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異世界戦線  作者: Chira
第一部 新大陸編
2/36

最悪の目覚め?

──ここは、どこだろう。


次に目が覚めると、私は薄暗い部屋の中で仄かに照らされたされた水槽の中にいた。息は…なぜかできる。視界はまだはっきりとしないが、どうやら私の身体は両腕に装着された腕輪のようなもので水中に吊るされているようだった。


普通、何かしらの病気や大怪我を負った時は病院に運ばれるはずだ。それこそ、銃弾を撃ち込まれるような大怪我を負った場合は大きな病院などでないと弾丸の摘出手術すらままならないだろう。私は生来病院に行かずとも済むような軽い病気や怪我しか患ったことはなかったけど、だからこそ、この光景はどう考えたって常識的ではないことぐらいは貴族の私だって理解できた。いくら世間知らずだとしても、私だってそれくらいの常識は持ち合わせている。


そんなことを考えていると体はようやく覚醒し始め、四肢の感覚も戻ってきた。体が動き始めると五感も回復し、思考も明瞭になっていく。


…私は確か、魔道兵になるはずだった。でもその前に、銃で、撃たれて…


「……っ!」


脳が覚醒すると同時に、記憶という名の苦痛が私の心に負った深い傷を抉る。身をよじらせてその苦痛から逃れようとするが、腕が固定されているせいでまるで水の中で溺れているような動きしかできない。肺にはすっかり液体のようなものがたまり、体内に重りを付けられたような感覚はとても不快だ。


…ああ、そうだ。私は殺されたんだ。無防備で無垢な少女を、顔も知らない彼は私が軍服を着ているというだけで殺した。


「…ぁ、あ」


怒りに任せて体を動かしていると体の中から本来ならば存在しないであろう、力と形容するに相応しいものが漏れ出てきた。自分でも制御の効かないその力はやがてそれは水槽を覆う。けれど、私の中から溢れ出した力はその程度で止まることはなかった。私の体と謎の液体と体から溢れる力で水槽は内側から力がかかり、恐らくガラス製であろうそれはギシギシと音を立てながらついにひびが入る。…苦しい、苦しい!


自分は無力ではないのだと示すように踠き続けていると、ついに水槽は内部からの圧力についに耐え切れなくなり、パリンと豪快な音を立てて粉々に砕けた。いや、この規模だとバリンと言った方が適切だろうか。水槽が破裂すると同時に私の体を水中に固定していた腕輪も千切れ、私は久しぶりに地面に足を付ける。飛び散ったガラスの破片が足裏に刺さり、皮膚が裂ける感覚に自然と眉目が寄る。


「はっはっは!いつまで経っても目覚めないので最悪の場合廃棄まで視野に入れていたが、どうやら杞憂に終わったようだな。ご機嫌いかがかな?アレクト君!?」


どうしてこんなところで、そしてこんなことになっているのか状況を飲み込めないで暗黒に包まれた部屋を見渡す。すると、突如として暗闇の先からカツカツと靴を鳴らし、マッドサイエンティストチックな言葉を撒き散らしながら一人の女性がこちらに歩いてきた。両手を広げ、白衣を身に纏ったそれは、狂気に染まった瞳を眼鏡越しにこちらへと向けている。


「元の人間と区別のつかない完璧な肉体、そして、一切魔力の欠落のない完璧な器!君にはそんな完璧な体で私の名誉のために戦場で戦ってもらうことになった。いや、その体は帝国の最高機密中の最高機密なのでね。公にはできないのだが、まあ、そこはせいぜい頑張ってくれたまえ」


「あ、あの…」


「どうしたのかね?ああ、分かるとも。私の名前が知りたいのだろう!?この偉大な主人(マスター)の名をな。私はヴエルフォード。陸軍兵器開発局の局長だ。本来ならばこんなところに収まる器ではないのだがね、十分な資金と物資提供をするからここに居てくれと懇願されてしまったのだよ。そして、私もこんななりではあるが決して薄情者ではない。だから、これは仕方なくだな…」


