第四十七話 貴族街の仄暗いところ
「何かあったのか? 目が酷い腫れているぞ――」
リアムは、隣を歩いているオフィーリアを見遣りながら尋ねた。
オフィーリアは重たい瞼でなんとか笑顔を浮かべている。
「――実は、朝まで恋愛小説を読んでしまいまして、それで、その、それの結末が本当に悲しくて......」
リアムとオフィーリアは、貴族街の裏路地を歩いていた――。
リアムは、いつもの騎士服ではなくボタンダウンの白シャツに黒のトラウザーを身に着けていた。
オフィーリアは、淡いブルーのワンピースを着ている。
「――そうか。君がネックレスなど、珍しいな。」
オフィーリアは、イーサンからもらったペンダントネックレスを身に纏っていた。
「はは。リアムさんこそ珍しいですね。私の服装に興味を持つなんて。」
オフィーリアは俯いたままリアムに応えた。
「それは、お前が昨夜突然エルザを訪ねてきたからであろう。私も心配くらいする。――昨日は、ギルドに帰らなかったのだろう? お前を一晩泊めるという旨をケイレブがギルドに伝えにいったと聞いた。」
何があった? とリアムは尋ねたが、オフィーリアはただ首を振って
「エルザさんに借りていた小説があって、悲しいお話の小説で、その続きが読みたくって、どうしても最終回まで読みたかっただけです。エルザさんに迷惑をかけたことは、申し訳ないと思っています。ごめん――。」
オフィーリアは、そのまま無言になった。
「――いや。気にしていない。ただな――。いや、もういい。」
リアムは、歩む速度を上げるとオフィーリアを守るように彼女の前を歩きだした。
オフィーリアは、無言で俯きながらリアムの後を追い続けた――。
「――ここだ。」
「ここが、カールの家?」
オフィーリアとリアムは、古びたレンガ造りの建物の前に来ていた。崩れかけているその建物には、それでも人の気配があった。汚れでひどく曇った窓からは、何かが乱雑に積み上げられている影がみえる。時折影の向こう側で黒い塊がもぞもぞと蠢いていた。
入り口めがけて建物の裏側に回ると、土がむき出しになった小さな空間があった。四角く切り取られたその空間は、歪な形のおんぼろな建物に囲まれていた。
土色の空間に足を踏み入れたオフィーリアは、空を仰いだ。
空には、無数の縄が張り巡らされていた。空間を囲っている建物を繋ぐようにして張り巡らされているそれらの縄は、擦り切れながらもなんとかその形を保っていた。所々に煤けたぼろ布が引っかかっている。
「蜘蛛の巣」
オフィーリアは、天を仰ぎながら小さく呟いた。
淀んだ空気を攪拌するように天空から風が吹き抜ける。今にも切れそうな弱々しい縄の間を突き抜けた風は、オフィーリアの頭上に降り注いた。
据えた匂いがオフィーリアの鼻をかすめる。
オフィーリアは、黙ったまま俯いた。
「――カールは男爵の庶子なんだ。母親も早くに亡くなって。――貴族街では、彼らのような存在はなかったものにされて、このようなところに一生閉じ込められる。」
振り返ったオフィーリアの視線の先には、苦しそうにして顔を歪めるリアムがいた。
オフィーリアは、俯いたままその顔を歪めた――。
「――あれ、リアムだんちょ、りあちゃ、どしたの? ふらりとも、こんなところで......」
オフィーリアとリアムが驚いて振り返るとそこには、顔を真っ赤にして力なく壁にもたれ掛かかっている小柄の男性がいた。




