アレシアの悩み事
アレシアは自分の執務室で机に向かい、気難しい顔をしながら、人差し指で机の上をトントントンと叩き続けている。
いつも思ったことはすぐ口に出し、即行動するアレシアにしては珍しい悶々とした雰囲気を醸し出していた。
主君の姿に、もう少し様子を見るべきかそれともこちらから声を掛けるべきか、クロエは逡巡していた。
本来であれば、臣下とは主君の命を受けて動くもの、そう考えているクロエには難しい決断であった。だが、いつもの晴れやかな明るいアレシアに戻って欲しいと思ったクロエは、迷いながらも声を掛けることにした。
「アレシア様、差し出がましいことを申し上げますが、何かお困り事でしょうか…」
紅茶を差し替えるタイミングで、恐る恐る声を掛けた。
アレシアは机を叩く手を止め、今度は頬杖をつきながらクロエの顔を見上げた。
「ファニスのことなんだけど…」
「えっ?」
予想外の名前の登場に、クロエは思わず素で返事をしてしまった。
てっきり、イオンの愛情表現が激しすぎる或いは愛が重い或いは束縛がキツいといった内容だと思っていたからだ。ファニスの名を出されてしまっては余計に気になる。
「最近私のことを避けるのよ…ほらこの前話してた貴族から投資を受ける話、ファニスに聞こうと思ったんだけど、話し掛けようとすると逃げられる…私何かした??やな感じ。この前なんて、私室まで行ったのにノックをしても無視されたわ…」
はぁーと苛立ちを含んだため息をついたアレシア。
いや、私室を訪れるのはさすがに…ファニス様もイオン様にあれだけ敵視されれば、アレシア様とお話したくても出来ないのでは…?それにしても…このままではファニス様の命が危ない…
アレシアの話を聞き、クロエは顔を青くして本気でファニスの危機を心配している。
臣下の態度に不満を募らせる主君への対応も大事だが、人の命より尊いものはない、とクロエはファニスの味方に付くことにした。
「ファニス様は帝国との件で大変お忙しいとお聞きしております。ですので、私の方から彼に確認し、書類にまとめた上でご報告致しましょう。」
「うーん…私も直接話を聞きたったんだけど…」
「それは…帝国から戻ってきた後にしましょう。」
『イオン様の熱りが冷めた頃に…』
クロエは心の中で付け足した。
「それに、協力してくれそうな貴族、出資してくれそうな金額については、アレシア様の弟君にお尋ねになるのが良いかもしれません。」
「え?ティモンに?」
「はい。名実ともに公爵という最高権威を持ち、人望もあるお人ですから、その人脈も広いことでしょう。」
「なるほどね。分かったわ。さっそくティモンに手紙を出してみる!」
「では、ペンと便箋をお持ちいたします。」
なんとかアレシアの気を晒せることに成功したクロエは、グッと見えない位置で強く拳を握りしめた。
「そういえば、クロエは向こうでは令嬢のフリをするんでしょう?ドレスとか靴とか手持ちある?オーダーメイドは間に合わないかもしれないけど、セミオーダーならまだ間に合うと思うわ。私の分と一緒に仕立て屋に頼む?もちろん、経費で!」
「いえ、私の分はファニス様が見繕ってくれるとのことで…」
毅然としたいつもの口調で言ったつもりが、無意識に尻窄みになってしまい、気まずそうに目を逸らした。
「はっ!!」
「業務の一環です!!」
目を輝かせて口元をニヤつかせたアレシアが何か言葉を発する前にクロエが被せてきた。
王族の言葉を遮ることなど不快極まりない行為であり、国が違っていれば処刑されることもあり得るほどの重罪だ。だが、そんなこと今のクロエは構っていられなかった。
「アレシア様の分はイオン様がお選びになるとそれはそれは大変華やかな笑顔で仰っていましたよ。そろそろお迎えにいらっしゃるのでは?」
「げっ…」
クロエの反撃に一気に立場が逆転した。
いつかのイオンとのドレス選びを思い出したアレシアは顔色が悪くなり、胸焼けまでしてきた気がした。
「アレシア、待たせたね。」
いつもよりも2割増ほど輝く笑顔のイオンがアレシアの執務室に顔を出した。
真っ直ぐにアレシアの元に向かうと、立ち上がらせるように優しく手を取り、そっと自分の胸に抱き寄せた。
「ちょっと!!」
「半日もアレシアと離れていたからね。少し堪能させてくれる?」
イオンはアレシアの肩に顔を埋めると、大きく息を吸い込んだ。そして名残惜しそうに少しだけ息を吐き出した。
「半日もって、午前中は公務をしてるんだから、毎日そうでしょ…」
アレシアの言葉はイオンの耳には届いておらず、彼は嬉しそうにぎゅうぎゅう抱きしめて心を満たしていた。




