アレシアとクロエ③
予想だにしていなかったアレシアの言葉に、クロエは身体を強張らせるだけで、何も言えなかった。
そんな彼女を見てため息を吐いたアレシアは、ベルを鳴らして侍女を呼び、紅茶を2つ持ってくるように頼んだ。
テーブルに置かれた2つの紅茶。
アレシアは、目線でクロエに着席を促した。本来のクロエであれば、主君と同じ席に着くなど言語道断なのだが、今は断れる立場になく、促されるままアレシアの向かいに着席した。
アレシアは、優雅な気品のある所作で紅茶を啜った。
「私が王妃らしくないから気に入らない?」
アレシアは単刀直入に尋ねた。
それはどこか弱々しく、寂しそうな声音だった。
「いえ、そのようなことは決して…」
クロエは手元のティーカップに目線を落としたまま、顔を上げることが出来なかった。
主君にこのような言葉を言わせてしまったことに、自分自身のことを恥じていたのだ。
「少しだけ、私の話を聞いてくれるかしら。」
アレシアは、紅茶を一口啜ってから話し始めた。
「私、16年もの長い年月を無駄にしたの。王妃の器として完璧に育てられ、中身は空っぽのまま。自分の好きなことすら分からないの。人としておかしいと思わない?」
アレシアは自嘲気味に笑った。
見たことのない彼女の表情にクロエは驚いたように目を瞬いた。
「でもね、昨年の今頃ようやく気付いたの。自分の意思で自分の人生を生きなきゃ駄目だって。それなのに、私には自分の意思が見当たらなかった。そんな時にね、おう…国王が私に、彼から見たこの国のことを教えてくれたの。現実と、理想と、彼のこの国に対する想いを。それを知って、初めて自分から、私もこの国のために何かしたいって強く思ったのよ。その結果が今の私。私がやろうとしてることは粗方聞いているでしょう?」
クロエは真剣な顔で頷いた。
「王妃の器としてではなく、アレシアとしての自我が目覚めた今、どんなに求められても、もう個を殺して王妃として生きることは出来ない。でも、あの頃よりもずっと、私はこの国のことが好き。国王が大切にしている国だから。」
アレシアは、もう私の話はお終いと言うように、優しい顔でクロエに微笑みかけた。
「だから、クロエには、王妃としてではなく、この国を想っているただのアレシアとして私のことを見てもらいたい。それでも好ましくないと思うのならそれで構わない。何を好ましいと思うかはその人の自由だもの。強制なんて出来ない。」
それは強く意志のある声だった。
一年前まで空っぽだったという話が嘘に聞こえるくらい覚悟を感じる。
「も、申し訳ありません、、アレシア様の想いも知らず、勝手に自分の価値観を押し付けてしまいました…」
アレシアの強い想いを知ったクロエの目には、溢れる出る複雑な感情が涙となって現れていた。
自分は、上辺しか見ていなかった…勝手に自分の物差しでアレシア様のことを見ていた。
目の前のお方がこんなにも、この国のことを愛して下さっていたというのに…本当に私は馬鹿なことをした。
自分は、こんなにも国を想うお方に仕えていたというのに…気付くのが遅過ぎた。
「こんなにも国のことを想ってくださって、想うだけじゃなく行動にも移されていて、わけ隔たりなく皆に接してくださって、、こんなに素晴らしいお方のことを私は、勝手に王妃という枠にはめようとしておりました…申し訳ありません。」
「まぁ、こんな私だから不安にもなるわよね。公式の場であれば、ちゃんとするから安心して。10年以上王妃教育を受けた身だから、やろうと思えば完璧に振る舞えるわよ。」
いつものアレシアの口調に戻っていた。
「不敬を働いたこと改めてお詫び申し上げます。此度は誠に申し訳ございませんでした。この罪、どのようにして償えば宜しいでしょうか。」
「え、別に何もしないわよ。」
即答だった。
元々腹を割って話したかっただけのアレシア。相手を罰することなど微塵も考えになかった。
話し合って互いに悪いとこ直して、ハイ仲直り!という幼な子レベルの考えでいたのだ。
「え?いえ、そういうわけには…」
「だってほら、私たちもう仲直りしたでしょう?貴女が私のそばにいることをもし望んでくれるのなら、私にはそれが1番よ。」
「そのような寛大なお言葉…誠にありがとうございます。心を入れ替え、アレシア様のお望みを叶えるべく、精一杯仕えさせて頂きたく存じます。」
「あっ!!」
アレシアはテーブルに手を付いて椅子から立ち上がり、窓の方を見ていた。
「どうかされましたか??」
「雨が上がったわ!畑に行きましょう!今日作業出来れば、明日から苗入れが出来るわ。」
「ええ、参りましょう。」
クロエは、アレシアのひどく嬉しそうな声に自然と笑みが溢れていた。
それは、彼女が初めて見せた笑顔だった。
雨上がりの空には大きな虹がかかっていた。




