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第十六話 『ガキの友情』

 ――痛い痛い痛い痛い痛い。


 脳内麻薬すらも効果をなさない痛みが、ヨウを支配していた。

 五感が痛み以外の全てを遮断され、全身が痛みを訴えていた。


 頭が痛い。ソウマが死んだという現実に脳みその容量は簡単にパンクする。


 目が痛い。ソウマの肉体が、骨が、筋肉が、神経が、細胞が、ぐちゃぐちゃになって血塊として目の前に崩れ落ちたのだ。


 鼻が痛い。ツンとくる異臭は、血によるもの。赤血球に含まれるヘモグロビンから、鉄臭さが放たれる。


 耳が痛い。何もかもが砕ける音が、溢れ出る血の流れる音が、耳の中を乱雑に掻き回している。


 喉が痛い。出かかった胃液が口内付近を焼き付くし、叫び声を上げては喉が震える。


 手が痛い。血に濡れた手が、瞬間的に爪で血が出るほど握られ、そのまま目の前の相手を殴り――


「――え?」


 気づき、視界が晴れる。遅れてくるのは拳から伝わる『痛み』と『熱』。


 痛みは外側から内側へ。内側から外側へと来る今までの痛みとは真逆の痛み。

 そうしてその痛みの違いに気づいてようやく、ヨウは青年の顔面を殴り飛ばしたことに気がついた。


 熱は怪我した時などから生まれるような痛みではない。

 もっと暖かな、別の何か。

 心做しか拳が赤いオーラを纏っているような気がして、自身の異変と見たことある光景の類似点とに震える。


「うん、いいよ……血気術師がこの場に三人も……ここまで工作してきた甲斐があった」


 目の前、口に含まれた血唾を吐き、乱暴に口を拭ったのは邪悪な笑みを浮かべる青年だった。

 フラフラとよろめきながら立つ姿はヨウの攻撃が効いていることを表し、それすらもヨウの考えを決定づける要因となる。


「三人……? 俺が、血気術師って……」


 自身の予想が青年の言葉によって肯定され、遅れてやってくるのは無理解と困惑だ。


 そも、ヨウは血気術師というものも、血気力というものも、吸血鬼さえも知らなかったただの一般市民。

 そんなヨウが血気術師となるなど、困惑するのも無理がなかった。


 だが、ヨウは直ぐにその困惑を手放す。


「――でも、これならお前を」


 開いていた掌を握り、目に映る赤いオーラに笑みを零す。

 普段のような屈託のない笑顔ではない、歪んだ矮小な笑顔だ。


 青年を吹き飛ばすことが出来たのも血気力による恩恵だろう。教室内の机や椅子を無残にしながら、五メートル以上突き飛ばしたのはヨウだけの力とは絶対に言えない。


 理解し、オーラと同じ赤い殺意の火が轟々と燃え上がる。

 それは実に純粋に、行動に伴われることとなる。


「死にやがれ!!」


 地面を抉り――とまでは行かないが、己の脚力に任せ真っ直ぐに突っ込むヨウ。

 体を捻り、全身の力が拳に行き届くよう考慮した構えで、青年の腹部を狙う。


 あわよくば、窓から突き落とし落下させよう。

 痛みを、ソウマが感じた痛みを味あわせてやろう。


 無防備にも程があるくらいに防御を取らない青年に対し、容赦無い一撃を御見舞しようとして、


「危ねぇ!!」


 予備動作として引いた腕を掴まれ、強引に引っ張られる。

 刹那、ヨウは突風に煽られた。発端は正面、青年の掌手による牙突からだ。


 突きの位置的にヨウの顔面。仮にあのまま殴りかかっていれば、間違いなくヨウの頭は吹き飛んでいただろう。


 一瞬の出来事。

 一秒にも満たない時間で、生死が分かたれる世界に、堪らずヨウは生唾を飲んだ。

 目に見えない打突。それをじかに受けて仕舞えば、ヨウの顔面など落とされた豆腐のようにぐちゃぐちゃにされてしまうだろう。


「――ッハ! ハァ……ハァ……」


 体を引かれて倒れ込んだまま、息もできないでいたヨウは、自身の肺の叫びに遅れて反応する。


 赤いオーラは消失し、遅れて出てきたのは身の毛もよだつ恐怖。


「うーん、不合格だなぁ。今の攻撃に気づけないようじゃねぇ」


 ヨウを殺しかけたことになんの感慨もわかず、むしろヨウの行動に落胆する青年。


 だが、ヨウはそんなこと気にも止めない。


「うぅ……ふ、ぅぅ……」


 動けない。動きたくない。動けば死ぬ。碌な事が無い。

 自惚れた結果がこれだ。その名の通り秒で教えられた。

 覚醒なんてていのいい言葉で己を見繕い、力を持ったと思っては復讐心に費やそうとした。


 だが、ヨウにそんな力なんてない。殺されかけて、ビクビクと怯えるだけがオチだ。結果は何も変わらない。


 そう、変わるわけがないのだ。

