第四十五話 勇者に群がる厄介な令息たち
「お貴族様が集まる、あの魅惑のサロンに潜入できちゃうのよ。」
オフィーリアは、目を輝かせていた。
手芸店での昼下がり、オフィーリアとルークは店番をしていた。
「潜入って、君、潜入するだけならまだいいけど、また変な男を連れて帰ってきたりしたりはしないでよ。本当に気を付けてね。もうこれ以上君の周りに厄介で見目の良い男たちが群がってくるのは耐えられないよ。」
お前も俺も苦労するよな、困ったご主人様だよなと、ルークはガラス箱をつついた。赤足の蜘蛛は、相変わらず土の上でのんびりとしている。
オフィーリアは、隣に陣取っているルークをちらりと見た。ルークはふくれっ面をしながらガラスの中を眺めている。不満げに口を開いた。
「折角、今度の夜会が中止になりそうだっていうのに......黒魔法使いとの訳の分からない契約だって、ようやくあと少しで終わるってのに、伯爵の次は、侯爵って......君、どれだけ貴族に好かれているんだよ。」
ガラス箱から目を離して天井を見上げたルークは、両手を頭の後ろで組みながらため息を吐いた。ジト目でオフィーリアを見遣る。
「好かれているとかじゃないわよ。リアムが必要なのは、私の強さよ。あと、逃げ足の早さね。彼が必要なのは、戦える人間なのよ。」
お前もそう思うでしょ? とオフィーリアは、ガラス箱に話しかけた。
「サロンに行くだけなのに、戦闘力なんてみじんも必要ないだろ。それに、リアムって――、彼は侯爵だろう? 彼のことをそんな気安く呼んでさ、そこなんだよね。僕が心配なのは。僕が近々死亡予定の王子じゃなかったら......フィー、絶対に君を一人でサロンなんかに行かせないのに。」
心配だよ。と、ルークはオフィーリアの髪に手を伸ばした。彼女の髪に指を絡めて、くるくると弄び始める。
「とにかく、このパニエを早めに改造してしまわないと。このパニエに縫い付けられているレース、こんなに分厚く重ねられると重くって仕方がないのよね。これじゃあ、走れないのよ。このパニエって、スカートをふんわりとさせられればそれで十分だから......パニエの周りのレースをすべて取っちゃいましょう、骨組みだけ残すわ。」
引き出しから小ぶりのハサミを取り出したオフィーリアは、ハサミの先端を器用に操り、レースを縫い付けている糸をすいすいと切っていった。
「――仕方ないのよ。仕事よ、任務なの。これは、正式にリアムがギルドに依頼してきたことだし、それに、私も、カールの事が心配だし――。彼、意外にすばしっこくて、彼と手合わせするの楽しいのよ。」
「今度は、カールって――、誰だよ。もう勘弁してよ。これ以上君の周りの登場人物の名前、覚えられないよ。」
「ぷっ。登場人物って、ルーク、それじゃあまるで小説みたいじゃないの。ない、ない。あ、小説と言えば、今、読んでいる恋愛小説なんだけれどね。その小説で、王子様が、お姫様との大切な初夜に、『君を愛することは一生ない――」
カランというドアベルの音と共に、キースが入店してきた。
「ルーク、久しぶりに姫様を独占か? ――のわりには、仏頂面してんな。あ、そうか、今度は強面侯爵にやきもちか。お前も忙しい奴だな。」
つかつかと歩いてきたキースは、にやにやしながらカウンター前の椅子に腰かけた。
「キース、お疲れ様。王女様の夜会、延期って正式に決まったの?」
オフィーリアは、作業の手を止めてキースに尋ねた。
「その事だが、ちょっと厄介なことになってな。実は、ワーデンと連絡が取れなくなったんだ。」
参ったよといながらキースは、腕を組んだ。
「ワーデン叔父さんと?」
ルークは、驚いた様子でキースに向き合った。
「ああ、そうなんだ。何だかんだ言ってもあの王弟、マダムに毎日のように王女の動向を報告していたんだが、この一週間ぱったりとその連絡が途絶えてな。数日前から王宮内部の情報が全く入ってこなくなったんだ。ワーデンが今、どうしているのかも――。」
「マダムにも視えないの?」
オフィーリアは、心配そうな表情でキースに尋ねた。
「そうなんだ。今朝、ぱったりとワーデンの気配すらもなくなったらしい。例のジョーンやエリザベス、ノエルと同じようにワーデンのことが一切視えなくなったみたいだ。」
ルークは、不安そうな表情をしながらオフィーリアの手を握った。オフィーリアは、ルークの手を握り返しながら、真剣な表情でキースに尋ねた。
「イザベラ嬢のことは――、視えているの?」
「ああ、王女か、まあ、あの女は、感情も、欲望もすべてが激しいからな、視たくなくても、いつも視えているらしいぞ。煩わしい、邪魔だってマダムがいつも嘆いているよ。今朝も、もちろん元気に欲望をまき散らしていたらしい。」
「シンシアも王宮に出入りできていないの? シンシアは、ルークの代わりに王女の世話役をしていたのよね?」
オフィーリアの問いにキースが、難しそうな顔をして答えた。
「シンシアな、それが、あいつ、急に王女の世話役から外されたんだ。シンシアがようやく解放されてそれ自体は、俺たちも喜んでいたんだが、王女の周りに増殖していた彼女の取り巻き令息たちまでも、ぱったりと王宮に姿を現さなくなったようなんだ。それに、シンシアと取り巻きたちが王女の周りから排除されたと同時に、今まで自由に王宮に潜入出来ていたロイドも――。」
「もしかして、イーサンが?」
オフィーリアは、被せるようにしてキースに尋ねた。俯き加減のオフィーリアの視線がほどけたレースに漂う。
「そうだ、奴がことごとくロイドの行く手を阻むらしい。」
キースが、呻るようにして答えた。
「――明日が、最後なの。イーサンと契約の最後に平民街を巡る約束なの。――私、明日、イーサンにワーデンさんのこと聞いてくるわ。絶対にワーデンさんのこと、教えてもらうわ。」
オフィーリアは、レースを眺めながら短く息を吐いた。




