第六十八話 クレア、再び考察す
「本当に、報酬はいいのかい?」
クレアが尋ねるとマリアとバートは笑顔で頷いた。
「私たちがなんの心配もなく平民街で暮らしていけるのって、初代が遺してくれた街路灯と、――昼も夜も巡回して平民を守ってくれているリアちゃんたち、ギルドのみんなのおかげじゃない。初代の恩義に報いて、リアちゃんたちの力にもなれる絶好の機会だってのに、報酬をもらうなんてできないわ。」
マリアは、そう言いながらオフィーリアを見た。リアちゃん、いつもありがとうと笑顔を見せる。
オフィーリアは、目に涙を溜めていた。
「わ、私もありがとうござます。」
オフィーリアはそう言うと、ルークの手を握ったまま、うるうるとした瞳でマリアを見つめた。
オフィーリアに柔らかな笑顔を返しながらマリアは、オフィーリアの頭を愛おしそうに撫でた。
マリアはそれから凛として、みんなで一緒に頑張りましょうと言い残し、バートと一緒に食堂を後にした。
涙を拭っているオフィーリアに眉尻を下げて微笑んだクレアは、それからレオンとロイドを見上げた。
「さあ、さあ、魔王は待ってくれないよ。お前たちは、捕まえた魔物でお盆の調査を始めな。」
さあ、いったいったと、手をひらひらとするクレアに、レオンとロイドは苦笑しながら、「リア、またあとでな」とそれぞれオフィーリアの頭を撫でながら食堂を出た。
「さて、アーチャー。今日あんたをここに呼んだのはね、あんたに実験台になってもらいたかったのさ」
突然話を振られたアーチャーは、困惑した表情で「俺? 実験台ですか? なんの?」
「あんた、ずっと貴族街にいたんだろう? あんたは、まだ平民街にそれほど馴染んでない。それなのに、ルークの回復薬一つでジョーンのような痣を残すことなく魔物の毒に打ち勝った。大した熱も出なかったじゃないか。シンシアは、この平民街に入り浸ってても、それでも魔物の毒に高熱で苦しんだんだ。」
「でも、俺、高熱出たけど首に痣は残らなかったぞ」
シンシアは、そう言って首を傾げた。クレアは、ニヤリと口角を上げる。
「あんた、一晩中、オフィーリアに抱き着いていただろう」
「あ、確かに」
「恐らくリアの浄化の力のおかげだろうね」
クレアの言葉にシンシアは、納得した様子で頷いた。
「え? シンシア、リアと一緒に寝たの? 抱き着いたって――。ルーク、お前――。」
アーチャーが驚きながら、ルークを見た。
慌てた様子のオフィーリアは、「や、や、やってない。何にもしてないわ!」
「フィー!! また、そのセリフ!! くっそぉおお! キスも、抱っこも、一晩中も、全部、全部、盗られた!!! ぐぬう!! もう、もう、僕、絶対フィーから離れない! 僕だってフィーに一晩中抱き着かれたい!!! キスだって、まだしてない!!」
ルークは、ひしっとオフィーリアを抱きしめた。
「ルーク、あんた――」
馬鹿だねと、クレアが、呆れた表情でルークにため息を吐いた。シンシアとアーチャーも冷ややかな眼差しを向けている。
オフィーリアは、「ルーク、恥ずかしいからちょっと離して」と身を捩っている。やだやだと首を振って抱きしめ続けるルークに、やれやれと首を振ったクレアは、再びアーチャーに向き直った。
「とりあえずこいつらは、ほっときな。話を戻すとね、アーチャー。あんたの毒がなぜそんなに早く体内からなくなったのか、私は、考えたんだよ。それでね、思い出したんだ。テッドが、孤児院の子どもたちが、今、何を飲んでいるか。」
「もしかして、初代白魔法使いが遺した井戸水――」
シンシアが、目を見開きながら言った。クレアは、真剣な表情で頷く。
「そうさ。あの子たち、王女が水を奪ってからずっとあの井戸の水を飲んでいるんだよ。商店の私らは、私らで見つけていた予備の水源を主に使って、足りない分を井戸水で賄っていたけど、あの子たちは、リアたちが毎日井戸水を運んで飲ませてたろう? この島であの子たちが一番、白魔法使いの恩恵を受けているのさ」
「そうか、水か――でも、街路灯はずっと何十年も照らしてくれたけど、――井戸は最近開放されたばかりじゃないですか。」
シンシアは、思案顔でクレアに尋ねた。
「街路灯と違って水は、直接体内に摂取するだろう。あの子たちの料理にも井戸水は使われていた。
あの子らが受けた恩恵のなんていうのかい、濃度みたいなもんが、街路灯とは桁違いなんじゃないかと思ってね。
まあ、これはまだ想像の範囲だから、何とも言えないけど。
で、その話をリチャードにしたらね、彼が、色々と試してみたいって言ったんだよ。
だから、アーチャーあんたにリチャードの診察を受けて欲しい。大丈夫だよ。あんたの身体を切り刻もうってわけじゃないんだ。報酬も、出すよ。あんたの残ってる慰謝料を全部私が肩代わりしてやる。」
クレアは、ニヤリと笑った。アーチャーは、クレアの言葉に一瞬目を見開いたが、すぐに、
「協力はするが、報酬はいらねぇ。俺の慰謝料は、俺が決めて俺がはじめたことだから、最後まで俺の手で返す。」
真っ直ぐとクレアを見つめるアーチャーに、クレアはほうと感心した様子で、言った。
「あんた、なかなかいい男だね。気に入った。じゃあ今度、あんたに、私の商会の仕事を斡旋してあげるよ。ギルドよりもうんと稼げる。それなら自分の手で一気に片をつけられるしね。
――それにしてもリア、あんたの周りにはいい男が群がるもんだ。イーサンやノエルだって頑張ってるっていうし、リアムだっけ? あの厳つい男もなんだかんだリアのことを心配しているようだよ。ククク。ルーク、あんた、うかうかしてると本当にやばいかもしれないよ。」
クレアは、意地の悪い笑みを浮かべて言った。ルークは、顔を真っ赤にしながら、「だから、フィーを野放しにしたくなかったんだよ。でも、もう絶対にフィーから離れないからな!」
ふくれっ面のルークに抱きしめられながらオフィーリアは、力なく笑った。