「博士。アレクト様が困ってる」


一体どうしてそんな堂々と自分語りをできるのだろうと、むしろ感心しつつヴエルフォードの話を聞いていると、後ろからパチリとスイッチが押される音が聞こえてきた。そして、電球は鈍い反応で光を点す。ちらりとヴエルフォードの背後を見ると、奥の扉からまだ十歳にも満たない容姿の少女が入室してきているのが見えた。少女はヴエルフォードのことを博士と呼んだが、その表情と態度からは彼女への尊敬は感じ取れない。面倒くさい上司に渋々敬語を使っている、とでも言った方が正しいだろう。


『ちょっとエル…!折角いい感じの雰囲気になったんだから空気を読んでくださいよ!』


『…普通の魔導人形ならそれでいいかもしれないけど、あんまり羽目を外しすぎるとスポンサー様に怒られますよ。ほら、アレクト様って、あのアレクト様なのでしょう?』


二人の会話はよく聞こえないが、ヴエルフォードが肩を落とし、一方のエルはやれやれと言わんばかりの表情で肩を竦めた。するとヴエルフォードはさっきまでのマッドな雰囲気を脱ぎ捨て、なんとも情けない表情で揉み手をしながらこちらに擦り寄ってくる。


「アレクト様?ひとまず、お着替えと軽食をご用意致しますので、それでよろしいでしょうか?」


「え、ええ。できることなら、着替えはもっと早く欲しかったんですけど」


今の私は丸裸で、それに髪には粘性のある液体が絡みついて重たく不快だ。とにかく、こんな格好をこれ以上他人に見せるわけにはいかない。ベトベトした髪束を弄りながらヴエルフォードを見上げると、彼女は本当に申し訳なさそうな表情をしていた。


エルに引っ張られるようにして更衣室に連れられ、足裏に刺さった破片を摘出した後、シャワーを浴びて謎の液体を洗い落とす。そして、軽く体も温まった後にいくつかのサイズの軍服を試着して一番いいサイズのものを探す。…今ならば、オーダーメイドで作られたアレがとてつもなく贅沢なことをしていたと実感できます。


「やはり、五大貴族の方々ともなると何を着ていても様になりますね」


姿見で服装を確認しているとエルが感嘆したように呟いたが、なんの悪い冗談だろうか。


「お世辞なら間に合っていますよ」


物や言葉などのはっきりと分かる表現より、もっと深いものが欲しい。私が貴族である以上、きっと手にすることができないと分かっていてもどうしても欲しくなってしまう。愛情…とは違うけど、心の奥底から湧き上がるクオリアのようなものが欲しいと思ってしまうのは貴族の私にとっては身に余る贅沢なのだろうか。


更衣室から出てさっきの部屋に戻ると、目覚めた時には気づかなかったが、部屋の中には私が入っていた水槽の他にも得体の知れない実験用の器具が所狭しと並べられているのが分かった。そして窓が一つもない部屋を照らしていた電球のフィラメントはどうやら切れかかっているようで、時折電球がチカチカと点灯と消灯を繰り返している。


「紅茶を用意してみました。お口に合うかは分かりませんが、よろしければどうぞ」


「ありがとうございます」


エルに誘導されてヴエルフォードの対面に座り、彼女の好意、いや、謝意?で用意された紅茶にミルクと角砂糖を投入する。芳醇とは言い難いが、それ確かに紅茶であった。渋みが強すぎるが、たったそれだけでも今の私には生きているという実感を与えてくれる。さっきの奇妙な目覚めと比べると拍子抜けな気もする、何でもない一杯だった。


「…あまりお気には召しませんでしたか」


「そう見えますか?」


「ええ。瞳は直接窺え得るものの中で何よりも饒舌に内心を語りますから」


そんなものなのかな、と首を傾げつつ紅茶に反射する自分の顔を眺める。私の表層心理はこれですっかり満足してしまっているが、本当は今までのようにに堅苦しいしきたりに雁字搦めにされながら、自我を押し殺して生きていたいと思っているのだろうか。…いいえ、まさかそんなことは、万が一にもあり得るはずがありません。


「さて、改めて自己紹介をば。私はヴエルフォードと申します。陸軍兵器開発局の局長ではありますが、まあこれは渋々といった感じです。自分で言うのもアレですが、自分は少しばかり変な科学者ですよ。ええ」


