第五十二話 勇者と白魔法使いと魔王の逃亡劇
薄暗い通路を、オフィーリアとルークは全力で走っている。
オフィーリアの目の前では、ルークがノエルを背負っていた。ぐったりとして意識のないノエルを支えるルークの両手は、じんわりと光を帯びている。
オフィーリアは、ルークの手元を見遣って一瞬安堵の表情を浮かべたが、すぐにその表情を引き締めて背後に視線を移した。
オフィーリアたちを窮屈に囲っているごつごつとした岩壁には、入口から出口までのその長い道のりを示すかのように、ぽつりぽつりと蝋燭が灯されている。
仄暗い蝋燭に照らされて、無量の小さな影が大きな塊となって這いつくばっていた。蠟燭の光を次々と食い尽くすようにして移動しているその影の塊は、確実に三人を追っていた。
芋虫のようにうねうねと蠕動するそれは、醜い顔を曝した無数の蜘蛛でひしめきあっている。
ノエルを背負いながら移動しなければならないオフィーリアたちの背後には、すでに黒い影が覆い被さろうとしていた。
いとも簡単にオフィーリアの背中を捉えた巨大な黒い塊は、まるで示し合わせたかように一斉に糸を吐き出した。ぬめりを帯びた何万もの糸で三人の四方を囲むと、彼らの退路を断つ。
繭のようにオフィーリアたちを囲んだ白糸の内壁を、数えきれないほどの黒光りした蜘蛛が、カリカリ、カサカサと耳障りな音を立てて移動し始めた。
オフィーリアたちを囲うようにして散らばった蜘蛛たちは、それから一気にオフィーリアたちに襲い被さってきた。
腹部に貼りついている無数の目玉をぐりぐりと動かしながら迫り狂う蜘蛛の大群に、オフィーリアは、左手を突き出して閃光を放った。
鋭い稲妻の攻撃を受けたそれらは、びくと痙攣し、身体を硬直させた。力を失くした蜘蛛たちは、ぼたぼたと落下していゆく。白目を剥いた目を体に纏わりつかせながら、自身が垂れ流した糸の上に次々と折り重なっていった。
息つく暇もなくダガーナイフを振りかざしたオフィーリアは、素早い動きで周囲を巡り、白く覆い尽くされた空間を切り裂いていった。
意識を失って微動だにしなくなった無数の蜘蛛も迷いなく切り刻んでいく。
張り巡らされた糸を一本も残すことなく断ち切り、襲い狂ってきた魔物をひとつ残らず消滅させたオフィーリアは、肩で息をしていた。
ふぅふぅと歯を剝き出しにして威圧するように周囲を見渡し続けるオフィーリアにルークは、
「フィー、ありがとう。もう大丈夫だから。もう、ここいらの魔物は全滅したから。」
オフィーリアの頬に手を当てながらルークは、柔らかい声音で、ありがとうと再度呟いた――。




