45 夜
夜。
辺りは寝静まりかえっている。
オレは今、テントのなかで一人、ムーコとナタリの看病に当たっている。
あれから治療施設の医師や看護師さんなどが助けてくれ、怪我の処置などをして貰えた。
しかし空きベッドもないし重症患者でもないので、すぐに出て行ってほしいと言われ、近くの臨時に開かれたテント区域にテントを設置し、二人を運んだ。
二人の状態だが、怪我の方は時間と共に治るらしく問題はないらしい。
ただ両者とも、骸骨の『瘴気』というものに当てられているらしく、しばらくのあいだ身体がとても冷えるので、しっかり暖めてあげなさいと言われた。実際、二人とも冷たかった。
体温が上がってきたら回復の兆しらしいが、2、3日経っても上がらなければやばいらしい。なので布団と毛布、そして敷き布団を購入した。
二人とも今はそれにねくるまって、すーすーと寝息をたてている。
先ほど手をとって確認したが、ともに体温が僅かずつだが戻ってきてるようで少し安心した。
だが、もしもの事があるといけないので、今夜はこのまま起きて看ていようと思う。
…………。
…………………………。
どうしてこうなった……。
今日の昼までは、ナタリと『ご飯処・よしの』でおいしいご飯を食べていた。
そしてムーコがテント情報を持ってきてくれて、こうしてテントもゲット出来た。
だけど……突然の骸骨の襲撃。
まわりの人たちと同じように、とにかく逃げるしかなかった。
骸骨に逃げ道を阻まれては道を変え、変えられないときはムーコが道を切り開いてくれた。
女の子に危険な事をさせるのはいやだったが、ムーコが強いことを知っていたので、すまんと思いながらもそれに頼った。
実際、ムーコは例外をのぞいて、ほとんど全ての骸骨を蹴散らしていた。
男だからと素人のオレが出しゃばるよりも、武芸者のムーコに任せた方が良かったと思う。その判断は間違っていないはずだ。
なのに…………。
小耳に挟んだ情報によると、西区(おそらくオレ達がいた町)のほとんどが、骸骨の支配下に落ちたそうだ。
そして、確認されているだけで既に50人以上が亡くなっているらしい。
まさか、こんなことが起こるなんて…………。
………………。
これからどうすればいいんだろう……。
金はもうない。
布団代と治療代。
自分のだけじゃ足りないから、勝手にムーコとナタリのも使った。
それで全部なくなった。
0ポウ……。
明日から一体どうすれば…………。
……………………。
…………。
……。
「フブ兄……?」
か細い声。
振り向くと、ナタリが横になったままこっちを見てた。
「ナタリっ。だいじょうぶか? どっか痛かったりしないか?」
オレはそばによって尋ねる。
「だいじょうぶ……。あたし……気を失ってたんだね」
「ああ……兵士さんが助けてくれたんだけど間に合わなくて……。でも、医者に診て貰って怪我の治療はしてもらえた。『治癒符』っていう治療用宝具を貼ったから、すぐ綺麗に治るって……。それと──」
オレは医師に教えてもらった、骸骨の『瘴気』というものに当たったらしい事と、それによって体温が低下する事をナタリに説明した。
ナタリは小さく「そう……」とだけ呟いた。
そして深く息を吐き、テントの天井を見上げる。
「フブ兄ごめんね……。あたしドジだからさ、すぐ捕まっちゃって……」
──っ!
「しかも刀まで落としちゃうし……」
ため息をつくナタリ。そして、「……フブ兄は怪我しなかった?」と、優しく尋ねてくる。
オレは思わず俯いた。
「ど、どっか怪我したの?」
心配するナタリ。オレは首を振って否定する。
怪我なんかしてない。
いや、わずかな怪我すらしなかった。
「オ、オレは大丈夫……」
「……本当に?」
かすれた声で、なおも心配そうに見てくるナタリ。
優しさを向けられるのが痛い。
「うん……本当に大丈夫だよ」
「……そっか。よかった」
再度伝えるとほっとするナタリ。
…………。
「……ごめん。ごめんなナタリ……。オレ、助けられなかった。ナタリ助けてって言ってたのに助けられなかった」
「仕方ないよ……。あんなに骸骨いたんだもん」
「うん……でもオレ」
お前が噛まれてたのに、動けなかったんだよ……。
怪我をおそれず、無理矢理にでも突っ込んでいけば、助けられたかも知れない。
でもそれが出来なかった。
刃物が怖くて、動けなかったんだ。
──情けない。
こんなに情けない気持ちになったことなんてない……。
「そんなことより……フブ兄、ありがとうね」
俯いているオレに、ナタリが礼を言った。
ありがとう?
