰結する。
「こうなったら激昴して、ヨウ君の所に来るはずよね」
「――――!?」
ヨウと青年の間に立ち塞がるように、ベティが割って入り込む。
構えはまるで刀を抜刀するようで、左手と右手に持たれたナイフは重なり合う。
死の間合い。跳躍していた青年に、避ける術は無い。
「はァァァァ!!」
高速で抜かれた右手のナイフ。
交差によって走った火花がそのナイフに巻き込まれ、血気力という油が注がれナイフに炎が宿る。
振るわれた弧が空を裂き、その延長――青年の腹を切り裂いた。




