第四十四話 王家の護りとぷるぷるの勇者
「やってくれたな――。」
胡乱な目つきの男性が、堅牢な執務机に片肘をつきながらバリトンの声を響かせた。
エルザの生家、バスティオン侯爵家の執務室。
バスティオン侯爵家の次期当主であるリアム・バスティオンが、執務机を挟んでオフィーリアと対峙している。
アイスブルーの髪色と黒い瞳のリアムは、その逞しい体躯にふさわしい精悍な顔つきをしていた。
リアムの見据える先には、小さく縮こまってぷるぷると震えているオフィーリアがいた。
「えっと、やってしまったとは――、あの、鍛錬のことでしょうか。それとも、私の絵のこと――。」
オフィーリアの視線は、リアムどころか執務机からも外されて、ただひたすらに空中を彷徨っている。
「わかっているのだろう。」
その声音だけで他者を圧倒できるほどにリアムは威厳に満ちていた。
「正直に申しますと、いろいろと思い当たるところが――あり過ぎまして」
全くわかりません、すみません。とオフィーリアは、とにかくぺこぺこと頭を下げ続けた。
「――なぜ、エルザとケイレブの仲を取り持った?」
リアムは、眉間に皺を寄せながら、余計なことをしおってと、地を這うような低音で呻った。
そっちか。と、ほっとしているオフィーリアをよそに、リアムが移した視線の先には、バスティオン侯爵家の鍛錬場があった。
鍛錬場の隅にはベンチがあり、そこでは、エルザとケイレブが笑顔をみせていた。お互いに頬を染めながら楽しそうにお喋りをしているようだ。
「私が、次期侯爵となり彼女と――、彼女を貴族のまま留めようと思っていたのだが――」
リアムの無言で漂わせる威圧感に焦ったオフィーリアは、慌てて口を開いた。
「えっと、それは、ま、ま、マダムと話し合って、話し合った内容は、ちょっと秘密で、なんか、占い? そんな感じで、えと、あ、秘密っていってもばれるんですが、とりあえず? えと――」
リアムは、オフィーリアの雑に並べた言い訳に耳を傾けることなく、窓の外に視線を残したまま続けた。
「エルザが着ているあのドレスも、お前が用意したらしいな。――侍女から報告を受けた。」
エルザは、淡い黄色のドレスに身を包んでいた。彼女の髪はゆるく編み込まれ、ところどころにちりばめられた花模様の髪飾りは、彼女の柔らかな表情とよく合っていた。
「――エルザのあの笑顔、久しぶりに見る。」
リアムは、目を細めて窓の外を眺めながら独り言ちた。
「私が何年努力しても取り戻せなかったあの笑顔を、お前は――。私では、やはり力不足であったのだな。」
ふっと諦めたように笑んだリアムは、それからオフィーリアと目を合わせた。
「エルザのこと、――礼を言う。彼女が本来の姿を取り戻すことができたのは、君のおかげだ。私では、今の彼女の笑顔を取り戻すことは出来なかった。」
リアムの言葉を聞いたオフィーリアは、胸に手を当てながらほっとした様子で肩の力を抜いた。
「あの、全然気になさらないでください。私は、エルザの力になってあげたかっただけですから、お友達に幸せになって欲しかっただけなんです。」
オフィーリアは、先ほどまでの恐縮しきった態度を一変させて、胸を張ってみせた。
「友達の幸せか――」
リアムが、ふっと口角を上げて呟いた。
そうです。お友達、当然です。と調子に乗りながらオフィーリアは、軽い足取りで後ずさりしはじめた。
「では、そろそろ失礼しますね。これから店を開けなくてはいけませんので。」
ステップを踏むように踵を返したオフィーリアの後ろからバリトンの声が響いた。
「誰がもう帰ってよいと言った。」
ぎくりとしたオフィーリアは、おそるおそる振り返った。
「お前には、やってもらう事がある。」
友達の幸せが一番なんだろう――。
オフィーリアが向けた視線の先には、黒い笑みを浮かべたリアムがいた。