驚いてナタリを見る。
「いっぱい助けてくれて、ありがとう」
「…………助けられなかったよ」
「ううん。いっぱい助けてくれた。フブ兄がたくさん骸骨倒してくれたから、刀持ってる骸骨みんなフブ兄の方に行ったの。だからあたし助かった」
ナタリ……。
でも、結局オレはナタリを助けられなかったのだ……。
助かったのは、たまたま兵士さん達が来てくれたからだ。
そうじゃなかったら、ナタリは死んでいたかもしれない。
オレは全然ダメダメだったんだよ……。
「フブ兄が必死に助けようとしてくれてたの、あたし知ってる」
微笑んで言うナタリ。
「ありがと、フブ兄……」
「──っ!」
ナタリ……っ。
くそっ……。
なんで、こんなに──。
なんでこんなに悔しいんだ……っ!
2Mゴロツキの時もそうだった……!
因縁をつけられたナタリを守ってやれず、男のくせにぶざまに殴られ這いつくばって許しを請うオレ……。
本当は謝りたくなんかなかった……。
明らかな言いがかり、こっちは間違ってないと言いたかった!
ナタリは悪くないと、ちゃんと守りたかった……っ!!
でも──非力なオレには、ああするしか他に方法がなかった……。
身体が小さいのだから仕方ない。そう思っていた。
だが、ムーコがゴロツキ達をあっという間に叩きのめした。
女の子なのに……小柄なオレよりもさらにちょっと小さいくらいなのに、だ……。
ムーコはすごいなと思った。
でも、同時に武芸をやっているからだと考えた。
実際、部活動でも、幼い頃からガチでやってる奴には適わない。
それが普通だ。
数年程度の経験者が、ちょっとやそっと猛特訓したからって、それは覆せない。
世の中、そんなに甘くないのだ。
…………でも、どこまでだ?
オレはそうやって……どこまで言い訳するつもりだ?
小さいから?
武芸やってないから?
だからナタリがゴロツキに殴られんのも、
骸骨に噛まれんのも、
仕方がない?
助けてやれなくても、ぜんぶぜんぶ仕方がないと──
そんなんで済ますのか?
──ふざけんなよ。
ナタリはいい奴だ。
あんな奴に殴られていいわけがない。
骸骨に噛まれていい道理など、あるハズがないんだっ!
…………。
くそぅ。
ムーコ……。
こいつがいたから、オレ達はゴロツキから助かった。
こいつがいたから、骸骨からもどうにか逃げることが出来た。
ずっとムーコに助けられっぱなしだ……。
──私は武芸をやっていた者として、戦えない者を見捨て、自分だけ逃げるような真似など致しません。
初めてこの世界に来た日、ムーコがオレたちの前で宣言したセリフ。
今思えば、自分でも手に負えない怪物がいると、解っていた上での発言だ。
そして事実、今回最後までそれを実行した。
あのばあさんの家を出たとき、ムーコの様子が少しおかしかった。ムーコ自身、体調に異変を感じていたはずだ。
けれど、率先して戦った。
戦えるのは自分だけだからと、無理をして戦ったんだ……。
なのにオレは……なんだ?
同年代の女の子には助けれられて、年下の女の子一人守ることも出来ない。
一体なにをしている……。
一体なにをしているんだっ!
ザコすぎんだろっ! くそっ!
………………。
……………………………………。
「ナタリ……」
「ん?」
「オレ、退魔師になろうと思う」
「うそっ!?」
「……ほんと」
「どうして? フブ兄、骸骨を狩るの、乗り気じゃなかったじゃない。あぶないからって……」
「そうだな……」
それは今でもそう思う。
危ない事なんてしたくない。痛い思いなんて絶対にしたくない。
極力、そういうのとは無縁なところで、生きていきたいと思う。
でも……もしまた同じように骸骨に襲われたら──どうする?
同じように、ムーコ頼りで逃げるのか?
助けを呼ぶナタリも救えないままで?
