アレシアとイオンの分断
「イオン国王陛下、宜しければ王国のお話をお聞かせ願えませんかな?皇帝陛下からも学びを得てくるようにときつく言われてましてね。」
国賓として、皇帝と皇后の次にアレシアとのダンスを終えたイオンに、さっそく皇帝の側近である宰相が声を掛けてきた。
「ええ、構いませんが。」
「ありがとうございます。その、出来ればイオン国王陛下と込み入った話をさせて頂きたく…」
宰相は、ちらりと隣に立つアレシアのことを見てきた。その目は、言外にこの場から席を外せと言っている。
「アレシア王妃殿下には、私の妻のミシェルに相手をさせましょう。国が違えど、女性同士盛り上がる話がありましょう。」
宰相の後ろに控える妙齢の女性がアレシアに向けて優雅に一礼をした。
社交の場に慣れているアレシアは、これは断れないやつだと悟り、イオンに対して軽く頷いた。
「アレシア、また後で迎えにいく。」
「ええ、ありがとうございます。」
早々に分断されたイオンとアレシア。
イオンは宰相に連れられ、その場を離れていった。残されたアレシアに、ミシェルが微笑みかけてきた。
「アレシア王妃殿下、わたくしは宰相の妻の、ミシェルにございます。皆さん王妃殿下のお話をお聞きしたいとあちらでお待ちですわ。さぁ、参りましょう。」
ミシェルが手で示した先には、数名の令嬢達が談笑をしながらアレシアの方を見ていた。明らかに好意的ではないその様に、アレシアは呆れつつも、気合いを入れて敵陣に乗り込むことにした。
「まぁ、王国では王族の方も紅茶をお飲みになりますの?帝国では、平民だけですわ。紅茶の方が安価ですもの。」
「帝国のコーヒーは一流品ですの。ぜひ、王国の皆様にも親しんで欲しいですわ。ただ、安くはない品ですので、王国の生活水準に合うと良いのですけれど。」
「王宮では、畑で作物を育てて自給自足の生活をされていると耳にしたことがあるのですけれど、それは本当なのでしょうか…王国は色々と大変なのですわね。」
令嬢達の口から発せられる嫌味の数々。相槌すら打たず、微笑みだけで返しても彼女達の口が閉じることはない。まるで誰かから指示を受けているかのように、徹底して口撃の手を緩めない。
他国の王妃に対する振る舞いとして、あまりに無礼すぎる彼女達に、アレシアは辟易とした。
いい加減黙らせようかとアレシアが口を開きかけた時、レンブラントがやってきた。
「ご令嬢方、少しの間アレシア王妃殿下のことをお借りしても?」
ワインを片手に、爽やかな笑顔で話しかけてきたレンブラントに、皆一斉に頬を赤く染め、恥ずかしそうに頬に手を当てた。
「まぁ、レンブラント皇子殿下!」
「相変わらず、麗しいお姿ですわ!」
「なんて素敵なお姿なのでしょう…眼福ですわ…」
口々に褒め称えてくる令嬢達に、まんざらでもない様子のレンブラントは片手を上げて笑顔を返した。
「「「きゃーーーーーっ!!!!」」」
レンブラントの美しい笑顔に、周囲の女性達からも黄色い悲鳴が上がった。
一体なんなのよ、この茶番は…
アレシアは、口に出さずに呟いた。
「では、アレシア王妃殿下一緒にテラスへと参りましょう。昨日の話の続きをしませんか?」
にっこりと微笑みかけると、また周囲から悲鳴が上がった。
取り囲む令嬢達、羨望と嫉妬の混ざった視線、そして腕を差し出してくるレンブラント。「はい」としか答えようのない状況を作り上げられてしまった。
「まぁ、アレシア王妃殿下、お久しゅうございますわ。」
その時、緩く巻いた金髪をハーフアップにして、ボルドーの華やかなドレスを纏っている美しい女性がアレシアに声をかけてきた。
え…誰…………王国の要人達の顔と名前は全て頭に入っているし、帝国の貴族達の顔と名前も覚えてきた。でもこんな美女見たことないわ………でも、向こうは私のことを知っている風だから、知り合い、なのかしら????
…………………… あっ!!!
クロエのことを失念していたアレシアは、当人だと気付くまで数秒の時間を要した。
「まぁ、クロエラ様、お久しぶりですわ。このような場でお会いできるなんて、とても嬉しいですわ。わたくし、色々と聞きたい話が山ほどありますのよ。」
「ええ、わたくしも久しぶりにアレシア王妃殿下とお話をしたく、少しだけ宜しいでしょうか。」
「もちろんですわ。せっかくの機会ですもの。」
では、と二人でその場を後にしようとしたが、レンブラントが黙って見過ごすわけがなかった。
「申し訳ないが、この国の皇子である私が先にアレシア王妃殿下のことをお誘いしたのだと思うが。」
顔も声も穏やかそのものだったが、空気は冷たく、怒りが満ちていた。絶対にアレシアを逃すものかと、目でそう言っていた。
この男は引きそうにないなと判断したクロエは、平和的解決を早々に諦め、武力行使をすることにした。
まず、ドレスの後ろ側に付いている装飾品の小さな宝石を力づくで布から引き剥がした。そして、その宝石を自分の背中から、レンブラントが手にしているワイングラスのステムを目掛けて後ろ手に投げ付けた。それは見事に命中し、突然の衝撃にバランスを崩したグラスは傾き、近くにいる令嬢のドレスにその中身をぶちまけた。
「「「きゃあああああっ!!!」」」
今度は先程とは違う本気の悲鳴が聞こえた。
どこからどう見ても、レンブラントが怒りに任せてワインをぶっ掛けたようにしか見えない光景に、皆、非難するような視線を彼に向け、辺りは騒然とした。
「遅くなり申し訳まりません。」
アレシアとクロエは、混乱に乗じてテラスまで逃げてきた。
「貴女のおかげで助かったわ!本当にありがとう。」
「勿体無いお言葉にございます。」
クロエは、アレシアにベンチを勧め、自分は彼女の側に立とうとしたのだが、ドレス姿でそれは違和感しかなくアレシアに止められてしまった。
「今日はご令嬢のクロエラさんなんだから、お隣どうぞ。」
「…失礼致します。」
「それにしても、見事な変身っぷりね!最初、あまりにも似合っていて気付かなかったわ。それにしても…」
アレシアは、クロエの姿を上から下までジロジロと眺めた。慣れない姿を見られたクロエは、気まずそうに身体を横に向けた。
「ファニスも大概ね。こんなに自分の色一緒にしちゃって、イオンのこと言えないわよ。」
「い、いえ、これはその、たまたまかと…」
いつになく歯切れの悪いクロエに、アレシアは声に出して笑った。
この時、笑い声に混じって聞こえた微かな足音に、真っ先にクロエが振り向くと、にっこりと微笑んだレンブラントが立っていた。
「ああ、こちらにいたのですね。」
気味の悪い笑顔を浮かべたレンブラントの後ろには、三人の男が控えていた。




