強い想い
【ヘルメスの街の東端】
街の西端にあるヒイロの工房とは反対側に、ヘルメスの街で最も広い自然公園があった。
さらに東へ進むと、まだ開拓の手が入っていない、木々のまばらな浅い森が広がっている。
ヒイロはその森へ、カルーアとシャルルを連れてきていた。
「よし、今から二人には魔法勝負をしてもらう。お互いに、純粋な魔法力だけを打ち出してくれ」
「なるほどね」
「分かったよ」
二人は顔を見合わせ、それぞれ勝負の方法を理解したようだった。
今回の目的は、相手を傷つけることではない。魔法の形を作ったり、複雑な術式を組み上げたりするのではなく、己の内にある魔法力をそのまま放ち、互いの力をぶつけ合うのだ。
「用意はいいかしら?」
「もちろんさ」
魔法使いとしての基礎となる、魔法力の強さを確かめる訓練である。
「魔法を打ち合って、そこから動いてしまった方が負けだ。そして、勝った方には今日の夜まで、俺がたっぷりご奉仕するデートをしよう!」
「「えっ!?」」
カルーアとシャルルの顔が、同時にヒイロへ向いた。
勝負の内容よりも、最後の条件に反応したらしい。
シャルルは一瞬目を丸くしたものの、すぐに自信たっぷりの笑みを浮かべた。
「残念だけど、私の勝ちは決まったようなものね」
余裕しゃくしゃくである。
そんなシャルルの態度に、カルーアは頬を膨らませた。
「甘く見てると痛い目に遭わせちゃうんだからね!」
こちらも、まったく負ける気はないようだった。
「それでは、用意……始め!」
ヒイロの合図と同時に、二人は魔法力を解き放った。
次の瞬間、二人の間で膨大な魔法力が激突する。
炎や氷、風といった特定の属性を持つ魔法ではない。純粋な魔法力そのものをぶつけ合う、単純だからこそ誤魔化しの利かない勝負だった。
「魔法のぶつかり合いは、こんなにも凄いのか……」
初めて魔法同士の衝突を見たヒイロは、その凄まじさに驚いた。
魔法力が衝突する空間が震え、周囲の草木が激しい風に揺れる。
カルーアは歯を食いしばり、必死に魔法力を放ち続けていた。
「ぐぬぬぬぬぬ……!」
魔法力の衝突点は、少しずつカルーア側へと押し込まれている。
魔法の素質や知識ではカルーアが上回っている。しかし、実戦経験と魔法力の総量ではシャルルに及ばなかった。
「どうしたの、エルフっ子? 後がなくなってるわよ?」
「くっ……!ぐぬぬ……」
シャルルの余裕ある声に、カルーアは悔しそうに唇を噛んだ。
そのとき、ヒイロがカルーアの背後へと回り込んだ。
「に、兄さん!?そんなところに居たら危ないって!」
ヒイロは二人に気づかれないよう、わずかに紅血化していた。反応速度を高め、いざというときに即座に動けるようにするためだ。
「さっきアリスの覚悟と頑張りを見ただろう。なのに、お前はそこまでなのか?」
突然、背後から声をかけられたカルーアは驚いた。
「で、でも……!」
「カルーアならやれる! 自分の力を信じろ!」
ヒイロは、自分の身を顧みずに彼女を応援していた。
カルーアはこれまで、自分の本当の力を他人に知られないようにしてきた。その習慣が染みつき、魔法を使うときにも無意識に力を抑えてしまう癖がついていたのだ。
ヒイロは、その殻を破らせようとしていた。
「このまま負けたら、兄さんまで……!」
カルーアは、ヒイロが自分を信じてくれていることを感じていた。
自分が負けるだけなら、まだいい。
けれど、ヒイロまで傷つけてしまうことになるのは嫌だった。
「大丈夫だ、カルーアならやれる!」
「うあああああああっ!」
カルーアは叫び、自分の内にある魔法力を一気に解き放った。
今まで抑え込んでいた力が、堰を切ったようにあふれ出す。
「な、何、このパワー!?エルフなのは伊達じゃないってことなの?」
シャルルの表情から余裕が消えた。
押し込まれていた魔法力の衝突点が、勢いよくシャルル側へと押し返される。
カルーアの魔法力は、ほんの一瞬、シャルルの力を上回ったのだ。
しかし、ヒイロは喜んでばかりはいられなかった。
カルーアの魔法力が急激に増大したとはいえ、総量では依然としてシャルルが上回っている。このまま打ち合いを続ければ、先に魔法力が尽きるのはカルーアだ。
そして、カルーアの魔法力が尽きた瞬間、シャルルの魔法力が一気に押し寄せることになる。
その直線上にいるカルーアは、二人分の魔法力をその身で受けることになり凄く危険なことになってしまう。
ヒイロは瞬時に判断した。
「カルーア!」
カルーアの魔法力が一気に弱まった。魔力切れ寸前になったのだ。
紅血化によって高められた反応速度を生かし、ヒイロはカルーアの腰をつかんで、後方へと引っ張った。
「うわっ!?」
魔法力が激突する直線上から、彼女を退避させるためだった。
だが、完全に影響を避けることはできなかった。
魔法の直撃こそ免れたものの、その反応がカルーアの服をかすめた。
バリッ!