 ソウマの仇討ちのためじゃなく、自分の復讐心のために力を振るおうとしたヨウには。

 そんな腐った心の持ち主に、神様が微笑んでくれるはずない。


「まぁ君は殺しちゃいけないらしいからね。子供はどっかいってなよ。邪魔邪魔」


 完全に興味をなくし、追い払おうと乱雑に手を振る青年。


 だが、そんな屈辱的な行動に怒ることも出来ないでいた。

 それ程までに、ヨウの復讐心は呆気なく潰えてしまったのだ。心の火種が、青年の打突の風圧に掻き消される。


「……これはあいつの言う通りだ。下がってろ」


 だからこそ、セイヤもヨウには多く語らない。

 ヨウの軽率な行動は、弾劾されて当然な行為である。

 自身の命を簡単に投げ捨てる行為。あのタイミングでセイヤが教室内に入り、そうしてヨウを止めていなければヨウは一瞬で死んでいたのだ。


「ただし、見てろ。俺たちの戦いを。守るための戦いと、復讐のための戦いは違うぞ」


「戦いたいならいつでも来なさい。でもその時は、君のためじゃなく、お友達のために戦いなさい」


 ヨウと青年の間に、割って入るは二人の血気術師。

 その言葉に弾けるように顔を上げるヨウ。しかし、そこにあったのは二人の背中で、ヨウにはその背中がとても大きく見えた。


「うん。不足なし、だ」


 それぞれを交互に見回し、右足を少し前に出して戦闘態勢をとる。青年の好意に呼応するように二人もそれぞれ構えて、


「さぁ、君たちの力も早く見せてよ。その子のお友達を助けることが出来なかった、無能で非力な君たちのさぁ!」


 口汚く、持てる限りの悪意を激発させ、青年が二人に襲い掛かる。


 跳躍と同時に突き出るのは打突。変わらずシンプルな攻撃だが、威力は絶大。実際、小手先だけの手よりもこちらの攻撃の方が相手にしづらいのはセイヤもベティも同じ意見だった。


 だが、


「人間様の学習能力舐めんな!」


 セイヤを狙った打突を、屈むことで回避。頭部を掠めたそれを逃さず、関節部分にベティがナイフを走らせる。


 が、見抜いた青年は重力を無視して浮遊する影を攻撃の間に入れる。

 硬いもの同士がぶつかり合う衝撃音が教室を揺るがし、弾かれるようにベティの右腕が跳ねる。


 しかし猛追は終わらない。影の召喚に視線を移した青年に対し、セイヤがゼロ距離からのグロック18Cを乱射。

 だが、跳躍した青年によって弾丸は壁に打ち尽くされる。


 それを判断し約半数を残したままセイヤがバックステップ。

 青年の着地を見届ける。


「代わる代わるはあんまり意味ないみたいね……なら!」


「いいね! 来なよ!」


 ベティの言葉に弾かれるように二人が互いの距離を離す。

 その戦闘スタイルの変更を楽しむように笑った青年が身を低くして攻撃を待ち、カウンターを狙い始めた。


 走り、足裏に力を込めたかと思えば二人は同時に青年へ接近。

 ナイフによる刺突と、血気力によって硬化したグロック18Cの同時攻撃。


 それを、身を捻り銃口が青年に向かないように掌で受け止め、投げ捨てるように飛ばし、ナイフは軟化した影によって包み込む。


 獲物を奪われたベティは素早く青年の腕を蹴飛ばしながら一時撤退。蹴飛ばされた方向に従ってナイフが天井に深々と突き刺さる。


「ならそう来るよね!」


 ベティの離脱によって青年は意識を一時的にセイヤにのみ注ぐ。

 セイヤは既に腰のトンプソンに指を触れさせている。


 ゼロ距離からのトンプソンの一撃は致命傷だ。理解し、攻撃に転じさせる前に防御行動をとらせる。


「ほらほらほらァ!!」


 弾かれた腕をそのまま振り、青年がセイヤの首を切り裂きにかかる。

 指先を極限まで細めたそれは、ナイフよりも鋭い斬撃となり、一撃でセイヤを葬り去るだろう。


 が、左にあった腕を右に持ってくるということは、必然的に大ぶりの攻撃となる。

 ならば当然、攻撃一歩手前まであったセイヤには回避し攻撃をお見舞いする余裕はあったはずだ。


「――ぐあっ!?」


「セイヤ!?」


 なのに、セイヤの行動は中断され、そのまま苦鳴を上げる。

 鍛え抜かれた腕を、掌から伸ばされた影によって貫かれたのだ。


 軟化していた影は簡単にナイフのように硬化し伸び、乱暴にセイヤの肉を抉りとる。


 血が噴き出し、痛みに脂汗を垂らすセイヤを見て、青年は彼の腹部を蹴って回転しながら距離を獲った。


 その行動をセイヤは疑問に思う。


 ――追撃の余地はあったはずだが、それをしなかった理由。

 攻撃する手前一瞬、ちらりと突き刺さった影を見た理由。

 この影は液体化したり固体化したりする能力があるらしい。もしほかに何かあるとするのなら……!?


