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【本編完結】ドールと呼ばれた公爵令嬢の乱逆  作者: いか人参
最終章 帝国編

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イオンの最優先事項


皇宮に戻った後、イオンはアイカルが目を覚ましたとの知らせを受け、会議室へと向かっていた。一連の出来事に決着を付けるためだ。



ファニスを部屋の外に待機させ、イオン一人で中に入った。

会議室には、青い顔をして直立不動の姿勢を取っている宰相と気に食わない顔をしたアイカルがふてぶてしい態度で椅子に腰掛けていた。




「アイカル皇子殿下、体調にお変わりないようで良かったです。」


彼の意識を奪った張本人が眉を下げホッとした顔で第一声を放ってきた。あまりに白々しい態度に、アイカルは心底嫌そうな顔を向ける。



「どこまで人の神経を逆撫ですれば気が済むんだよ、お前は。茶番はいらねぇんだよ。」


「失礼。ついクセでね。」


イオンは、口元に手を当て、ふふっと優雅な笑みをこぼした。



「お前、そこの宰相に貿易の話を持ち掛けたんだろ。本当にそれだけでいいのかよ。俺の命を取らなくて。またお前の命を狙うかもしれないぞ?」


アイカルは、イオンのことを試すように挑発的な視線を向けた。だが、イオンは相変わらずどこ吹く風である。



「殺したいのは山々だが、アレシアに止められてしまったのでね。」


「はっ。どこまでもお妃様のご機嫌取りかよ。一国の王が笑えるな。そんな甘ったれたことをしていると、命の取り合いですぐ負けるぞ。葬儀の準備でもしといた方がいいんじゃねえか?」


「アレシアだって正当防衛は認めてくれるだろう。君たちが本気で僕のことを殺そうとするなら、それは返って好都合だ。自分の命を守るために仕方なかったと言って殺せば良いからね。僕にとってはそれだけのことなんだよ。いつだってやれるから、利用できるものは生かしておく。王国以外の人間の生死なんて興味はない。」


ゾッとするほど感情のこもっていない単調な言い方であった。関係のない人の命をなんとも思っていないことが窺い知れる。

これは紛れもないイオンの本音だと思ったアイカルは、その底知れぬ恐怖に身体を震わせた。



「貿易の件、アイカル皇子もその話に乗ってくれれば、アレシアに対する殺人未遂は無かったことにしよう。」


「そんなんでいいのかよ…もし俺がこの件を皇帝に伝えたらって疑わないのか?帝国が軍を上げて王国に進軍すればあっという間に国を盗られるぞ。」


「誰が、誰の国を盗るって…?」


「…っ」


イオンの纏う空気が一変した。


すっと目を細め、敵意を込めた瞳で鋭く睨み付けた。彼から発せられる脅威的な圧力に、アイカルと宰相は身を縮こまらせた。それは野生動物の防衛本能に近い反応であった。

圧倒的な力量差を前に、無意識に立ち向かうことを諦め、身を守ることを選択していた。



「勘違いするなよ。帝国内には既に僕の息のかかった人間が何人も潜入している。それも有力貴族や軍の有職者の中に。お前らが攻め込んでくるのなら、その前に内側から侵食してやる。クーデターでも起こせば、他国に構う暇は無くなるだろう。その混乱の中で逆に帝国を乗っ取ることも出来なくはない。」


「そんなこと、一体いつから…いや、出来るはずがない。そんなの無理に決まってる。一代でどうにかなる話では…まさかっ」


「先代は僕よりも野心家でね、色々と手を出していたみたいだから、それを上手く利用させてもらったよ。まぁ、詳しくは教えてやらないけど。だから、王国に攻め入るなんて下手なことは考えない方がいい。どうせ今日のことがバレれば皇帝に殺させるのだろう?であれば、僕の手先となって生き延びたらいい。命は大切にしないと、ねぇ?」


イオンは天使の微笑みを見せた。

何を言っても結局はイオンの手のひらの上で踊らされているだけだと知ったアイカルは、絶望した。


自分もレンブラントと同じように厳しい教育を受け、何度も命の危険に晒され、心無い言葉を言われ、命をすり減らされる想いで生きてきた。それなのに、弟だからという理由だけで継承権を得ることが出来なかった。

自分が今までレンブラントと同じ扱いを受けてきたのは、全て彼の予備として生きるためであった。

そんなことも知らずに、ただ褒めてもらいたい認めてもらいたい一心で直向きに努力してきたのに…


欲が出た。

自分も父や兄と同じように国の頂点に立ってみたいと思ってしまった。一度で良いから、そこからの景色を見てみたかった。


それだけたったのに…


結局自分には何も残らなかった。

レンブラントよりも先に生を受けていたら、こんな惨めな思いをしなくて済んだろうか…


もういいや。




「分かった。その話に俺も乗る。だが、皇帝相手にどこまで話を通せる分からない。そこは文句を言うなよ。」


「ああ、今すぐでなくても構わないよ。レンブラントが皇帝の座を継いだ後でもいい。こっちは急いでないからね。」


イオンは余裕の笑みを浮かべると、アイカルに向かって真っ直ぐに手を伸ばした。



「では、末永く良好な関係を。」

「くそっ」


アイカルは盛大に悪態をつきながらも、イオンの手を取り、投げやりに握手を交わした。




***




「イオン様、アレシア様の件、お許しになってしまって宜しかったのでしょうか…」


会議室の前で待機していたファニスは、部屋に戻るとイオンに尋ねた。

アレシアは今湯浴みをしており、部屋にはいない。



「アレシアが望んでいないことを僕がすることはない。」


ファニスはイオンの返答に険しい顔をした。

イオンの対応に納得がいってなかったのだ。妹のように大切なアレシアに、あのような乱暴な振る舞いをされ、はらわたが煮えくりかえり、感情が収まらなかった。



「しかし、あれほどの悪行、到底許されるものでは…」


珍しくファニスが食い下がった。



「お前の気持ちも分かるが、アレシアに人の死を負わせるのか?」

「それは…」

「僕だって本当は、アイツの四肢を一本ずつ切り落として死にゆく様を笑いながら見下ろしたい。死の直前まで地獄を味わらせてやりたい。だが、アレシアはそんなこと望むわけがないだろう?ぼくはいつだってアレシアのことを一番に尊重する。例えそれが正しくないとしても、彼女が望まない道を選ぶことはない。」


これで納得したかと言うように、イオンはファニスの目を真っ直ぐに見返した。


何もかも理解した上で、アレシアのことを一番に考えるイオンに、ファニスはもう何も言えなかった。

自分はアレシアのことを想っているようで、結局自分自身が憂さ晴らしをしたかっただけだと独りよがりの考えに気付き、内省した。




「出過ぎた真似を、大変失礼致しました。」


イオンのアレシアに対する想いの深さに感服したファニスは、深々と頭を下げた。



「それに、この貿易が上手くいけばアレシアの欲しいものを手に入れられやすくなる。彼女の願いは全て叶えてあげたいからね。そうすれば僕への愛ももっと深まると思うんだ。妻の望むモノを全て与えられる夫というのは素晴らしいと思わないか?アレシアもきっと惚れ直してくれるだろう。ふふふ。帝国には、僕がアレシアに愛されるための道具となってもらおう。」

「・・・」


全てはアレシアのためにと口では言いつつも、最後に出たイオンの私利私欲に塗れた本音にファニスは呆れて何も言えなかった。




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