街中での攻防戦
「すごい活気ね!それに、街中なのに高い建物が多いわ。やはり技術力が高いのね。」
「ああ。ここは帝都で最も人口の多い街だからね。ここは、建築や美術の分野に特出した偉人を多く輩出したことでも有名なんだ。そんな歴史的背景もあり、この街には関連した学校が多くあって、今もなお、ここ一体の建築物の質の高さは群を抜いている。」
夜会の翌日、アレシアとイオンは馬車の中から帝都の街を視察していた。
本来であれば、皇子二人も同行するはずだったのだが、昨日の一件により、レンブラントはこの場にいない。その代わり、アイカルに加え、宰相が案内役として付いてきた。
同じ馬車に4人で乗り、宰相が街中の説明をするつもりが、その役を全てイオンに持って行かれてしまった。的確なイオンの説明に、補足で口を挟むことすら無く、宰相は所在なさげに身を縮こまらせている。
「イオン国王陛下は帝国の昨今の事情にも精通してらっしゃるのですね。」
昨日の件でまだ宰相に対してブチギレているイオンに、亡き者として扱われている宰相に代わり、アイカルが話しかけてきた。
「ええ。周辺諸国の歴史や現代の事情については粗方頭に入っております。我が国のような小国は、他国に学ぶべきことが沢山ありますから。」
「素晴らしい御心掛けですね。それでしたら、実際に街中を歩いてみませんか?皇宮の近衛師団も連れてきておりますし、街中で危険が及ぶことは考えにくいでしょう。自分の足で見て回ることでまた違った見え方が出来ると思いますよ。」
今日は馬車の中から街を視察し、予め許可を取った店で特産品についての説明を受ける予定であった。
急な予定変更に、慎重なイオンは難色を示したが、横から感じる好奇心満載のキラキラ光線に負け、アイカルの提案に乗ることを決めた。
「では、是非に。」
「御付き合い感謝申し上げます。」
イオンに向かって深々と礼をするアイカル。その彼の斜め向かいで、アレシアは小さく拳を握っていた。
彼女が喜んでいることに気付いたイオンは、その可愛らしさに笑みをこぼした。
「ここが街で最も大きい市場です。ここは平民だけで無く、貴族の屋敷に仕える使用人達も買い出しに利用しています。今見えている通路の両側には主に食べ物が、この一本隣の通りには生活用品が、そして更にその隣の通りには土産物や特産物など観光客向けの品が並んでおります。せっかくですから、一番奥から見に参りましょうか。」
頷いたイオンを確認すると、アイカルは近衛騎士を先頭に、目的地に向け前を歩いて行った。その後をイオンとアレシアが続き、宰相は残りの騎士達と共に後ろをついてきた。
「食べ物だけでこれほどの売り場面積って、帝国の規模は本当にすごいわね。しかもどれも異なる食物が並んでる…うちもいつかこんな賑やかな街になるかな。」
「アレシアが頑張ってくれているからね。王国の食卓も次期に豊かになっていくだろう。そのためにも、何か気になる食材を見つけたら王国に持ち帰ろうか。」
「ええ、そうね!出来ればお金になりそうなやつを探し出すわ!」
「ふふふ。良いけど、僕からはぐれないように。手は離しちゃダメだよ。」
イオンの腕ごと、あっちに行ったりこっちに行ったり、先頭を見失わない程度にアレシアは興味のある店を次から次へと除いて行った。
振り回されているイオンは、心底嬉しそうな笑顔を浮かべている。
彼にとって、これは視察でもなんでもなく、アレシアとのデートでしかなかったのだ。
「あ、あの………」
アレシアが店に夢中になっていると、小さな子ども二人に突然声をかけられた。身なりは整っておらず、いつか王国の路地で見た子ども達を彷彿とさせる。
気付いたアレシアが彼らの前にしゃがもうとしたが、目の前をイオンの背中によって隠されてしまった。
「ちょっと、イオン!その子達、何か助けが必要なのかも。話を聞いてあげるくらいいいでしょう!」
アレシアはイオンの背中に文句を言ったが、彼がその場を退く気配は無かった。
「ごめんね。」
イオンは顔だけアレシアの方に向けると、理由も言わず謝罪の言葉だけを口にした。
イオンの行動の意味が分からず、アレシアが彼の背中から子ども達のことを見ようとすると、イオンに腕を掴まれまた背中に隠されてしまった。
イオンは、アレシアのことを背に隠すと、子ども達に向かって笑顔で声を掛けた。
「人と話す時に、ナイフはいらないよね。」
「!!」
イオンの一言に驚愕の表情を浮かべた子ども達は、一目散に逃げ出した。
「え!?なんで逃げちゃったの!!?イオン、貴方一体彼らに何を言ったのよ!」
「うーん、特に何も言ってないんだけどな…僕は子どもに好かれないのかも。」
「好きとか嫌いとかそんなレベルじゃなく…あの逃げ方、尋常じゃなかったわよ。」
「でも安心して、アレシアとの子は目一杯可愛がるから。でも、子どもが生まれても、ぼくの一番はアレシアであることに変わりないからそこは心配しないで。」
「そんなことは聞いてないわよ!!」
話の通じないイオンに、アレシアは息を切らしてツッコミを入れた。だが、相変わらずどこ吹く風のイオン。
子どもを刺客に使うなど、そんな吐き気のする事実をアレシアに知られるわけにはいかなかった。イオンは務めて平然を装った。
「さぁ、そろそろ行こうか。」
改めてアレシアの手を取り、アイカル達の元へと急いだ。
イオンは前を向く一瞬前、平民の姿で雑踏に紛れ込むファニスとクロエに視線を送り、警備強化を指示した。
「そこの高貴なお嬢さん、良かったらうちの自慢のジュースを飲んでいかないかい?」
店主と思われる男性が、店先からアレシアに声を掛けてきた。その手には、フルーツをくり抜いた入れ物に入った飲み物を手にしている。
一応簡素なワンピースを着ているアレシアだが、その美しさは隠しようがなく、イオンと二人でいることに余計に皆の視線を集めてしまっている。
だが、そんなことなどお構いなしに、見たことのないフルーツにアレシアは目を輝かせている。
「まぁ、ぜひ頂きたいわ。」
アレシアが受け取ろうとしたが、手にする前に横からイオンに掻っ攫われた。
「なんでイオンが持っていくのよ!!もらったのは私なのにっ」
「女性にこんな重たいものを持たせるわけにはいかないからね。」
イオンの手から奪い取ろうとするアレシアを片手であしらい、手にした飲み物に口を付けるフリをした後、顔を歪めた。
「これはちょっと…渋みが強くてアレシアは苦手そうだ。店主、悪いけどこれは返す。勿体無いからと言って、決して他の者に飲ませてはいけないよ。」
「はぁ…畏まりました。」
「私も一口飲んでみたかったーー!!!」
入れ物には毒針が、中身には毒が仕込まれていたのだ。店主の反応から察するに、皇族の関係者の指示でイオン達に飲み物を振る舞うようにだけ言われていたのであろう。
市民を利用した攻撃に、辟易しつつも、イオンにとって、目下の課題はアレシアの機嫌を直すことであった。




