イオンvs宰相
案内された馬車の中には、既に二名の憲兵が待機していた。宰相に促され、イオンは憲兵の隣に腰掛けた。続いて、イオンの向かい側に宰相が座った。
「それで、私に聞きたいこととは何だ?」
イオンは、宰相に向かって凄みを効かせた。美しく整った顔面から発せられる迫力に、立会人の憲兵も姿勢を正した。狭い密室に緊張感が漂よう。
「ええ、その、イオン国王陛下が男達に過剰防衛を働いたとの報告を受けておりまして…一部の者は、何ヶ所か骨を折られて重症との情報も入ってきております。いくら国賓と言えど、このような横暴な真似を国として看過することは出来ず、イオン国王陛下にはしばらく帝国の地に残ってもらうことになるでしょう。」
「証拠は?」
宰相の言葉に、イオンが動揺することはなかった。交戦的な笑みを向け、そこには圧倒的な自信があった。
「ここにいる者もそうですし、他にも何人もの人間がイオン国王陛下の執拗に暴力を振るう様子を目撃しております。追って皆の証言をまとめ信憑性を確認しますが、これだけの目撃者がいては、事実であることに相違ないでしょう。」
「ほう。」
イオンは足を組み直すと、ジャケットの裏に手を入れ、何かを取り出した。
衛兵達は、何か凶器になる物を取り出すのかもしれないと思い、臨戦体制に入りかけたが、杞憂に終わった。武器でないことを視認するともとの体勢に戻ったのだが、宰相だけは、驚きで目を見開き、半開きの口のまま固まっている。
「証拠ならこちらにもあるが。」
イオンは小瓶と言うには小さすぎる、何かの容器と思われるガラス細工を手にしていた。直接手で触れないよう、白いハンカチの上から掴んでいる。それを宰相の目に触れさせるように、眼前で左右に振った。
「そ、そんなものは知らん!」
イオンが何か言う前に、宰相はぞんざいな言葉で自分は関与していないと必死に否定してきた。駆け引きのしがいもない体たらくに、イオンはため息を吐いた。
こんなことすら冷静に対処出来ない小物に足止めをされていると思うと無性に腹が立ってきた。
「これは私のことを襲ってきた男達が使っていた毒だ。まぁ、宰相殿は既にご存知と思うが、これは皇宮の関係者が利用するものと類似している。この入手元を辿れば、男達を動かしてきた黒幕を知ることが出来よう。何人か王国の者がこの国に紛れ込んでいるからな。存外早く辿り着くであろうよ。」
「くっ……」
宰相の顔は一気に土色になり、額には脂汗を掻いている。分かりやすい彼の反応に、憲兵の間にも動揺が広がった。
もしかしたらこれは帝国側が仕掛けたことなのかもしれない…そんな疑心が湧き上がってきた。
「宰相殿、取り引きをしよう。」
イオンは悪魔の微笑みを浮かべた。
天使のように美しい笑顔なのに、彼の背後から黒いオーラが溢れ出ている。その異質さに、宰相は喉が締め付けれるような感覚がした。
「な、何でございましょう。」
イオンの暗殺失敗が明るみに出れば、自分の命が危ない。自分に全ての罪をなすりつけ、国王を殺害しようとした事実は己の死を持って闇に葬られるだろう。
そんなことはごめんだ…なぜ自分だけ責を負わねばならないのだ…
どちらに転んでも地獄が待つのなら、生存確率の高い方を選ぶ。宰相は、イオンなら命を取ることまではしまいと、下手に出ることにした。
顔を引き攣らせながらも、言葉を整えて必死に媚び諂った笑顔を作る。
「王国と貿易協定を結ぶよう上に働きかけろ。どうせ、アイカル皇子が主犯なのだろう?彼の力を使って王国とのパイプを繋ぐこと。それが条件だ。ああ、レンブラント皇子も手を貸してくれるだろう。色々と借りがあるからな。」
「それはっ…」
王国と帝国では国力に差があり過ぎて貿易を交わすことなど通常ではあり得ない。
通貨の価値も異なるため、王国側の輸出を多くされれば王国に丸儲けされてしまう。帝国側が輸出する品目によっては、帝国の技術を奪取される可能性もある。王国にその技術が渡れば、あっという間に同盟諸国に広まってしまうだろう。そんなことをされれば、帝国の持つ価値が下がってしまう。
条件というには、あまりにも王国に有利な内容であった。
「無論、これは強制ではない。断ってもらっても構わないが。」
『構わないが、断ったら毒を仕入れて国王の命を執拗に狙った事実を白日の元に晒してやる』
言外にそう言っていた。
そうなれば、間違いなく宰相の地位を剥奪され、口封じのため極刑に処される。最悪の場合、家族の命も取られる可能性がある。
状況を考えれば考えるほど、宰相に選択の余地は無かった。
「…いえ、その条件、謹んでお受けいたします。」
「話が早くて助かるよ。」
話が終わるや否や、イオンは早々に立ち上がった。
「ここでの話は他言無用だ。詳しい取り決めは、追って書面を送る。条件に反した場合は、そこで終わりだ。無論、お前の命もな。よく覚えておくように。」
「か、畏まりました…」
本当にこの話を守るかどうか分からなかったが、イオンにとってはどうでも良かった。
どうせ、暗殺の件を帝国に抗議したとて握り潰されるに違いない。そうなのであれば、変に罪を負わされなければそれで構わなかった。これでもし貿易の件が実現すれば王国にとって利益でしかない。貿易相手となれば、帝国との無用な争い事は避けられるだろう。すべてが打算の内であった。
宰相との話し合いを終えたイオンは、アレシアの元へと急いだ。
あの場にアイカルがいなかったため、彼が何か仕掛けているのではと気が気でなかった。
ファニスとクロエが付いているとは言え、自分がその場にいないことが不安でたまらなかった。
大丈夫だと自分に言い聞かせながらも、徐々に歩くスピードが速くなり、気付いたら全速力で走っていた。
肝心な時にいつも側にいられない自分に、イオンはキツく唇を噛み締めた。
「アレシア…」




