王妃からの挨拶
「アレシア、僕の直属の部下達も交えて、今後の方針について話をしておきたいのだけど、その前に君のやりたいことについて、少し話を聞かせてもらえないかな?」
鶏小屋から執務室に戻って来たアレシアとイオンは、向かい合って座っていた。
二人の前にはファニスが淹れた紅茶が置かれている。
アレシアはあの日から邸に帰らず、用意してもらった王宮内の自室に滞在しているのだが、鶏の乱のせいで忙しく、まだきちんと話が出来ていなかったのだ。
「まずは、鶏と野菜を育てたいわ。あとは池を作ってそこで魚も育てたいの。その次は、牛ね。タンパク質は大事だから。あとは…」
「えっと…何の話かな??」
さすがのイオンも、アレシアの口から出る突拍子もない言葉達に困惑の色を隠せなかった。
アレシアは、子どもたちに無料提供するための食料を作り出したいこと、無料で運営する仕組みの素案、それが上手くいったら次は学びながら働ける場所を作りたいという話を説明した。
「うんうん、なるほどね。」
話を聞いたイオンは、アレシアの話を咀嚼するかのように、何度も頷いていた。
「とてもいい考えだと思うよ。さすがは僕のアレシアだね、斬新な視点を持っている。急ぎ、畑と池を作らせよう。ああそれと、アレシアがこの計画を進めるためには、補佐が必要だね、ファニス。」
「畏まりました。アレシア様の手足となって動く有能な人材且つ護衛も担える者を早急に手配致します。もちろん女性で。」
イオンは満足そうに頷いた。
「えっと…至れり尽くせりの私が言うのもなんだけど、これ職権濫用過ぎない??」
「きっかけはどうであれ、結果さえ出せば誰も文句は言わないよ。僕はこの手のことで外したことがないから安心して。それに、愛する妻の希望を叶えてやるのは夫の務めだからね。」
「結果ね… ええ、自分から言い出したことだもの、実現させて軌道に乗せてみせるわ。誰にも文句なんて言わせないんだから!」
アレシアは、イオンの口説き言葉を見事にスルーし、ひとり奮起していた。
「ふふ、奮闘する妻を隣で応援する夫っていうのも悪くないね。いつでも僕が側にいるよ。」
イオンも負けじと妻と夫を強調して応戦したが、その威力は皆無だった。
イオンが事を起こしてから2日、王位を継いだことはまだ公にしていない。
このことを知るのは、王宮の中心で働いている、イオンに忠誠を誓った者達だけだ。
成人の儀に参加していた者も、司祭を含め皆イオンの部下が成りすましていたため、そこから情報が漏れることもない。
今は、雀たちを使い、貴族たちに向けて『国王陛下は隠していた持病が悪化して急に倒れたらしい。今はイオン王子が代わりに公務をされていて、王宮は大変なことになっている』という噂を流してもらっている。
王位を引き継ぐ前から、何もしない国王の代わりにイオンが実務のほとんどを代行していたため、混乱はない。
人が苦労している噂話は回りやすいため、敢えてこの内容にしたのだ。
多忙を極めるのは、公表した後だ。
そのため、イオンは公表前の段階でアレシアを王宮に呼び寄せたのだ。
そして今、この国にとって最も重要な今後の話をするため、会議室にイオンの部下達が10名ほど集まっていた。
皆席には座らず、起立した状態でイオンの登場を待つ。
遅れること数分、イオンがアレシアを伴って会議室にやってきた。その後ろには当たり前のようにファニスが控えている。
イオンとアレシアの登場に、皆最敬礼の姿で迎えた。
「皆に僕の妻、この国の王妃となったアレシアを紹介する。彼女もこの国の現状に胸を痛め、共に良くしていこうと決意してくれた。そんな心優しい彼女に、皆も敬意を持って接するように。」
言い終えたイオンはアレシアに視線を移し、発言を促した。
王妃として何かひとこと言えってことね、、勝手に王妃にさせられたアレシアです、どうぞ宜しくって言ってやりたいわ。
まだ根に持っているアレシアは、内心不穏なことを考えていた。
だが、その心の内とは裏腹に、彼女は完璧だった。
王妃となった今、目下の者にカーテシーをすることは出来ないため、アレシアは一瞬だけ目を伏せて下を向き、礼の代わりとした。
彼女は目の前にいる一人一人と目を合わせてから優雅に微笑んだ。
「初めまして、アレシアでございますわ。皆様も突然のことで驚かれましたでしょう。でも、わたくしも、この国を良くしたいと心から思っておりますの。皆様と同じですわ。だからどうか、同じ志を持つ同志として接してくださいまし。」
アレシアは更に笑みを深めた。
天使のような邪気のない微笑みで、天使のようなことを言うアレシアに、皆心を打ち抜かれた。
ざわつく心を押さえつけるように、袖や上着の裾などを握りしめている者もいる。
「おい」
そんなほわほわした空気の中、イオンの低い声が会議室に響いた。