紅茶の煙で眼鏡を曇らせ、柔らかく笑うヴエルフォード。その表情には先程のような狂気の気配は少しもなく、むしろ目元にある隈を除けば美人だと思うこともできただろう。白衣のよく似合う人だ。言ってしまえば、少し細すぎる。


「さあ、エル。貴女も自己紹介を」


「エル・リュエ・フォン・ジウクレヒトです。アレクト様にお目にかかることができ光栄に思います」


エルは最敬礼の角度まで頭を下げ、一歩後ろに下がる。まだ幼女と言えてしまえるほど幼い容姿をしているが、礼儀作法をよく身につけている。きっと相当厳しく躾けられたに違いない。


「あら、エルも貴族だったんですね。でしたら、様付けではなくアレクトと呼び捨てて結構ですよ?」


私はそれに気づかないふりをしつつ、わざと驚いた様子を見せる。そして良かれと思って対等に呼び合おうと提案したところ、エルはブンブンと首を振って断固たる否定の意思を示した。最初は謙虚だなとも思ったが、僅かに怯えているようにも見える表情を見るに、どうやら何か事情があるようだ。


「その、私は名前にフォンと付いていますが、貴族と呼ばれるには卑しい身で…」


「えっと、アレクト様?エルの名誉を守るために一つ付け加えさせていただきますと、家の事情とだけ。その時が来たら、アレクト様にもお話ししようと思っていますが…」


「あら、それは申し訳ありません。私が不用心なばかりに…」


どうやら私は地雷を踏んでしまったようだ。胸に手を当て、目を閉じて少し俯いて謝罪の意を示す。その様子を見たエルは驚いたようにこちらを見上げ、慌てた様子でまた首を横に振った。家の事情…つまるところ、エルは望まれて生まれた子供ではないということだ。家督の継承に関わる面倒な立場に生まれたのか、それとも妾との子なのかはわからないが、大体望まれない子は大抵がそのどちらか。大抵碌な当主でなかった場合がほとんどだ。きちんと第一夫人からてを出さなかったり、卑しい身分の人とそういう中になったり。本当に貴族という人間は自分に甘く、そして倫理観が著しく欠如しています。…ジウクレヒト家、聞いたことがある気もするけど、どこで聞いたっけな?


「アレクト様が謝る必要はありません!これは、私が悪いのですから!」


「そうですか?私はエルがそのように気に負う必要はないと思うのですが」


私はわざとらしく首を傾げて鈍感を装う。エルはそんな私の一挙手一投足を見て困ったように口をわなわなとさせる。…少し、意地悪が過ぎたかな。


「エル、五大貴族の方のお願いに対してそのように断るとは随分と肝が据わっているのですね」


「…!博士、私はそのようなつもりはっ!」


言い寄るエルをヴエルフォードは手で制し、こちらを向いて申し訳なさそうに言う。


「アレクト様。ご厚意はこちらとしても大変ありがたいのですが、今回は何卒、退いてはいただけませんか?」


「こちらこそ、貴族としてあるまじき行動でした。申し訳ありません」


「そう言っていただけると幸いです。それでは、先ほどまでのことは互いに水に流すということで」


ヴエルフォードは張り付けたような笑みをこちらに向けると、紅茶を口につけてティーカップの取っ手を人差し指でくるりと一周させた。


「アレクト様は一度死んでも生き返ることができたならばと考えたことはありませんか?」


ここからが話の本題だということなのだろうか。ヴエルフォードはエルを席に座らせ、真剣な表情で語り始める。彼女が言っていたように瞳はその人間の本心を雄弁に語るのだろう。今のヴエルフォードの瞳は吸い込まれてしまいそうなほどに底が見えない。ここはヴエルフォードの評価を改めるべきなのだろう。本性の見えない貴族よりも貴族らしい人物だと。


「ええ。と言うより、現在進行形でそれを実感しているところです。私、館で撃たれたんです。拳銃で何発も。医療知識は齧った程度しかありませんが、それでもあの状態からこんなに何事も無かったかのような完璧な体が取り戻せるものではないとはわかっています。廃棄、それに器という単語。それらの事実を勘案すれば、なんとなく答えも見えてきますね」


