第四十九話 羽根男と勇者の再会
オフィーリアとリアムは、ディープ孤児院の応接室にいる。
オフィーリア、リアム、カールの三人が孤児院に到着した際、院長であるイーサンは外出中であった。カールは院長が戻るまで妹と過ごしたいと、別室に向かった。
残された二人は、侍従の案内で応接室に通されたが、二人は互いに言葉を交わすことなく、無言のまま院長の戻りを待っていた――。
「――フィリア、君とは昨日別れたはずなのに――もしかして僕との最後のキスがそんなに良かった?」
突然聞こえたイーサンの軽い口調に驚きながら振り返ったオフィーリアは、無意識に腰を上げた。
イーサンは、呆然としている彼女を乱暴に抱き寄せた。
冷たい笑顔のまま彼女の目元を撫でたイーサンは、また、以前のように彼女の口元までその指先を漂わせた。
――また、僕のいいなりだね。言いながら、彼女の唇をピンと弾く。しかし、彼の微笑みに温かさはなかった。
「――オフィーリア」
オフィーリアの隣に座っていたリアムが、無抵抗で抱き竦められたままの彼女の腕を取った。リアムの鋭い視線がイーサンに向けられる。
イーサンは、肩を竦めてオフィーリアを手放すと何食わぬ顔で彼らの対面に座った。
「――大丈夫か?」
リアムがオフィーリアを座らせながら尋ねた。オフィーリアは、俯きながら小さく頷いた。
「ディープ伯爵、オフィーリアにこのような態度はやめてもらいたい。」
リアムは、怒りをにじませた声色でそう言ってイーサンを見据えた。
イーサンは、片眉を上げながらふっと鼻で笑い、
「僕は、ディープ伯爵家の当主だ。君は、まだ侯爵家を継ぐ予定であるだけの侯爵令息であろう。君に、私の行動をとやかく言う権限はない。」
「今は、まだ令息という立場であるが、当主としての権限は――すでに私にある。」
リアムは、イーサンに怯むことなく反論した。
「へぇ。権限ね。どれくらい君がその権限とやらを持っているのかは知らないけど、君、まだ、侯爵として伯爵の僕を何とかできるとでも思っているの?
君、リアム・バスティオンだよね。バスティオン家は、王家派だったかな。ワーデンを筆頭にした派閥だね。
王弟――もう彼は、終わりだよ。彼には、何の権限も力も残っていない。だから、彼を支持している君の家の力も、いくら君が侯爵だと喚いても、僕ら――王女派の人間にとっては、無に等しい」
――残念だったね。
イーサンは、リアムに冷ややかな視線を向けて彼をあざ笑った。
「――彼の力がなくなったって、ワーデンさんが、イーサン! 貴方、ワーデンさんは生きているって、大丈夫って言ったじゃない!」
オフィーリアは、たまらず立ち上がりイーサンに噛みついた。
イーサンは、オフィーリアにうんざりとした様子で視線を移した。
「うるさいな。そんなに大声を出さないでくれ。昨日の今日で、のこのこと姿を現したと思ったら、訳の分からない事を言って――。
誰がワーデンが死んだと言った。彼は、生きているよ。無様にね。しがみついてるさ。
僕が言ったのは彼の求心力が、権力が無くなったってこと。
勝手に話を飛躍させないでくれる? こんなことすら説明しなければならないのか。」
――だから嫌なんだよ。平民は。吐き捨てるように言ったイーサンは、オフィーリアを睨みつけた。
オフィーリアは、目に涙を浮かべながらイーサンを睨み返している。
リアムは、イーサンを見定めるように静かに彼を見つめていた。
「――もう面倒だな。たかがキスくらいで、――本当になんでこうなるんだ。」
イーサンは、オフィーリアを見ながらうんざりだよと言って続けた。
「僕も暇じゃないんだ。ただの冗談に本気で突っかかってくる馬鹿の相手をしている時間はないし、意味不明なことを叫んでくる頭の足りない奴を相手にする気もない。
さっさと、本題に移るよ。侍従から聞いた。エミリーだっけ? 彼女は、君たちがどんだけ金を積んだとしても、孤児院から出ることは叶わない。
王女様の意向でね、また、制度が変わったんだ。エミリーは、――彼女みたいな孤児はね、一生この島を出ないでこの国に永遠に仕えることになる。」
イーサンは、淡々とそう言ってからリアムを見遣った。リアムを見るイーサンの口角が上がる。
「――権力争いに負けた没落寸前の侯爵が何と言おうが、この決定は、覆らないよ。残念だったね。」
あざ笑うような眼差しでそう締めくくったイーサンに、リアムが敵意むき出しで唸り声を上げた。
イーサンは、彼の怒気に一切怯むことなくふんとまた鼻で笑うと、今度は、侮蔑の表情を浮かべてオフィーリアを見遣った。
「フィリア、君には、関係のない話だ。王女様が決めたのはあくまで貴族街の孤児のことだからね。平民街の孤児は、まったく関係ない。君ら、平民は、今まで通り、いつ来るかもわからいない魔王だけを恐れて、自分らが与えられている加護を当然のように無駄使いしながら、のほほんと生活していればいい。」
イーサンの瞳にはもうひとかけらの情も残っていなかった――。




