狙われるイオン
夜会当日、アレシアは朝から夜会に参加するための支度に追われ、イオンは午前中ファニスを連れ会議に参加していた。
広々とした楕円形のテーブルに座り、その反対側には皇子二人が座っている。皇帝は夜会の準備のため不参加らしい。
そのテーブルから少し離れた場所に、各領域を担当する大臣達が控えており、ファニスは、イオンの背後に立ち気配を消している。
明日の視察の行程及び警備についての確認が行われ、その後は、帝国が現在取り組んでいる政策について各大臣から説明を受ける。王国でも何か取り入れられるものがないかと、感度高く耳を傾けるイオン。
そんな中、長丁場となった会議の席に、コーヒーが運ばれてきた。コーヒー豆は帝国の特産物であり、紅茶よりも親しまれている。
コーヒー特有の香ばしい香りが会議室に広がり、穏やかな空気が流れる。レンブラントとアイカルがコーヒーを口にすると、他の者も次々と口に運んだ。
イオンもコーヒーの香りを楽しみながら口元にコーヒーカップを運んだが、口を付けることはなかった。すぐに気付いたファニスがイオンの手からカップを受け取り、会議室を出て行った。
無礼とも取れるイオンの行動に、大臣達がざわついた。
「失礼致しました。コーヒーに虫が入っており気になってしまいましてね。それにしても、この国は随分と虫が多い。ですが、全て未然に防いでおりますので、どうか使用人を咎めないようにお願いします。」
イオンは、ざわついた大臣達の方を見ることは一切なく、何も言葉を発していないアイカルのことを真っ直ぐに見て穏やかな口調で言った。
そして、無表情を貫くアイカルに、おまけとばかりに最後ににっこりと微笑むと、彼は僅かに眉を顰めた。
初日の朝食に、昨日の昼、そして、今回。毒を仕込まれるのはこれで三回目か。僕のことを毒殺したくてたまらないらしいな。良い加減、僕に通用しないことを理解して諦めれば良いものを。面倒な輩だ。
恐らく、第二王子は僕の国を奪うつもりで、第一皇子はアレシアのことを狙っているのだろう。
それにしても、舐められたものだな。
僕が愛しているこの国を、アレシアが大好きだと言ってくれたこの国を、お前達のいいようになどさせてなるものか。
どうせなら正面から討ちにくればいい。
返り討ちにしてやろう。
イオンは、ファニスが淹れ直したコーヒーに口を付けると、嬉しそうに笑みを深めた。
「帝国のコーヒーはやはり格別ですね。ぜひ王国への土産にしたいものです。」
「ええ、最上級の物を用意させましょう。」
イオンの言葉を挑発と受けとったアイカルは、受けて立つと言わんばかりに、勝ち誇ったような笑顔を返した。
***
「アイカル、アレに毒は効きませんよ。小国とは言え、一国の王ですから、それなりに訓練を受けているのでしょう。あのようなことをしても無駄に相手に警戒心を与えるだけですよ。」
「…俺だって分かってる。少し試しただけだ。」
「そして、アレはかなり腕が立つと思います。」
「何が言いたい?」
「私と共闘しませんか?王妃さえ奪えば、彼の心は簡単に折れる。あれだけ心酔してますからね。今夜の夜会、王妃からアレを遠ざけてください。時間さえもらえれば、私が王妃を奪い去ることが出来ます。」
「その話、乗ってやってもいいが、大した自信だな。勝算はあるのかよ。」
「既に一度揺さぶりをかけていますから。次の機会があれば十分かと。」
レンブラントとアイカルの二人は会議の後、人払いをした部屋で、密約を交わしていた。
***
「アレシア、用意はできたかい?」
皇宮の侍女の手を借りて支度をしていたアレシアの元に、イオンが迎えにきた。
彼は既に用意が済んでおり、式典用の王族の正装を見に纏っている。
「ええ。」
振り返ったアレシアは、いつもと同じように見える金糸の刺繍が入った真っ青なドレスを見に纏っていた。
首元には、今の王国の象徴である、フェントイエローの大粒のダイヤモンドが輝いている。
「なんて神々しく美しい姿…アレシアは何よりも青が似合う。本当に美しい。夜会などで晒すには勿体無いな。このまま王国に帰ってしまいたくなる。そうしようか。」
「またそんなこと言って…」
イオンは、今からでも馬車の用意をと本気の目で後ろを振り向いたが、いつもいるはずのファニスはそこにはいなかった。
「クロエのところか…」
自分で指示したくせに、忌々しげに呟いたイオン。
「今日は、ご令嬢姿のクロエを見れるのよね。楽しみだわ。」
「ああ。クロエにはアレシアの古い友人のふりをしてもらうからね。残念ながら、国賓として招かれる今夜は僕が隣にいられないことも多いだろう。だから、クロエの側を絶対に離れないように。いいね?」
イオンは、真剣な瞳でアレシアのことを見つめた。
熱い視線に身構えるアレシアの首元に手を伸ばし、フェイントイエローのダイヤモンドを手に取ると唇を近づけ、そっとキスを落とした。
まるで、本物の唇にキスをするかのように丁寧に優しく口付けをする様に、アレシアの頬は赤くなってしまった。
「今はこれで我慢しておこう。」
「もうっ!!!!」
イオンはアレシアの反応を見て、満足そうに微笑んだ。