ヴエルフォードはあくまでも無表情を貫きながら感心したようにため息をついた。


「それは、あの演技の内容も真実だと、断定した場合の話ですよね?」


「違うのですか?」


私が満面の貴族スマイルをお見舞いすると、ヴエルフォードは押し黙った。これがブラフという線もあるが、だとすればわざわざこんなな話題を振る理由もない。この沈黙は肯定と受け取っても構わないということだろう。


「魔法なる非科学的な事象が跳梁跋扈する今の世の中ですからね。流れ星に願えば願いが叶ったとしてもなんら不思議なことではありません。それを軍事利用した結果が魔導兵なのですから」


そして、「これ」はそれを最大限活用するための産物。名誉の為に動く、そんな言葉は今の所のヴエルフォードの人物像とは噛み合わないが、あくまで方便の範囲での言葉選びだろう。


…元の人間と区別のつかない肉体。わざわざそんな言葉選びをするということは、私は確実に死んでいる。勿論、あれが何かの冗談だという可能性もあるけど、もしそうだとすれば今の私が五体満足であるという理由にはならない。それと、魔力の軍事利用。これについては私が魔導適性者であるから、どの道私が魔導兵になるということを暗示しているのだろう。そして、私の適性検査の結果は最高のA等級。…あ、分かった。


「…つまり、これは再利用だと」


「再利用とは、なんとも風情がないですね。折角我々は生物なのですから蘇生、若くは復活とでも言いましょうか。素晴らしい考察です。私、そこまで口を滑らせてしまった覚えはないんですけどね」


どうやら、私の推理はおおよそ合っていたらしい。だが、満点というわけでは無いようで、その評価は考察止まりだった。


「率直に言ってしまいましょう。アレクト様は約半年間死んでおられました。そして今日、目覚めたのです。魔導人形(ドール)として。詩的に言えば、復活です。そして、その理由は再利用などという消極的なものではありません。現在の帝国の戦況は非常に劣勢、そして、その中でも魔導兵に関してはまともな連隊を組織することができないほど人的資源の不足が甚だしい。それを改善する為の一手、とでも言いましょうか。私はそれを講じたのです」


解決ではなく改善、それほどまでなのだろうか。いや、それほどまでのことなのだろう。今更、理由はどうあれ一度死んだ人間を弄ぶそうな非道な行いとは言うまい。一度死を迎えたのに地獄から引き上げられ再び命を懸けて戦わなければならないことに憤りを感じる人も少なからず存在するだろうが、それでも大半は二度目の生を望むだろう。私もあれが最期なのは勘弁願いたかったところだ。せめて天寿を全うして死にたい。ましてや、他殺なんかでこの大切な一度きりの生涯を終えるなど、言語道断と言っても過言ではない。


「魔導人形となったとしてもほとんどの人権は適用されます。しかし、一つだけ。予備役に入るまでの期間が少しだけ長いのはご愛嬌ですが。ですが、そちらについてもアレクト様はご心配はなく。貴女様のお体はお父上、リーベルト様が無理矢理買い取りましたから」


曰く、私を魔導人形として復活させる際に、どこからともなくその情報を仕入れてきたお父様は魔導人形となった私を言い値で購入するからとっとと身柄を寄越せと陸軍と政府に言い寄ったらしい。私の身柄を回収したいお父様と、私を貴重な戦力として活用したい陸軍の間で互いに一歩も譲らない交渉の末、私は魔導兵にはなるが可能な限り好待遇で迎える、という内容で決着がついたのだそうだ。全く、本人の知らないところで何と身勝手な。


けれど、お父様のその分かりにくい愛情のおかげで私は使い潰されることなく、こうして人間と何ら変わりのない待遇を得ることができたことには感謝しておきましょう。…また、借りが一つできてしまいましたが。


「そして、アレクト様は今まで作った魔導人形の中で文句なしの最高傑作なのです!ほら、関節が生身の体の時と同じようにスムーズに動かすことができるでしょう?はぁ、いつ見ても惚れ惚れするばかりです。いいですか?…」


