第九十一話 あらがう者たち
「ノエルが、国王――、うそ」
オフィーリアは、呟くように言ってマダムクロッシェを見た。彼女に近づいて縋るような目で彼女に手を差し出す。
マダムクロッシェは、眉尻を下げて、
「大丈夫よ。リア、ノエルが望んでやったことじゃないって、みんなわかっているから」
マダムクロッシェは、オフィーリアの震える手を両手で包み込んだ。
食堂の扉をコンコンと叩く音が聞こえた。ロイドが視線を向けた先には、不安な表情で佇んでいるジョーンの姿があった。
「リチャード先生。すみません、――少し、良いでしょうか」
ジョーンの言葉に、リチャードが頷いた。食堂にいる他の者たちも同じように同意の意を表している。
ジョーンは、ノエルに城から助け出されると侯爵家に戻ることなくギルドに滞在していた。
彼は、ギルドで孤児院の子どもたちの世話をしたり、島の平民たちと長い時間を過ごした。彼が城で受けた身体の傷や、兄から長年受けてきた精神的苦痛は、島の住民のやさしさによって徐々に癒されていった。
彼は、食堂内の人間を一通り見渡すと、意を決したようにリチャードの前まで来て口を開いた。
「実は、今朝から小指が勝手に動くんです。」
ジョーンは、右手をみんなに見せた。彼の小指がぴくぴくと痙攣するように動いている。
マダムクロッシェは、ハッとして彼の手を取った。彼の小指にキスを落とす。
「ノエルの意思が色濃く出てる」
マダムクロッシェの言葉に、今度はルークがジョーンの手を取った。ジョーンの手に水魔法をかける。
「ジョーンの壊れた神経に流し込んだノエルの魔力が彼の指を動かしている。」
ルークの言葉に、ロイドが顔を上げた。
「リア、レオンの魔法回路に侵入することは出来るか?」
ロイドの言葉に、オフィーリアは首を傾げた。ロイドは、口早に言葉を続けた。
「リアがレオンに流し込んだ魔力を操作できそうか? レオンの魔法神経に入り込んだお前の魔力を操作して、レオンの火魔法を操ることは可能か?」
彼の言葉に、レオンはすぐにオフィーリアに近づいた。彼の差し出した右の手をオフィーリアは、震えながら取った。
レオンの手を握りながらオフィーリアは、深く息を吸い目を閉じた。
しばらくして、レオンの左の手から小さな炎が揺らめいた。レオンがハッとして、左手に力を入れた。
炎はすぐに消えたが、レオンは驚いた表情をしながら左手を眺めて、
「魔法が勝手に――」
呼吸を荒くしたオフィーリアが、話し始める。
「大変だったけど、ルークが感知したレオンの魔法神経を思い出しながら、そこに意識を集中させて、今度は、そこに魔力を流し込むんじゃなくて、そこにすでにある私の魔力を動かすようにしてみたの。
動かせる魔力が修復した箇所にあるものしかなかったから、炎を出すくらいしか操れなかったけど、もっと、隅々の神経まで私の魔力が届いていたら――」
オフィーリアはそう言って顔を強張らせた。リチャードが難しい顔をしながら、彼女に尋ねた。
「リア、お前、ノエルが魔力をほぼ無意識で操れるようになったと話していたな?」
リチャードの言葉に、オフィーリアは頷きながら、
「子どもたちや、貴族に魔力を注ぎ込んでいるうちに、魔力も増えてそれに繊細なコントロールもできるようになったって、言っていたわ。無意識に呼吸をするのと同じように、魔力を操れるようになったって」
「無意識。それほどまでに――」
ロイドが、拳を握りしめながらリチャードの言葉を継いだ。
「ノエルの体内には、もう既に人の神経と代わりのない程に魔法神経が行き渡ってしまっているでしょう、それを、蜘蛛の毒で浸食して空にする。そこに魔王の魔力を流し込んだら――、ノエルは、魔王の操り人形となる」
イーサンが、悔しそうに顔を歪めた。
「ノエルは、ずっとフォーリーの命令に背いてきた。彼の実験に参加しろというのをずっと拒んでいたんだ。だから、それで、ノエルに言うことを聞かせようと孤児院のこどもたちに毒を仕込んで人質にしたと思い込んでいた。」
そう言って拳を握りしめるイーサン。リチャードが再び話し始めた。
「孤児院の子どもたちや島の貴族に毒を仕込んで、彼らの手足の神経を壊して不自由にしたのは、全部、不自由になった彼らの手足をフォーリーが蜘蛛の糸を巻き付けて自由に操れるようにするためのものだど、わしらは思っていたが――。わしらの推測は、全く違っていたようだ。
ノエルが傷ついた人間のために魔力を使う事をわかっていたから、貴族を集めて毒を仕込んだ。神経に傷を負わせた。
その傷を治させて、ノエルに魔力を使わせて、彼の体内の魔法回路を成長させた。
ノエルが助けたいのはイーサンと子どもたち、その為だけににノエルはフォーリーの仕事を手伝っていた。フォーリーは、それを知っていたから、逆にそれを利用したんだ。
ノエルの魔法神経が完全に成長してしまった今、いつ魔王がノエルを乗っ取ってもおかしくない。」
リチャードの話を聞いていたルークが、思案顔で話し始める。
「魔王の魔力は――、勇者の浄化の力で消すことができるはずだよね。ノエルの魔法神経と人神経に入り込んだ魔王の魔力を――フィー、君の能力で浄化――する。そうすれば、ノエルのふたつの神経はおそらく空の状態になる。彼と魔王の繋がりがなくなれば、彼は、魔王から解放される。」
「でも、人の神経まで浄化したら――、呼吸とか、心臓とか」
それ以上言えずにオフィーリアは、俯いた。マダムクロッシェは、表情を引き締めて、
「リア、これはとても難しい事だけれど、浄化しながら同時にノエルの神経にあなたの魔力を注ぎ込めたら、せめて人神経の最小限でいいの。そうしたら、彼は、助かるわ」
ルークが俯き続けるオフィーリアの手を取りながら、
「フィー、やってみよう。僕も手伝うから、浄化の力を使いながら魔法を操る。それを出来るように、すぐに鍛錬しよう」
時間がないという彼に、オフィーリアは頷いた。二人の周りに、レオン、ロイド、イーサンも集まった。
五人で、無言で頷き合った彼らはそれからすぐに、食堂を後にした。
クレアがパンと手を叩きながら声を上げた。
「さあ、若いのが頑張るってんなら、あたしらも頑張ろう。あいつらがノエルを救うってんなら、あたしらは、その寝たきりの魔王をぶっ倒そうじゃないの。ご先祖様が出来なった仕事をようやく片付ける時がきた」
島の住民を招集だよとクレアは、顔を上げた。クレアと視線を交わしたリアムがゆっくりと頷いた。
キースも足早にギルドへと向かう。
彼らを見送りながらクレアは、
「さあ、島の人間総動員で、ノエルを救って、魔王を倒すよ」
クレアの腕につけられていたブレスレットが凛と輝いた。