 セイヤは焦り、急いで影のナイフを抜き取る。貫かれたまま押し込まれた筋肉が強引に引き戻される痛みに耐え、固体のままのナイフを窓から投げ捨てた。


 瞬間、影だったものは似つかわしくない光を生み出し、小規模の爆発を引き起こす。


 影の大きさ自体が小さかったからだろう。その爆発半径は短い。

 だが、爆発の勢いは凄まじく、窓ガラスを全て無残に割り続け、窓枠しか残らない現状にまで至らしめていた。


 あれを抜いていなかったらまず間違いなくセイヤの上半身は吹き飛んでいただろう。

 セイヤが経験してきた数々の戦闘から得た恩恵とも言える危機回避能力。それがここで活きたのだ。


「固体液体ときたら気体に化けるのかと思ったが……まさか爆発なんてな。なんでもありのびっくりショーを見せられた気分だよ」


「考え方はいいね。でもそしたら僕の召喚に関してはどうなるんだい? もっと頭を柔軟にして考えなよ」


 腕から溢れる血を抑え、一歩下がるセイヤ。自身の傷口を血気力によって強引に塞ぐことに務め、減らず口を叩く。


 恐らく青年の隠術はここまで出てきてる中で四つ。

 影で文字を書くことによってその文字の動物を召喚する。

 影を分離することで固体化液体化する。

 影で人間を捕縛し、出し入れする。

 影を遠隔操作によって爆発させる。


 仮に召喚された動物に噛みつかれ、そこから爆発されでもしたらたまったものでは無いが、彼の性格上それは無いのだろう。


「一個一個丁寧に扱えば……どの能力も単純そうだな」


「二人がかりで手間取ってるくせによく言うよね」


 挑発に素早く反応するあたり、やはりまだまだ子供のような面が見える。

 挑発混じりの攻撃でも対処できるほど、そこまで冷静さを失ってるわけではなさそうだが、言葉の攻撃も視野に入れておこうとセイヤは考え、


「ああそうだな……ベティ!!」


 セイヤの言葉に青年が後ろを振り返り、瞬間青年の頬をナイフが掠める。

 ナイフが青年の頬の皮を持っていったまま、容赦無い二撃目が青年に襲いかかった。

 噴き出す血をそのままに、青年は避けることは無い。


 ナイフが届くよりも早く、ベティの頚椎を砕こうとして――


「げあッ!!」


 セイヤの蹴りが、青年の背骨を幾分か破壊する。威力に青年が吐血し、鈍い響きが青年の脳内で響いた。


 そのまま次はベティが青年の横腹を蹴飛ばす。ナイフの攻撃を中断して選んだその攻撃は見事に青年を穿ち、捻る勢いで青年が吹き飛んだところ、


「――――ッ!?」


「二人がかりはキツイが、三人がかりなら別だろ?」


「あれで引き下がれるほど、男の子って弱くないもの」


 吹き飛ばされた先、身を捻り、右足と右腕を下げて構えるのは、拳に赤いオーラを纏わせた少年。

 膝を叱咤し、臆病な意志を歯で噛み潰す。


 ここで逃げたら、ソウマに合わせる顔がない。


 瞳の奥に映るのはオーラと同じ赤い、覚悟。

 自身の為ではない、亡き友の為の一撃を食らわせるための、小さくて大きな覚悟だった。


 宙に浮いた状態の青年が影を持ってくることは出来ない。この戦闘間で、彼が影を持ってくることが出来たのは彼が自身の影に触れている間のみだった。


 つまり、今は絶好の格好の的。


「ガキの友情舐めんなよ」


 吐き捨て、ヨウは拳を強く握る。伸ばし損ねたその手で、今度こそ。

 判断と、行動とが重なり合い、結果として生まれる。


「くそがァァァァァァァ!!」


「ガァァァ!!」


 踏み込み、突き出した拳が真っ直ぐに、青年の胴体を穿った。

 肉が肉を打ち、踏み込みと腕の振りのままに青年が吹き飛び、煙を巻き上げながら床に跳ね転げる。


 血肉がひしゃげ、床に染み渡る鮮血。


 雄叫びのように甲高く、咆哮が室内を震撼する。


 両の拳を強く握るヨウの姿が、そこにはあった。


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