そうして、ヴエルフォードに付け入る隙を与えてしまったばっかりに話題は私の魔導人形としての肉体がいかに素晴らしいかということに変わった。魔導人形として初めて私の肉体と精神は完全に同期しているのだとか、魔導人形へ意識を移す際に魔力の欠落が観測されなかったとか。私はすっかり置いてけぼりにされ、少し前から紅茶とお茶菓子を嗜むことに意識を向けていた。途中からヴエルフォードの話は全く聞いていない。というか耳に入ってこない。私がエルに視線を送ると、彼女は溜息をついた。どうやら私の考えていること同じことをエルも思っていたらしい。


「博士、アレクト様が置いてかれてしまっています。それに、今は真面目な話をするのでは無かったのですか?」


「おっと、そうですね。私としたことがうっかり…」


ヴエルフォードはエルから向けられる冷たい視線を回避しながら一度紅茶を口に含み、眼鏡を直して雰囲気を入れ替えた。


「アレクト様には今後数日間陸軍兵器開発局の実験小隊として基本的な訓練を行なってもらい、その後は前線で警備用に運用されるランカラ守備隊の訓練大隊に配属される予定になっています。適性は生前と変わらずA適性。生前と魔力量は変わりありません。むしろ、量はそのままですが質は向上しています。素晴らしいことです。是非とも生き残ってくださいね?そして、生き残った暁には少しばかり私の実験のお手伝いを…」


「博士?」


「…何でもありません。ですから、その怪訝な目つきを止めてください?」


「すいません、いまの戦況はそんなにも劣勢なのですか?」


「劣勢?いや、そこまでではないと思いますが…ああ、そう言えばアレクト様は半年間お眠りになられていましたね。分かりやすくお伝えしましょう。決して、話があらぬ方向に行かぬように心がけて。…ですからエル、その視線を向けるのをやめてください」


ランカラ守備隊が前線?とも思ったが、その疑問についてはヴエルフォードが答えてくれた。どうやら私が眠っていた間に新大陸で帝国軍は相当な劣勢に立たされているらしい。南部ではホドーレ・ナイゼ線まで撤退し、中央はハーデル・ロンバルトを渋々放棄。唯一北部だけは均衡が保たれているが、残念なことに北部戦線にそこまでの戦略的な価値は無い。つまり、総評として私が半年間も寝ている間に帝国は危機的状況に陥ってしまった。もう後には退けない。本当の絶滅戦争の始まりだ。


「まあ、配属されて即刻剣を持って戦えということはまず無いと考えてもらって構いません。流石にそんなことをしているようでは国民からの批判は避けられませんからね」


「それでも、貴重な戦力であるA等級の魔導兵ですよ?上が訓練大隊で遊ばせておくようなことを許すとは思えないのですが…」


魔導兵の中でA等級とは、即ち帝国最強の戦力と言って差し支えないということ。そして私は魔力量だけとはいえ、そんなA等級の魔導兵ということになっている。魔力魔力があるからと言ってそれで何ができるのかは知らないが、既にこれでもかと言うほどの待遇を受けているのだから決して多くあって悪いものではないのだろう。けれど、相応の待遇で迎えられるということは相応の対価を求められているということでもある。訓練中に上官から嫌味の一つでも言われてしまえばいったい私はどうなってしまうのだろうか。家格を保つために正面から反抗しろ、と言われてもそのような傲慢が混ざった勇気は生憎なことに持ち併せていない。


そんな私の心の内を読み取ったのか、ヴエルフォードはやれやれと言わんばかりに肩を竦め、お茶菓子を豪快に噛み砕いた。


「現代において戦争というものはたった一人でどうこうできるようなものではありません。いくら才能があろうと、友軍と連携できなければすぐに非業な死を遂げることになります。もしアレクト様を非難する愚か者がいるとするならば、つまりはそういうことです。ご心配には及びませんよ」


