(最終話)その後の話
翌日、私は再びリリィのもとを訪ねて、向こうにいる本物のマリアンヌのことを相談した。話を聞いたリリィは、あっけらかんとこう言った。
「ああ、それなら多分心配いりませんよ。むしろ、あなたはまだ帰らない方がいいかもしれません」
「えっ? それはどうして?」
そもそも、リリィはどうやって向こうの私——本物のマリアンヌを見つけたのだろう。見た目はどう見ても現代人の私のはずなのに。
「そもそも、あなたはどうやって向こうの本物のマリアンヌさんを見つけたの? 彼女の姿形は、今は私の体になってしまっているんでしょう?」
「そうなんですけどね。実は、あなたの姿をして現代で暮らしているマリアンヌさんは、今ちょっとした有名人になっているみたいなんです」
「有名人?」
「はい。私が向こうの世界に行ってしばらくした頃に、SNSで『マリアンヌ・ド・ヴァロア』という名前を名乗って活動している人を見つけたんです!」
(え、SNSに!?)
急に飛び出した現代ワードに、私は思わず目を丸くした。
「その人の投稿を見ていたら、どうやら異世界から飛ばされてきたみたいなことを話していて。自分はヴァロア公爵家の令嬢で、お兄様がいて、何不自由ない暮らしをしていて、魔法薬を生成するスキルがあったっていっていました。
ヴァロア公爵家のことは私も知っていましたから、ああ、入れ替わってしまった方なんだなって思いったんです」
リリィはどこまでも呑気な様子で言った。こちらまでなんだか和んでしまう。流石は本物の主人公だ。
「な、なるほど。でも、そうなると向こうの本物のマリアンヌさんのためにも、私は元の世界に帰らないといけないわよね」
後ろ髪を引かれながらも、私はそう切り出した。リリィならどうやって戻るかを知っているかもしれない。できれば彼女のように高いところから飛び降りるなんて危険な真似はしなくて済む方法があればいいのだけれど。
「ああ、そのことなら——あなたは多分、まだ暫くはあちらに戻らない方がいいと思いますよ」
「戻らない方がいい? どうして?」
「マリアンヌさんは、あなたの体を借りて現代でかなりの有名人になっているみたいなんです。最近はSNSだけじゃなくて、テレビにも出るようになっていて——今戻っても、忙しくて大変だと思います!」
(ええ……)
予想外の展開に、私は困惑した。
「でも、私の姿なんかにさせられて、彼女も不自由しているんじゃ……」
「大丈夫ですよ。私にしてみれば、向こうの世界も悪くはなかったです。魔法が使えないのは少し不便
でしたけど、この世界にはないものがたくさんあって、とっても楽しかったです」
リリィは目を輝かせながら、あっちの世界を懐かしむように言った。
「最初は仕事とか生活の仕方がわからなくて色々と迷惑をかけてしまいましたけど、少しずつ慣れていったんですよ」
「そ、そうなの。私の元いた世界を気に入ってもらえたなら嬉しいわ」
なんだか現代人を代表したような言い方になってしまった。
「なので、マリアンヌさんも、この世界がお嫌いでなければもう暫くここにいたらどうですか? マリアンヌさんは気がとても強くて逞しそうなご様子ですし、飽きたら勝手に戻ってくると思いますよ」
「そ、そうなのかしら」
心配は拭えないものの、私はリリィの言葉に従ってみることにした。
屋敷に戻ってロクサーヌ様に報告すると、彼はとても喜んでくれた。
「確かに、マリアンヌは気の強い御仁だ。うまくやっているなら、そのままにしておけばよいのでは」
「そうですね。戻るにしても、リリィがやったみたいに高いところから飛び降りないといけないらしくて。わざわざ危険を冒してまでは、と思っています」
リリィが言っていた通り、飽きたら向こうから戻ろうとしてくるだろう——そう信じることにした。
とはいえ、マリアンヌが私の体を使って色々とやっているらしい。戻った時に本来の自分がどんな状態になっているのか、それだけが少しばかり心配だった。
「そう言ってくれて良かった。もし帰ると言い張るようなら、私は本気で君をこの屋敷に縛り付けて、どこへも行けないようにするところだった」
