第四十八話 カールの暗い事情
「今朝は、すみません。仕事が終わったばかりで――」
ベッドに腰を掛けながらカールが頭を下げた。ベッドの傍に置かれているテーブルセットには、オフィーリアとリアムが座っていた。
窓からは、弱々しく西日が差し込んでいた。カールの丸まった背中を橙色に染めている。
「仕事って、あの酒場か......騎士団は――、どうする。」
リアムは、いつもよりも柔らかい声音でゆっくりとカールに尋ねた。
「すみません。すぐに金が必要で――、あそこの酒場なら、その日のうちにもらえるんです。」
「金? お前、そんなに金に困っていたのか? どうして――」
オフィーリアは、室内をそっと見回した。
カールの部屋に、めぼしいものはなく、オフィーリアたちが座っている椅子が二脚に、四角いテーブルが一つ。それに、カールが腰かけているベッドのみであった。
それらの家具も、オフィーリアがギルドの寮で使用している者よりもずっと古びていた。椅子もリアムが息をするたびに軋み声を上げるほど、老朽化していた。
カールの鍛錬用の服や普段着は、隅に釘打ちされている縄に無造作にひっかけられている。
「まだお前は騎士としては、見習いであったが、庭師であった時からそれなりの手当てをもらっていただろう。」
「はい。――実は、投資に失敗しまして。」
「投資? どういうことだ。騎士の給金では、足りなかったのか?」
「そうじゃないんです! リアムさんに声をかけてもらって、俺、本当に嬉しかったんです。嬉しくて、リアムさんの期待に応えられるように、頑張りました。それで、騎士職を得たら、迎えにいこうと――」
「迎え? 恋人か? 婚姻の為の資金が必要なのか?」
「違います。妹なんです。腹違いの、もうすぐ5歳になります。今は、ディープ孤児院にいます。」
「ディープ......」
オフィーリアが呟きながら、俯いた。
リアムは、オフィーリアがスカートを握りしめるのを横目で見ながら続けた。
「その妹を孤児院から引き取るために金が必要だったのか? 保証人を雇う為か? それなら――なぜ、私に言わなかった。」
リアムは、カールを見据えた。
「保証人は、必要ないんです。ただ――、イザベラ王女様の意向で孤児院から子どもを引き取る際に、保証金が必要になったんです。
その保証金の金額が、とても高額で、俺が今まで貯めていたものでは全然足りなくて、でも、俺、あいつを早く引き取りたくて。
それで、ダニエル・シーブ伯爵令息の投資話を聞いたんです。俺のような庶子でも投資ができるからと、彼の開くサロンに行ったんです。」
「ああ、そのサロンか――」
リアムは、思案顔で天井を仰いだ。キィと椅子が軋む。
「きちんと説明を聞かなかった俺が悪いんです。投資話ですが、ジョーン・ダムドー侯爵令息が募っていた時の投資話は、ただ帝国の医師の新薬開発に投資して、売り上げの一部を還元してもらうっていう単純ですぐに利益になるものだったんです。
俺、ダニエル様の投資話もそれと変わらないものだと勘違いしてしまって。病気を患われたジョーン様の事業をダニエル様が引き継いだものだったから、同じだと思って――」
カールは、苦しそうな表情で両手を握りしめた。
「ダニエル様の事業は、ジョーン様のとは別のもので、彼のは、ただ投資家と商会の橋渡しをするだけだったんです。」
「橋渡し、ダニエル・シーブは、仲介役だったのか」
「そうです。この契約には、まず初期費用が必要で、ダニエル様に渡航費として投資金の一部を渡すんです。それで、ダニエル様が専用の船をチャーターしてくれて、それで俺ら、投資希望の奴がみんな一緒に帝国に向かうんです。
帝国には投資家を広く募っている商会や、開発者がここと比較にならないほど、たくさんいるらしくて、その彼らとサロンで集まって自由に交渉をする。
それぞれの条件をすり合わせて、それでもし契約が成立したら、俺らがあらかじめ払っていた渡航費も、投資金としてみなされて、それにも利益を上乗せして俺らに返還される。そういう、仕組みだったんです。」
「そんな、投資話があるのか。いや、投資の斡旋か――」
「俺、焦っていて。定員数がとか、早い者勝ちだとか言われて――、ろくに書面も確認せずに、金額も、渡航費だけで俺の溜めていたお金が尽きてしまって――。返金をお願いしたんですが、もう契約をしてしまっていて俺が気がついた時には、もう船も出発していて――、返金不可能だって。」
「――書類は、残っているのか?」
リアムは、眉間に皺を寄せながらカールに尋ねた。カールは、よろよろと立ち上がると、テーブルの引き出しから書類の束を取り出した――。
「――確かに、これを読む限りダニエル・シーブとの契約に瑕疵があるようには見えないな」
「俺が悪いんです。人伝の噂のようなうまい話に、すぐに乗っかってしまって。でも、妹がどんどん窶れていくのを見ていたら焦ってしまって――、っクソっ」
カールは、悔しそうにしてベーっとに拳を打ち付けた。
「エミリーさん、その、そんなに窶れているの? その孤児院の環境が?」
オフィーリアは、ようやく口を開くと苦しそうな表情で尋ねた。
「昼間にしか面会に行けないから、孤児院の実情は分からないんだけど、見た感じは、ここより清潔そうだった。
でも、エミリー、毎回、疲れ切った表情で、眠たそうにしていて――、この間、会いに行ったらあいつ俺との会話の途中で膝の上で寝ちまって――」
「そんなに――」
オフィーリアは、思わずネックレスを握りしめた。
リアムは、オフィーリアが悔しそうな表情をしているのを見ながら言った。
「その孤児院だが――、保証金を払えさえすれば、彼女はすぐにお前の所に戻ってこれるのか?」
はい。と俯きながらカールは答えた。
「わかった、それなら――今から孤児院に行く。」
リアムが立ち上がりながらそう言うと、カールとオフィーリアは泣きそうな表情をしながら顔を上げた。
リアムは、希望を抱いて徐々にその表情を綻ばせはじめたカールと、彼とは対照的に、未だに泣きそうなままの表情のオフィーリアを交互に眺めた。
オフィーリアに視線を残しながら少し眉尻を下げたリアムは、「日が暮れる前に、すぐに行くぞ」と言い、踵を返してドアノブに手をかけた。
彼らが後にした部屋の窓から落ちてくる西日が、ベッドにできたへこみを仄かに照らしていた。