布地が大きく裂け、カルーアは地面に座り込んだ。
一方、シャルルは最初の立ち位置を維持していた。
勝負のルールは、純粋な魔法力を打ち合い、先に動いてしまった方が負け。
カルーアはヒイロに引っ張られ、立ち位置を崩した。
対して、シャルルはその場から動かなかった。
勝負の結果は明らかだった。
「はぁはぁ……シャルルの勝ちだな」
ヒイロが勝敗を告げると、シャルルは両手を上げて飛び跳ねた。
「やったー! 私の勝ちね♪」
勝利を喜ぶシャルルとは対照的に、カルーアは破れた服を押さえながら、悔しそうに座り込んでいた。
「兄さんに支えてもらったのに、負けちゃったよ……」
カルーアは、せっかく兄に応援してもらったのに勝てなかったことが悔しかった。
しかし、ヒイロは彼女の頭を優しく撫でてやった。
「よく頑張ったな。最後の方はすごい力だったぞ」
「でも、負けちゃった。こんなんじゃ、姉妹だけでクエストなんて……」
「いや、十分だ」
ヒイロは迷いなく答えた。
「あれだけの力を、姉妹たちのために出せるんだったら、もうお前たちだけでクエストに出ても大丈夫だろう」
「本当かい?」
「ああ、間違いないよ」
カルーアは悔しさを残しながらも、ヒイロの言葉を受け止めた。
勝負には負けた。けれど、自分がこれまで抑えていた力を、ほんの一瞬でも解き放てたことは確かだった。
そして、その力を引き出してくれたのは、最後まで自分を信じてくれた兄だった。
「ありがとう兄さん」
「よく頑張ったぞ……さて、俺は今からシャルルとデートをしなきゃならん。お前は家に帰って、サーシャに回復してもらって、風呂に入ってゆっくりしていてくれ」
「うん、分かったよ……」
カルーアは悔しそうな顔でうなずき、家へと帰っていった。
その後ろ姿を見送り、ヒイロはシャルルへ向き直る。
「さて、約束どおりデートに行くか」
「もちろんよ❤︎」
シャルルの顔が、ぱっと明るくなった。
シャルルはヒイロの腕に自らの腕を絡めて、街の中心部へ歩き出した。
「ヒイロは怪我しなかった?」
「大丈夫だ。そんな間抜けじゃないぞ!」
「えへへ、そうだよね♪」
彼女はヒイロの腕に寄り添うと、弾むような声で話し始めた。
「ねえ、こっちに新しい喫茶店ができたのよ。一緒に食べに行きましょう♪」
「そうなのか? それは楽しみだな」
「でしょ? それからね、見たいお店もあるの!」
シャルルは今日という日を、心から楽しみにしていた。
普段は仲間として接しているヒイロと、こうして二人きりで一日を過ごせるのだ。胸が弾まないはずがない。
新しくできた喫茶店では、おいしい料理を味わった。
街を歩けば、気になる店を見つけるたびに足を止め、二人で商品を眺めた。
その途中、シャルルは店先に並んでいたネックレスに目を留めた。
「ねえ、このネックレス、いいと思わない?」
彼女が指さしたのは、華やかでありながら、シャルルの雰囲気にもよく似合いそうな品だった。
「本当だな。シャルルに似合うんじゃないか。買ってやるぞ」
「本当に?」
シャルルは目を輝かせた。
「えへへ、ありがとう、ヒイロ♪」
彼女は贈られたネックレスを大切そうに手に取った。
好きな人と一緒に食事をして、街を歩き、贈り物までしてもらえる。
シャルルにとって、それは何よりも幸せな時間だった。
勝負に勝ったご褒美として始まったデート。
けれど、彼女にとっては、そんな理由などどうでもよかった。
密かにヒイロへ思いを寄せているシャルルは、今日一日、彼とのデートをたっぷりと楽しみ抜いたのだった。
そして、彼女の胸には、今日の思い出がいつまでも残ることだろう。
続く。
今日は祝日でしたので、ヘルメスの三姉妹は明日も投稿します。よろちく!