「そうですか。どうやら私は少し、戦記物の読みすぎのようですね」


「いえいえ、そんなことは無いと思いますよ。僅かな魔力量しかないにもかかわらず入隊した志願兵もそのほとんどが身の程をわきまえていない愚か者ですから」


「それは、私も同類だと?」


「さて、それは戦果詳報を通してアレクト様を見てみなければ分からないことです。無論、私はそのような考えは杞憂に終わると考えていますが。くれぐれも、家の目がないからといって羽目を外しすぎないようにと忠告しておきましょう。なに、ただの科学者の戯言です。お気になさらず」


ヴエルフォードの言い方には棘があるが、とりあえずは私が危惧していたことは凡そ杞憂で終わりそうだということが分かった。家…お父様は私が魔導兵として戦場に出ることをどう思っているのだろうか。生前、今も生きているが、その時のお父様からは軍関連のいい話を聞いたことがない。軍、そして軍部とは見栄を張ることしか考えていない貴族の巣窟と言っていたが、その一方でお父様の上司であり、個人的な交友関係もあったレーリッヒ大将のことは素直に褒めていた。腐れ縁だとお父様は言っていたが、お父様のような気性難の人物を上手く扱えると言うことは相当優秀な人なのだろう。…いつか会うことができれば、その時はお父様との出会いなんかを聞いてみましょう。


…同時に、お父様は経験を積むには丁度いい場だとも言っていた。これは私が魔導兵になるのが正式に決定した時に半ば言い訳のように言ったことだが、お父様のことだし、全てが本心ではないということではないと思う。経験と命、それらを天秤に乗せてどちらが重いか?と聞かれたら、流石のお父様でも命の方を選択するというだけで。


「…ヴエルフォード博士、一つだけよろしいでしょうか?」


互いに話す内容も大方話し終わり、この場もお開きになる雰囲気を醸し出してきた頃、それを見計らうようにして今まで沈黙を決め込んできたエルが口を開いた。


「どうしましたか?エル。…私のことを博士ではなくヴエルフォード博士とフルネームで呼ぶときは碌な内容でなかったことが無いような気がしますが」


エルは図星だったようでヴエルフォードの言葉に一度言葉を詰まらせたが、それでも意志は確固なようで、瞳を潤ませたままもう一度言葉を紡ぎ始める。


「博士っ、アレクト様を魔導兵にするぐらいなら、私を魔導兵にしてください!博士も以前言っていたではないですか!私は、魔導人形(ドール)です。容姿がこんなことになってしまったことを博士は憂いているのかもしれませんが、それでもっ…!」


「いけません、エル。そのような考えは止めなさいと私は何度も言いましたよね?」


ヴエルフォードはエルの唇に人差し指に当て、言葉を遮る。


「ええ、憂いていますとも。貴女は確かに私の失敗作です。そして、アレクト様が魔導兵になるのは決定事項です。あまり厳しいことを言いたくはありませんが、いくら上澄みであるC適性とはいえ、身の程を知りなさい。アレクト様はA適性の人間なのです。そのさらに上澄み。無産階級の人間が中産階級になるのと、彼らが上流階級に食い込むのとは大きな違いです。その程度のこと、聡い貴女ならば既に理解しているはずです」


「…はい」


「ですが」ヴエルフォードはエルの唇から指を離し、チラリとこちらを見た。それは同意を求めているような視線で、私はそれにニコリと微笑んで返答する。


「エルの危惧することもよくわかります。そこで、私から一つ提案があります」


「提案、ですか?」


首を傾げるエルにヴエルフォードは頷く。


「代わりとしてではなく、貴女自身も魔導兵になりなさい。アレクト様は貴族なのですから勿論、従兵となる人間が必要でしょう?」


エルはヴエルフォードの言葉に目を大きく見開き、少しだけ前のめりになりながら彼女のことを見つめていた。


「それで構わないとアレクト様も仰っています。日頃から私の身辺の世話を任せていたので問題は無いと思いますが、くれぐれも真剣に行いなさい」


「…っ、はい!」


ヴエルフォードはエルの言葉に満足げに頷き、こちらに向きなおる。けれど、何か不安なことがあるのか、わざとらしく眉を顰め、頬に手を当て考え事のポーズを取る。


「アレクト様は士官と同等の待遇を与えるように言われていましたので元々従兵を付けることは決定事項でした。頼り甲斐のある知人に声を掛けて彼女を後ろ盾とし軍内で存在感を、と思っていましたが、これでは少しだけ予定を変更する必要がありそうです」