…………ありえねぇ。
またこんな情けない思いをするくらいなら──二人がこんな目に遭うくらいなら、オレが怪我した方がマシだ!
…………。
「…………今回、ムーコがいなかったらオレ達、死んでいたかもしれない」
「…………!」
「途中、おばあちゃんに助けてもらわなければ、やばかったかも」
「……うん」
そして、最後──
兵士さんが来てくれなかったら、おそらくナタリは助からなかった……。
…………。
「だから、自分で戦える力が欲しいんだ」
二人を守れるだけの力を……。
「フブ兄……」
「それに──」
明日からのこと、お金がないことを話そうとして、やめた。
いま伝えてもナタリを不安にさせるだけだ。明日、オレがどうにかすればいい……。
「フブ兄……?」
「あ、いや……とりあえず明日は、どこかで退魔師について聞いてみようと思う」
「そっか……」
「うん。今日はもう休もっか。悪いな、倒れたばかりなのに、話に付き合わせちまって」
「ううん……」
「眠れるか?」
「うん……」
それでお互い口を閉じた。
「………………」
「…………………………」
「フブ兄……」
「ん?」
「少し寒い……」
マジか……。でも布団はこれしか買えなかった。
どうしよう。
「フブ兄も布団入って」
「えっ……でも……」
テント用の大きな布団だから、三人入れる大きさではあるが……それはちょっと……。
「目が覚めてから地味に寒いの……あっためて」
「…………わかった」
仕方ない。ほかに暖める方法も思い浮かばない。
遠慮がちに布団に入ろうとすると、
「私も……」
「えっ」
「私も暖めて下さい」
「ムーコ、目が覚めたのかっ?」
「寒いです」
……!
ムーコの手をとると、さっきまでほんのり暖かかったのに、冷えてきてる。
まずい……。
「わかった」
オレは二人の真ん中に入る。
すると、両側からぴったりとくっつかられた。
寒くてぞくっとする。
「ムーコ姉の方が冷たい……。フブ兄、あっちむいてムーコ姉抱きしめてあげて」
「えっ」
「……おねがいします」
「……わかった」
二人にそう言われて、ムーコ側を向く。
触れる肌がとても冷たい。
正面からムーコを抱きしめると、後ろからナタリがぎゅっと抱きついてきた。
こ、これはなんていうか……男として幸せなんだろうけどダメだな。変な気持ちを抱いちゃダメだ。そんな場合じゃねぇ。二人とも寒くて、仕方なくこんなことをしているのだ。うん……オレはカイロだ。カイロ。
あったかいカイロになるべし。
カイロ。オレはカイロ。
あったかいカイロ。
カイロ。カイロ。カイロ
オレはあったかいカイロ。ただの暖房器具。
オレが足首運動で、ひたすら無心に発熱してると、
「今日は……すみません。ちゃんとお二人を……守れませんでした……」
ムーコが、オレの胸のなかでか細く言った。
「……! ばかっ。ムーコのおかげでオレたち助かったんだっ」
「そうよっ。ムーコ姉のおかげよ」
オレとナタリがすぐさま反論する。
「……ですが、お二人にずいぶんと無茶をさせてしまいました……。ごめんなさい……肝心な時にお役に立てず」
ムーコは泣いているようだった。
な、なんだよコイツ……。なんで泣くんだ!?
それに──それは、どっちがだよって話だ……。
オレの方こそ、ムーコに無茶させてしまったんだよ…………っ!!
~~~~~~~~~~~~~~~~くっ。
「ムーコ……っ」
「はい……」
「もう、一人では戦わせないからっ」
「えっ……」
「これからは……一緒に戦う」
「……一緒に?」
どういう意味かと、顔を見上げてくるムーコ。
「オレは退魔師になる……。練習して……戦えるようになるから。がんばるから……。だから──一人で無茶をしないでくれ」
「フブキくん……」
「きつい時は言ってくれ……。今回のは、オレが男の癖に戦えなかったからだってのは解ってる……。でも……戦えるようになるから……絶対になるからっ……。だから、倒れるほどの無理はもうしないでくれっ…………頼む……っ!」
「フブキくん……」
長い沈黙。
やがて──
「わかりました……では、一緒におねがいします。フブキくん……」
そう小さな声で──でも優しくしっかりと答えてくれたムーコ。
オレはそんなムーコをぎゅっと抱きしめる。
暖める意味合いだけでは──なかったと思う。




