page15 果てない蝙蝠の群れ
それから数日。クロナが討伐した後も、ケイブバットは数を減らすどころか、むしろ出現頻度を高めていた。
「戻ったぞ」
明け方のギルド。クロナはフィアをおぶって帰還する。
「お疲れ様です、クロナ。……フィアさんは、どうかしたんですか?」
「眠っているだけだ。傷つけさせなどしない」
不安げに問うレノンに対し、クロナは無表情を貼りつけたままフィアの寝顔を見せた。
「とりあえずフィアを寝かせてくる」
「ええ、わかりました」
応えながら帳簿に目を通していたレノンは、ふと眉をひそめる。
「……それにしても、最近やけに多いですね」
「……ああ、そうだな」
クロナも同じ事を思っていたようで、足を止めて応えた。
「今週、私が当たったものだけで四回。殆ど一日おきには現れているな」
「ケイブバットの群れ。それも、過去の類似ケースには殆ど無かったような、大群の」
クロナが今しがた討伐に向かっていたのも、ケイブバットの群れだった。それも、最初にフィアを連れていった時と同等か、それ以上の規模で現れた。
「ドレッドに未知の部分が多いのは確かですが、こうも過去に例のないようなことが連続すると、いささか不安にもなりますね」
「倒しても倒しても湧いてくる……。キリがないな。そろそろ蝙蝠の群れの相手は飽きてきたんだが」
「僕に愚痴られても困りますよ。……それと、気になる点がもう一つ」
「……その話は長くなるか?」
「ええ。僕の考えすぎなのかもしれませんが、一応貴女にも聞いておいてもらいたいですね」
「なら、先にこの子を寝かせてくる。武装もリリアに預けておきたいしな」
「わかりました。じゃあその間に資料を用意しておきます。……ガウスさん、動ける状態ならいいのですが」
レノンの不安気な声を背に、クロナは自室へ向かう階段を登っていった。
「……それで、気になる点とはなんだ?」
フィアを寝かせたクロナは、工房に銃剣と黒衣を預け、一階のホールに戻ってきた。
営業時間外のホール。そこにいるのは、クロナとレノン、そして、念のため技術部にもということで引っ張り出されてきた膨れ面のリリアと、カウンターに突っ伏して動かない大男だった。
「……リリア、クロナちゃんの武装を整備したいのですけど」
「そのためにも必要になるかもしれない話です」
「むぅ……。早くしないと、クロナちゃんの残留魔力が逃げちゃうですよ」
「別に、残留魔力くらいどうでもいいだろう」
「残留魔力でも、集めて魔力結晶にしたり、整備に使ったりできるんですよ! ……それに、魔力を通してクロナちゃんをいっぱい感じられるんですぅ……。まるでクロナちゃんに包まれているような、はふぅ……。それにそれに、リリアの動力結晶に入れると、まるでクロナちゃんがリリアの中に入ってきて一つになるような感じで……、はぁぁ……クロナちゃんの温もりがたっぷり詰まった魔力を、早く全身で感じたいですぅ、クロナちゃんの魔力をリリアの動力結晶にちょっとだけ充填したいですぅ、クロナちゃんの魔力を……はぁはぁ……」
「…………」
「……こほん」
恍惚とした表情で、人形のくせに息を荒くしていたリリアだが、クロナの冷たい目に射抜かれると、咳払いをして平常心を取り繕った。
「で、でも、全開放とかそういう危険なことはだめなんですからね! クロナちゃんに、その、そんな危険を冒してほしくは無いですし……。そ、それに、あんなにいっぱいたくさんの魔力を一度に浴びると、リリア、感じすぎちゃうんですぅ……。ああ、クロナちゃんの魔力に触れただけで、リリアは、リリアは……ハァハァ……」
「……あの、そろそろ話を始めてもいいですか?」
眼鏡を直しながら、呆れた様子でレノンが問う。
「私は構わないぞ」
「クロナちゃんの魔力、クロナちゃんの魔力、クロナちゃんの……」
リリアはもう止まりそうにない。レノンは後でまとめた資料を手渡すことにしようと、彼女については諦めることにした。
「……で、ガウスさん」
続けてレノンは、突っ伏したままピクリとも動かない大男に声をかける。
「ガウスさん、起きてください」
生死を疑ってしまう程度には微動だにしないが、これがこのギルドのリーダーことガウスが、酒に飲まれて悪酔いした果ての姿である。
「起きてください、リーダー!」
「う……うるせぇ……。頭に響く……」
「だからいつも言ってるんですよ、飲み過ぎるなって」
「だまれぇ……。おおお、頭が……ぐぬぅ……」
「……今は事情が事情なので仕方ありませんね」
レノンはカウンターの棚から幾つか茶葉を取り出すと、なれた手つきで一杯の茶を淹れる。
「高くつくからあまり無駄に作りたくはないんですけど……。二日酔いに効くお茶です。とりあえずコレを飲んで最低限に復活しておいてください」
「うごぉ……」
返事ともうめき声ともつかない声を上げるガウスをとりあえずは放置して、レノンは本題の資料を手にする。
「……とりあえず、貴女だけでも聞いてください」
「私はずっと待っているんだが、早くしてくれないか」
「貴女がまともで良かったです、本当に……」
普通では無いもののまともではあるクロナに少しだけじーんとしつつ、レノンは手に持っている十枚程度の紙を綴じた資料をめくった。