「おや、そのような企み事をそう簡単にバラしてしまっていいのですか?」


「いえいえ、これも、予算を獲得するためのパフォーマンスの一環ですから。私の最初の言葉を覚えていまか?精々、活躍してきてください。もちろんお互いの為に。アレクト様は名誉を、私は常時電気を付けられるように電力を優先的に回してもらう権利を。いい取引だと言ってくれれば幸いです」


「それはいいですね。私は頑張って貴女とお父様の手のひらの上で踊ることにします。まさか、差し伸べられる手が二つになるとは思いもしませんでした。こんなに大きなステージで踊るのは初めてです」


双方の不敵な笑みがそんなにも面白かったのか、ヴエルフォードはこちらを見つめて笑い始めた。私もそれが何だか面白く感じられて笑う。お父様が悪く言っていた陸軍にもこんなに面白い人間がいたのだ。案外、どうにでもなってしまうのではないか。


「…おっと、私としたことが重要なことをすっかり忘れてしまっていました」


そして、そんな空気に待ったをかけたもヴエルフォード本人だった。エルも荷造りと車の手配を始めて本当にお開きになるところだったのに、まだ何かあるのだろうか。私は貴族スマイルをそのままに、首を傾げる。


『アレクト様、お分かりかと思いますが魔導人形の技術は帝国の最高機密です。上級将校であっても知らない者がいるほどの。ですから、あくまでも人間として振る舞ってくださいね?外見から正体が露呈するなんてことは万が一にも無いとは思いますが、言動にはご注意を』


先程までの柔和な態度を投げ捨て、真剣な表情でヴエルフォードは私に耳打ちする。彼女の態度の変わりようは春の空模様のようで、体調を崩してしまいそうになる。


『そんなに、なのですか?』


遠回しに「貴族の私に対してよくもまあそんなことを言いますね」と伝えると、ヴエルフォードは瞳を狂気に染め、愉しそうに表情を歪めた。…ほんと、この人の本心は分からないなあ。


「秘密を抱えている人間というものは必要以上に神経質になりますから。私もその例に漏れないということなのでしょうね」


「心配ありませんって。むしろ、そうソワソワしている方が怪しいですから。やましい事がある時ほど、堂々としていればいいのです」


「そういうものでしょうか。…今日は素直に早く眠ることにします」


ずれた眼鏡を直し、ヴエルフォードは冷めた紅茶を一気に飲み干した。ここの紅茶は苦い。気付に熱めで飲むなら問題は無いが、今のようなリラックスしている時には気分を損なわせる。そんなことを考えていると、荷造りが終わったのか大きめのキャリーケースを両手に持ったエルが私に話しかけてきた。


「アレクト様、ひとまず、官舎にお部屋をご用意いたしましたので移動をお願いします」


「分かりました。ヴエルフォード、事態が落ち着いたら日を改めてご挨拶に伺いますね?」


「おや、お礼をしようという腹づもりならばそれはお門違いというものですよ。あくまで、これは私の自己満足のために行ったことですから」


ヴエルフォードは私を微笑みながら見送り、そして二人が階段を上がって外へと出て行ったのを確認すると目に見えて肩の力を抜いた。コキコキと肩を鳴らし、ふと、自分が一人になってしまったことにたいして孤独感を覚えるという半ば異常事態のようなものに内心で驚く。


「勘違い、ですか。残念なことに、私の嫌な予感だけはよく当たるんですよね…」


寂寥感というものはこういうことか、と納得しながらアレクトとの最後の会話を思い出す。あの少女ならば大丈夫だという思いは、確かに存在はしているのだが…


「そんな上手くは、いかないでしょうね」


ヴエルフォードは机に散らばっている書類の山から一つを引き抜き、つまらなさそうに頬杖をついた。


「カリン・セラント、心変わりしたとは聞きましたが、一体、それはどれほどなのでしょうか」

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