帝国
王国とは様式が異なる上に、壁は全て金で覆われ、その上至る所にダイヤモンドやサファイアなどの希少価値の高い宝石が散りばめられている。
この場にいるだけで萎縮してしまいそうほどであった。
部屋の奥に向けて真っ直ぐに敷かれた赤絨毯の両側には剣を持った近衛騎士達がズラリと並んでおり、その先には黄金で出来た豪奢な椅子に一人の男が腰掛けていた。
男は、権威の象徴である長いマントを肩にかけ、長いヒゲを生やし、真っ黒で艶のある長い髪を低い位置で一つに結い、険しい表情をしている。
「お前が王国の者か?」
低く圧のある声が静まり返る空間に響いた。
返答次第では即刻首を刎ねられてしまいそうなほどの威圧を感じる。
声を掛けられたディノスは、跪いた姿勢のまま更に頭を低く下げた。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。私は、王国でイオン国王の側近を致しております、ディノス・サマラスにございます。王国内のどのような事情にも精通している自負がございます。皇帝陛下のご期待に必ずやお応えしてみせましょう。」
ディノスは僅かに目線を上に上げると、口元だけで笑みを作った。
その答えに、皇帝は満足そうに頷いた。
「王国は秘密裏にクーデターを起こして代替わりしたとの噂を耳にしたが、それは誠か?」
「ええ、事実にございます。これは王宮内でもほんの一握りの人間しか知らぬことであり、王妃も知らぬことにございます。」
「その話、詳しく聞かせろ。」
「仰せのままに。」
ディノスは、イオンが先代を陥れ、武力によってその座を奪ったこと、それを国民には病死と説明していること、それらを包み隠さず詳しく伝えた。
「これは面白い話を聞いたぞ。揺さぶるには持ってこいの機密情報だ。これでより簡単にあの王国を手に出来そうだな。お前はもういい、下がれ。」
「畏まりました。」
ディノスと入れ替わりに、二人の皇子が皇帝の元へやってきた。近衛騎士達は一礼をして、ディノスと共にその場を去っていった。
皇子二人は、皇帝からかなり離れた位置で足を止め、その場に跪いた。
「父上、お呼びでしょうか。」
第一皇子のレンブラントが言葉を発した。
その隣に控える第二皇子のアイカルは黙って頭を下げている。
「お前達、自分たちの国が欲しくないか?」
「自分達に国を?」
突然の言葉に、レンブラントは訝しげな顔をした。皇帝の真意が分からず、反応に困っている。
「サフィックス王国だ。」
「あのような小国、手にしたとて何の意味がありましょう。」
「小国と言えど、あそこは大国に囲まれている。関税で荒稼ぎ出来るだろう。何より、国取りは面白いぞ?人のものが欲しくはないか?」
皇帝はニヤリとやらしい笑みを浮かべた。
「それは誠に興味深いお話にございますね。」
ここで初めてアイカルが言葉を発した。
新しいオモチャを見つけたような、目を輝かせた子どものような顔をしている。
急に乗り気になった双子の弟に、レンブラントは呆れてため息をついた。
「国賓として国王と王妃を帝国に招くことになっている。国王の命は取ってしまって構わんが、王妃は、絶世の美女だという噂だからな、お前達のどちらかにくれてやっても構わん。…そうだな、国王の命を奪い取った者に王妃をと王国をくれてやるというのも一興だな。」
「そのお話、是非私にやらせて下さい。」
アイカルは即答した。
顔には、皇帝と同じ品のない笑みを浮かべている。
「正直私は国取りなど興味はありませんが、王妃には是非一度お会いしたく、彼女を私のものにしても?」
「ああ構わん。側室でも暇つぶしでも好きにすれば良い。」
「では、私もこの話に乗らせて頂きます。」
「絆されるなよ。」
「そこは弁えておりますので、どうぞご安心を。」
レンブラントはにっこりと人好きのする笑顔を向けた。
***
「レンブラント、お前は本当に性格が悪いよな。」
「人のモノを奪い取るというのは楽しいでしょう?それも最も高貴な他国の王妃をだなんて。これはそそりますね。そういうアイカルこそ、王国を自分のモノにするなど、そのような面倒ごと良くやりますね。」
「どうせこの帝国は第一皇子のお前のものになるんだ。俺だって自分の国が欲しいさ。いつか俺が作った大国でお前が皇帝になったこの国をぶっ潰してやる。」
「ふふふ、それは楽しみですね。」
レンブラントは笑いを止めると、すっと真顔に戻り、隣に立つアイカルに冷ややかな視線を投げつけた。
「今回の件、私の邪魔をしたら容赦しませんよ?」
どんな時も誰に対しても丁寧な口調を崩さないレンブラント。その彼がたまに見せる、本気で人を殺しそうな目。その底知れぬ恐怖に、アイカルから強気な雰囲気が消え去った。
「…俺は女には興味がないから好きにしろ。」
「その言葉、信じますよ。」
いつもの穏やかな雰囲気に戻ったレンブラントに、アイカルは安堵の息をついた。




