第六十九話 開店前の手芸店と賢者の帰還
手芸店のカウンタ―には、丸椅子が二つあった。ひとつは、ルークが使っている。
オフィーリアは、残りの椅子に腰かけながらルークに笑顔で声をかけた。
「おはよう、ルーク。今朝は、開店に間に合ったわ。」
「フィー、おはよう。もう朝の仕事は終わったの?」
ルークは、作業の手を止めると嬉しそうに微笑みながら尋ねた。
「うん、今日は、アーチャーがリチャード先生の診察を受ける日だから、山には入ったけど、狩りはしなかったの。
この間の狩りで食糧もたっぷり確保できてたから、今日はアーチャーの弓矢の威力を確認して終わりにしたのよ。
レオンが作った聖鋼製の矢じり、一発で蜘蛛を消滅させることは出来なかったけど――、でも、私の雷魔法で蜘蛛を気絶させるのと同じくらいの威力で魔物たちを足止めをすることができたのよ!」
オフィーリアは、心底嬉しいといった表情でルークに報告をした。ルークは、肩の力を抜きながら安堵の表情を浮かべた。
興奮しながらオフィーリアは、身振り手振りを加えてルークに話し続ける。
「アーチャーってすっごく目が良いし背も高いから、私よりずっと遠くを見渡せるし、それにここ数日で、魔物と動物の区別もつくようになってきたらしいわ! アーチャーがいうには島の動物と魔物では、なんか動き方が違うらしいのよ。
それで、アーチャー、魔物だってわかったらすぐにシュッて矢を放って、それで、どこどこに倒れたからリア、お願いって――、本当にすごいでしょう? アーチャーはやっぱり最強だったわ。」
胸の前で両手を握りしめながらオフィーリアは、天を仰いだ。
「フィー、アーチャーがすごいのは、よーくわかったけど。でも――、フィー、君、僕の魔法とか、能力には、そんなに感動したことなんて一度もなかったじゃないか――なんだか、ずるいよ。」
ルークは、目を細めながらオフィーリアに抗議した。
「も、もちろん、ルークもすごいわよ。ぬるぬる魔法も最強よ。あんまり深く考えたらいけないわよ。そ、それより、ルークは、今日もドレスの刺繍?」
オフィーリアは、ルークの手元を見ながら尋ねた。ルークは、不満げな表情をしながらも、ドレスに視線を落とした。
「そうだよ、最近刺繍依頼が多くて、しかもみんな、複雑な模様にしてくれってむちゃくちゃな注文をしてくるんだ。回復薬を作るより時間を取られてるし、肩も凝るし――」
ルークは、作業の手を止めてオフィーリアを見た。肩、揉んでくれる? と上目遣いで尋ねるルークに、オフィーリアは眉尻を下げて彼の肩に手を置いた。
ルークは、思わず頬を緩めた。にやにやとしているルークに、今度は、オフィーリアが不満顔をしながら、
「私の刺繍を指名してくれる人なんて一人もいない。私の薔薇の刺繍、結構複雑ですごいのよ。でも、誰も選んでくれないわ。ルークばっかり、注文受けて――、私だって、納得がいかないわ。ルーク、ずるいわ。」
これでもう大丈夫でしょと、オフィーリアはルークの肩をポンと叩くと彼から手を離した。ルークは、物足りないといった様子でオフィーリアの手を取る。
彼女の手を自身の頬にすりすりと撫でつけるルークに、オフィーリアは呆れた様子でため息を吐くと、それから、はっと顔を上げた。
「――あ、そうだった! 今日は、マリーがテッドとくましゃんを取りにくる日だったわ。いけない、まだ、作業が終わってない。」
オフィーリアは、ルークの手を振りほどくとカウンターの隅に手を伸ばした。
彼女は、茶色のクマのぬいぐるみを手に、
「マリーが失くしたこのくましゃんの片方の目、ようやく新しいのが手に入ったの。雑貨屋のマリアさんのおかげでやっと見つける事ができたわ。――これ、帝国の一部にしか流通していない、貴重なガラス製だったらしいのよ。」
オフィーリアは、ぬいぐるみの傍らに置かれていた小さな紙袋を取り上げながら言った。袋を開けて、そっと小さなガラス球を摘まみ上げた。
珍しそうにしてオフィーリアはガラス球を掲げた、片目を瞑りながら中を覗きこむ。ルークは、刺繍の作業を再開しながらオフィーリアに尋ねた。
「そんな貴重なものが、マリーのくましゃんに――。マリーって、テッドがお世話している孤児院の女の子だろう? まだ、四歳だっけ? マリーって、帝国出身なの? もしかして、テッドみたいに元貴族かな?」
ルークの問いに、オフィーリアはガラス球から視線を離した。
「私も詳しくは、わからないんだけど――、マリー、ギルドの孤児院の前に大きな籠に入れられた状態で捨てられていたらしいの。籠の中で、このくましゃんを抱っこしながらすやすや眠っていたってリチャード先生が言っていたわ。」
「そんな小さい時に――」
ルークは、ため息を吐いた。
オフィーリアは、笑顔を作りながら、
「ま、でも、今はマリーも、テッドも、孤児院の子どもたちはみんな、ギルドの大切な家族だから、大丈夫よ。私たちがみんなを幸せにするの。
それに、マリーもテッドに懐いて孤児院の生活にも馴染んでるし、とりあえず今は、このくましゃんの目を完璧に直すだけ。
私たちには、クレアさんも、マリアさんも――みんないるからね。私、あんまり悩まないわ。ルークも悩んじゃだめよ。みんなに頼って、助け合うのよ。――これも、アーチャーの教えてくれた大人の階段よ。」
俯いていたルークを覗き込むようにしてオフィーリアは、ニヤリとルークに笑って見せた。
ルークは、彼が無意識のうちに握りしめていたドレスの裾から手を離しながら、「やめてよ、フィー。君の大人の階段って本当にひやひやするから」と言って笑顔を返した。
「――あらあら、今日は二人、仲いいのね。」
手芸店の扉を開けながら、マダムクロッシェが店内に入って来た。後ろにはキースとシンシアがいる。
「マダム!」
そう言って笑顔で駆け出したオフィーリアに、マダムクロッシェは両手を広げた。元気よく胸に飛び込んできたオフィーリアを抱きしめたマダムクロッシェは、「リア、元気そうね。良かったわ。」と柔らかな笑みを浮かべた。
「マダム、早かったのね。このあいだキースがここに来たときには、もっとこっちに戻ってくるのが遅くなるって聞いていたけど――、何かあったの?」
心配そうな表情をしているオフィーリアに、マダムクロッシェは真剣表情で、
「実はね。この島の貴族のことで重要な情報を入手したのよ。それでね。リア、貴方にはシンシアと一緒にダニエルの開くサロンに行って欲しいの。」
マダムクロッシェの言葉を聞いたオフィーリアは、マダムクロッシェの肩越しにシンシアを見た。
シンシアは黙って頷いた。




