アレシアとクロエ②
その翌日もアレシアは昨日と同じ場所にいた。前日と同じ作業を繰り返し行なっている。
稀に、近くを通った衛兵や王宮勤めの者が手伝いを申し出てくれるが、アレシアはその全てを笑顔で断っていた。
これは自分で決めて自分が始めたことだから、他に仕事のある者の手を煩わせるわけにはいかない、と。そして、この作業結構好きなのよと言って笑っていた。
他の者に気安く笑いかけるアレシアのことを、クロエは黙ったまま見つめていた。
畑仕事を始めて三日目の今日、外は生憎の天気で、朝から雨が降っていた。
「後もう少しだったのに…」
部屋で朝食を取り終えたアレシアは、外を見ながら1人呟いた。
雨だからやめておこうかと思ったけど…やっぱりあと少しだから、今日の内にやってしまいたい…ほら、よく見たらそんなに降ってなさそうだし?
私は外套を借りればそれで良いけど、雨の中クロエを立たせておくのはさすがに気が引ける…今日は雨だから休みよって伝えて下がらせようかな。たまにはお休みも必要よ!
うん、そうしよう。
いつもと同じ場所に行くだけだし、バレなきゃ良いのよ、バレなきゃ。
コンコンコンッ
「王妃殿下、国王陛下がお見えでございます。」
ノックと共に、侍女がアレシアに声を掛けてきた。
「は?」
「お通しして宜しいでしょうか?」
「王妃は不在よ。」
そんな戯言を真に受けるはずもなく、イオンは普通に入室してきた。
「おはよう、アレシア。今日は生憎の天気だね。」
どことなく黒い笑みで微笑むイオン。
彼の表情に、企みを見透かされているような気持ちになったアレシアは、視線が泳ぎまくっていた。
「え、ええ、そうね。」
「アレシア、ところで君の今日の予定は?」
「えっと…雨だから大人しく部屋で刺繍…とか?」
「ふふふ、僕のため?出来上がりを楽しみに待っていようかな。」
「いやそれは、その…」
アレシアが口篭った瞬間、イオンの目が光った、ように見えた。
「まさか、この雨の中、外に行こうだなんて考えてないよね?」
「…滅相もございません。」
「ダメだよ、アレシア。身体を冷やしたら風邪を引いてしまう。雨の中の作業は禁止だ。」
「あともう少しだったのに…」
イオンに先手を打たれたアレシアは、唇を尖らせ、顔に悔しさを滲ませていた。
「また天気の良い日に続きをやればいい。毎日頑張る君に、天が気遣って休みをくれたんだよ。今日は1日ゆっくりすると良い。メルクーリ、アレシアのこと宜しく頼むよ。」
「畏まりました。」
ドアの近くに控えていたクロエがイオンに向かって一礼をした。
「ふふ、今日は朝からアレシアの顔を見られたから、良き1日になりそうだ。朝から気分が良い。」
「私は、おかげさまで真逆の1日になりそうよ…」
アレシアの発言は聞こえなかったことにして、イオンは爽やかな笑顔のまま部屋を出て行った。
この中で出来ること・・・
イオンが去った後、今という時間を無駄にしないために、ここで出来ることをひたすら思案していた。
あ…そうだ。この国の食糧事情が気になるから、ちょっと現場で話を聞いてみようかな。
思い立ったアレシアは、早速厨房に向かおうと、クロエに声を掛けた。
が、彼女の反応は芳しくなかった。
「本当に行かれるおつもりですか?あそこは、アレシア様のように、高貴なお方が足を運ぶような場所ではございません。粗雑な場所にございます。どうかお考え直し下さいませ。」
あ、しまった…
主観で発言してしまった。王妃殿下に指図のような真似をしてしまった。
国王陛下にあれほど言われていたのに…自分はなんて愚かな真似を…
クロエは、自分の口を突いて出た言葉に、心の底から後悔をしていた。
先ほどのまでの強気な雰囲気は一切なくなり、顔は真っ青だ。
アレシアからの言葉が怖くて、見上げることが出来ない。俯いたまま、自責の念で小刻みに肩を振るわせていた。
「クロエ」
いつものアレシアよりも低く、静かな怒気を孕んだ声音だった。
「大変申し訳ございません。アレシア様の意向を無視して自身の意見を述べるなど、無礼の極みにございました。臣下としてあるまじき行為をした身、どんな処分でもお受け致します。」
アレシアの威圧に全面降伏したクロエは、きつく目を閉じ、審判が下される時を待っている。
「貴女、私のこと嫌いでしょう?」
アレシアはお茶に誘うような気軽な口調で、クロエにトドメを刺すようなひと言を言い放った。顔には微笑を浮かべていた。




