罠
店に入ってすぐ、見慣れた花が鉢に入った状態で所狭しと並んでいた。中には切花もあり、贈答用に花を包むカウンターも併設されている。
店内奥に進むと、南国に生息していそうな目を引く色彩の強い花から山岳地達に咲く珍しい花まであり、ちょっとした植物園のような雰囲気であった。
「物凄い種類ね…」
アレシアは、一つ一つの花をじっくりと目を通していった。合わせてしっかりと値札も確認し、育てやすく且つ高値で売れそうな花を探した。
「種だと失敗しそうだから、苗と球根を買って帰ろうかしら。クロエ、この辺りの見たことのない花達の苗と球根を購入しといてもらえる?」
「畏まりました。」
クロエは頷くと、上着のポケットから紙を取り出し、アレシアの要望に沿う花の名前を書き連ねた。
「王国には無い花だから、勝手にイオンの名前とか付けて国花としたら高く売れそうじゃない?ほら、この黄色と青のグラデーションのやつとか、イオンの色だから説得力ありそう!ふふふ、これは儲かる匂いがするわ。」
「「・・・」」
アレシアのがめつい金策に、ファニスもクロエも返答のしようがなく黙り込んでしまった。
花で稼ぐイメージがついたアレシアは、二階へ移動した。この階は野菜や果物など食用植物が主となっている。
一階と同様、手前には馴染み深い野菜の苗が並び、奥に行けば行くほど、食べたことも見たこともない新種の野菜が並ぶ。
「これも中々に珍しいわね。高い花は貴族が喜んで買ってくれそうだけど、野菜なら平民も祭りの時とか買ってくれるかしら。王国の食事事情も豊かになりそうね。クロエ、この辺りも一通り持って帰りたいわ。」
「畏まりました。」
さくさくと買い物が進んでいく。
今日は皇族の視察ということで、店に客はいない。警備の都合上、店の者も今は外にいる。そのため、アレシア達は周囲を気にすることなく店内を見て回れているのだ。
「イオン国王陛下の護衛の方!」
優雅にお買い物を楽しんでいると、外にいた憲兵の一人がひどく焦った様子でアレシアの元へと駆け寄ってきた。全速力で階段を登ってきたのだろう。息を切らしている。
「どうかなさいましたか?」
ファニスは背にアレシアのことを庇うと、落ち着いた口調で尋ねた。冷静な口調とは裏腹に、いつでも剣を抜けるように手は腰に添えられている。
「そ、その…国王陛下が暴れ…いえ、大変取り乱しておりまして、我々では手の付けようがなく、代わりに鎮静をして頂けないでしょうか。」
今にも泣き出しそうな顔でとんでもないことを懇願してきた。
ファニスとクロエの二人は視線を交わした。
『これ、罠だと思いますか?』
『正直、今のイオン様ならやりかねないかと…』
『万が一でも、相手を一人でも殺してしまったらさすがにマズいですよね?』
『あり得なくはないですね…』
『そうですよね…』
二人は同時にため息を吐いた。
状況がよく分からないアレシアは二人の顔を交互に眺めている。
「分かりました。私が参りましょう。」
イオンが本気で暴れたらそれを止められる可能性がある者は自分しかいない。例え刺し違えることになっても…と意を決したファニスは自分が憲兵に付いていくことにした。
「ご協力感謝申し上げます。」
また泣きそうな声で礼を言う憲兵とファニスは駆け足でイオンの元へと向かって行った。
外の状況が分からない以上、他に人がいない店内にいた方が安全だと判断したクロエは、このままアレシアと店内を見て回ることにした。
そこには、返り血に塗れるイオンをアレシアに見せないようにするという配慮もあった。
「アレシア王妃殿下!こちらにいらっしゃいましたか!」
予想していない人物の登場に、クロエは舌打ちをしそうになるのを堪えた。代わりに、次から次へと…心の中で悪態をついた。
息を切らしたアイカルは、必死の形相で身振り手振りを交えて大仰に話し始めた。
「こ、この店に、爆発物が仕掛けられていると先程情報が…第一皇子派の過激派が私の命を狙ったものらしい…巻き込んでしまって大変申し訳ありません…」
「詳しい情報をお願いします。」
クロエは、深々と頭を下げるアイカルのことを無視して他に情報は無いかと詳細を尋ねた。アレシアを最も安全に外に出すための方法を頭の中で組み立てる。
「情報ではこの上の階に仕掛けられているはずと…尋問の末、組織のトップが漸く口を割ったようだ。だが、爆発物の詳細は不明で…店の外まで影響が及ぶ場合は、適切に処理をする必要がある…生憎、こちらの騎士達は全員外の騒ぎに出払っており、人手がない。だから私が…」
苦渋の決断を言葉にしようとしたアイカル。彼の言葉の続きを予想したアレシアは、どうすることが正解なのか分からなかった。
同じようにクロエも迷っていた。
本来であれば、主人を連れてこの場から一刻も早く立ち去るべきなのだが、影響範囲が広ければそれは無駄になる。恐らく、火をつければ爆発するタイプの兵器だろうと予測したクロエは、それの撤去をすることが最も安全であるという考えに至った。
「私が上階を見て参ります。アレシア様、大変申し訳ないのですが、お一人で外に出られますか?」
皆の命を救うためとはいえ、自ら主人の手を離すことにクロエは断腸の思いであった。その悔しさに涙が溢れそうになるのをぐっと堪える。
「アレシア王妃殿下のことは、この私が外まで送ろう。貴女の協力に心から感謝を。」
「クロエ!危なくなったらちゃんと逃げるのよ。貴女の命を一番に考えなさい。他の者の代わりに自身を投げ出すことを禁じます。これは命令よ。破ったら、私の専属護衛の任を解くわ。」
「アレシア様…そのような勿体無きお言葉、心より感謝申し上げます。アレシア王妃殿下専属護衛騎士の名に掛けて、御命令を厳守することをここに誓います。」
「頼んだわよ。」
本当は行かせたくなかった。
自分と一緒に早く逃げよう、そう言いたかった。けれど、誰よりも気高い騎士であるクロエに、その矜持を踏み躙るようなことは言えなかった。アレシアは、怖がることなく勇気を持って上階に向かうクロエの後ろ姿を、祈るような気持ちで見送った。
彼女の姿が見えなくなると、アレシアはアイカルの方を向いた。
あまり女性から指示を出すことは好ましくないとされるため、このような緊急事態であっても、アレシアは彼の言葉を待った。だが、一向に動こうとしないアイカルに痺れを切らし、アレシアの方から声を掛けることにした。
クロエが危険を冒して自分の身を護ろうとしてくれているのに、こんなところでもたつくわけにはいかなかった。
「アイカル皇子殿下、私達も外に出ましょうか。」
アレシアの言葉に、アイカルがようやく反応を示した。だが、彼の様子がおかしかった。先程の焦った表情も緊迫した雰囲気も消え去り、ニヤニヤとこの場に相応しくない薄ら笑いを浮かべている。
そのあまりの異質さに、アレシアは恐怖を感じて一歩後ろに下がり、彼から距離を取った。
「アレシア王妃殿下、最期に何か言い残すことはございますか?」
アイカルは、どこまでも爽やかな笑顔でアレシアに向かって言い放った。




