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第五十話 シンシアと羽根男

「お前、リアム・バスティオンに権力振りかざしたんだって? 何だったかな? 侯爵令息ごときが、伯爵家当主に盾突くなっだっけ?」


 シンシアは、一人掛けのソファに腰かけながら目の前の男性を睨みつけた。シンシアは、濃紺のジレとトラウザーを身に着けていた。彼の長い髪は、一つに纏められている。


 シンシアは、朝早くにディープ孤児院を訪れていた。


 彼は、目の前で怯むことなく睨み返してくるイーサンに続けた。


「しかも、リアにも酷いことを言ったそうじゃないか。リアムが怒っていたぞ――。」


「シン――いや、アレクサンダー・ベル公爵令息。突然いらしたと思ったら、そんな事ですか。僕と彼らのことです。貴方になんの関係があるのですか?」


 イーサンは、これ以上踏み込んでくるなという拒絶の態度を露わにしながら、腕を組んだ。


「俺の本名知っているのか。さすが帝国(あっち)にいた時間が長かっただけあるな。なら、知っているだろう? (こっち)の伯爵風情が、この俺に盾突くことなんてできないってな。俺がこの指一本動かすだけで、お前の家も、この孤児院もすべて俺のものにできるんだぞ。」


 シンシアは、悠然とソファにもたれ掛かった。


「話を逸らしましたね。しかも、脅しですか? 今さっき、人を脅したと僕を責めていたじゃないですか。怖いなぁ。良いんですか? 僕は、たかだか伯爵風情ですけど、貴方は、天下の帝国公爵様だ。

品行方正が絶対の上級お貴族様が、そんな横暴なことをして、まるであの王女みたいじゃないですか。貴方もいずれ王女みたいに王宮に取り入って権力を振りかざすなんてことになるんじゃないでしょうね。」


 口調は軽いが、いらだちを隠せないイーサンに、シンシアはニヤリと悪戯な笑みを浮かべた。


「そうか、そう来たか。まだあの王女のせいにするのか。あの王女の話を出し続けていつまでも、彼女を祭り上げるきか。

――あの王女は、もう何の力もないのだろう? 王女は、もはや彼女の欲望を暴発させて賢者の思考をかき乱すだけの存在だ。

王宮で未だに暴れているような口ぶりだが、もう彼女は――、地下にでも幽閉しているのか?

しかし、お前も......エグイことをするよなぁ。あの女、お前にどれくらい精神をいじられた。」


「大したことはしていませんよ。あの女の自業自得です。

それに、彼女、何もしなくても一人で自滅する運命でしたから、彼女の両親も、むしろ安堵しているでしょうね。

飼っているだけで害しかなかった王女が、最期に我々の隠れ蓑になれて、無能が少しでも役に立てたんだから。」


 イーサンは、悪びれる様子もなく言い放った。


「飼っている王女の最期か――。」


「そうです。もうじき最期です。ルークより早いかもしれませんよ。」


 イーサンの挑発を気にも留めない様子のシンシアは、ちらりとイーサンに視線を移しただけで話し続けた。


「――だとしたら、貴族街(ここ)の孤児を囲っているのは、王女ではなくお前の意向ということで間違っていないか。」


 意外そうな表情をしたイーサンが、素直に答える。


「そうですね。」


「子どもたちがお前の支配下――。いや、庇護下にあるのは、フォーリーが関係しているのか。」


「もうそこまで知っていたんですね。あれ以降、ロイドや貴方が王宮(あそこ)を探るのを徹底的に阻止してきたはずなのに――、さすがですね。ぜひ、今後の為にもどういう力を使ったのか、教えて欲しいですね。」


「話を逸らすな。」


 シンシアは、イーサンを見据えながら彼を窘めた。イーサンは、肩を竦めるそぶりを見せながら、


「逸らしたつもりはありませんけど、孤児院の子どものことは――、貴方に関係ありませんから話さないだけです。」


「――あの子らの首もとにもあるんだろう? あの痣が」


 それまでソファにもたれ掛かっていたシンシアは、一転背筋を伸ばして、イーサンに真剣な表情で向き合った。


「――そこまでわかって、どうして今更。」


「いや、痣のことを知ったのは昨日のことだ。カールが妹の首筋にある痣を見つけて、そのことをリアとリアムに相談したようなんだ。で、リアは――」


「隠し事をできないですか」


「そうだ。あの痕は、何かの印か? 孤児院の子ども全員にあの痣があるのか? それでお前は、こっちに接触してきたのか? リアが何も知らない無垢な女だから簡単に落とせると思って――、それで俺たちに探りを入れようとしていたのか。」


「そうですよ。あの子たちを助けられるのは、僕だけですからね。こっちの貴族は孤児になんて微塵も興味なんてないんですよ。

少しでも平民の血が混ざっている人間なんて彼らにとっては、ただのごみだ。平民街の人間だって、今回の事が無ければ、この孤児院の存在すらわからなかったはずだ。だって、品行方正が絶対な貴族(あいつ)らがひたすら必死で隠してきた存在ですからね。」


 カールが妹の存在を知ったのも本当に偶然だったんだ――。顔を歪めながら最後は呟くようにしてイーサンは答えた。


 彼の表情からは、それが悔しいのか、悲しいのかはシンシアにも分からなかった。


 イーサンを見たシンシアは、悲しそうな表情を浮かべながら穏やかな口調で尋ねた。


「だったらなんで、急にリアを突き放した。契約中に彼女を口説き落とす自信がなくなったのか? それとも――、お前の大事なノエルが居なくなったからか。」

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