「は、ははは、ご冗談を——」
ロクサーヌ様はまたさらっと不穏なことを言う。最近、彼の私に対する気持ちが少し大きすぎるのでは、と感じることがある。それは、私が偽物のマリアンヌだと告白した時からさらに顕著になっていた。私はさらっと受け流しておいた。
* * *
王宮で治療を受けていたリリィは、その数日後にすっかり回復した。
さすがは本物の主人公というべきか——なんと戻ってきてわずか数日のあいだに、ヒース様の心を鷲掴みにしてしまったらしい。ヒース様はリリィが入れ替わったことを知らないので、最初はまるで人が変わったような彼女に戸惑っていた様子だったが、少し話すうちにすっかり打ち解けてしまった。
「リリィ、今日は庭先で摘んだ姫百合を持ってきたんだ。病室に飾ろうと思って」
「まあ、ありがとうございます。こうして日がな一日寝ているだけなので、眺めていると気分が華やかになりますね」
二人のあいだには、見ていてこちらまで微笑ましくなるような、温かい空気が流れていた。偽物のリリィが犯した数々の罪についての正式な処罰はまだ決まっていないものの、この分ではヒース様が恩赦を発揮して、罪は免れることになるかもしれない。
そんなリリィだったが、どういうわけかロクサーヌ様とはまったく馬が合わなかった。
「あなたは……なんだかいかがわしいです!」
私がロクサーヌ様とともにお見舞いに訪れた時、リリィは開口一番にそう言い放った。
言われたロクサーヌ様は、リリィを睨みつけたまま固まっている。
「そ、そんなことはありませんよ。彼は実はとても優しいところのある方で——」
私は必死にフォローを入れた。
「でも私には、あなた欲しいもののためには手段を厭わない方に見えます。
マリアンヌ様、どうかお気をつけて!」
リリィはなんだか確信をつくように言い切った。
なるほど確かに、ゲーム内では本来、ロクサーヌさまはリリィの宿敵となる。
これは、いわば主人公の本能なのだろうか……。
私は苦笑いするしかなかったが、ロクサーヌ様はしぶしぶそれを聞き流していた。
こうして数々の騒動はひとまず収束し、みんな収まるところへと収まっていった。
私はロクサーヌ様とともにアスタリスの屋敷へ戻り、ようやく穏やかな日々が戻ってくる——そう思ってほっと胸を撫で下ろした。
* * *
屋敷に戻って数日が経ったある日のこと、ロクサーヌ様がふいにこんなことを言い出した。
「問題が片付いたことだし、私達も単なる婚約者ではなく正式に婚姻を結ばなければならない」
「た、確かに。それもそうですね」
私は思わず心臓が跳ね上がった。
いつかそんな日が来るかもしれないと淡い期待はしていたけれど、本当に来るなんて。
「言っておくが、君に拒否権はないよ」
「えっ、それはどうして?」
拒否するつもりは毛頭ないけれど、自信たっぷりにそう言うロクサーヌ様に、私は首をかしげた。
「以前、君は私に約束をしただろう。本物のマリアンヌではないことを隠していた償いとして、一日だけ私の言うことを何でも聞くと——」
(そうだった……!)
すっかり忘れていた。ロクサーヌ様は、なんだかとても暗い眼差しをこちらへ向けてくる。
「あ、あの……お手柔らかに……」
小声でそう呟いてみたが、彼には聞こえていないようだった。
* * *
自室へ戻ると、私はベッドに身を投げて天井を見上げた。
乙女ゲームの世界に転生してしまった私。
転生早々、破滅エンドを回避しようと奔走したものの、同じく転生者だったリリィに見つかってあえなく断念。ゲーム通りに追放されたと思ったら、今度はラスボスのロクサーヌ様と出会うという、まさかの展開。命の危機だって、一度や二度ではなかった。
__それでもなんとか、ここまでやってきた。
これからも、ドタバタした日常がしばらく続きそうな予感はする。でも——もう少しだけ、この世界を楽しんでみようと思った。
ここまでお読みいただきありがとうございました
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