会議
イオンの低く冷たい声に、一瞬で場の空気が重たくなった。
アレシアの可憐な姿につい浮かれてしまった者達は、イオンの迫力と圧力に冷や汗が出まくっている。
緊張感の走る中、この場を救ったのは、やはり天使だった。
イオンの方を向き、なにか声を掛けようとしてくれている雰囲気に、皆期待の眼差しでアレシアのことを見る。
「ちょっと、そんなに怖い顔したら皆に嫌われちゃうわよ。」
アレシアは、普段の口調のままイオンに話しかけた。
『『『は!?思っていたのとなにか違う!』』』
彼女の本性を知らない全員の心の声が重なった。
「君さえいれば、僕は誰に嫌われようとも気にすることはない。」
イオンの空気は途端に柔らかくなり、蕩けるような笑みをアレシアに向けた。
「いや、少しは気にしなさいよ。周囲からの好感度も大事だと思うわ。」
「僕にとって、君からの好感度より重要なものはないのだけど。」
「私は嫌われ者の王様なんて嫌よ。」
目の前で繰り広げられる、イオンがやや劣勢のやり取りに驚き過ぎた部下達はもはや、心の声すら出なかった。
皆、表情こそ変えないものの、見事に固まっている。
「さて皆様、会議を始めますよ。今日は重要な議題が多いですから。まずは、今後の方針について、国王陛下からお話がございます。」
ファニスの声掛けで、本来の目的を思い出した各人は、イオン達が席に着くのを待ってから着席した。
この場を救ってくれたのは、天使ではなく、頼れる側近であった。
イオンは、カチリと為政者の顔に切り替えて、本来の話を始めた。
「お前達には通達済みだが、1週間後に僕が王位を継いだこと、アレシアが王妃になったことを公表する。現在、先代の病状は芳しくなく、もって今日明日だろうと言われている。これは、本人も僕ら何年も前から覚悟してきたことだ。今悲しむことはしない。」
イオンは、事実を隠した。
もちろん、部下達にもアレシアには絶対に言うなと箝口令を敷いた。
一歩間違えれば重罪人になってしまうこの事実に、アレシアを巻き込むわけにはいかなかった。
「今すべきことは、この国を混乱させずに、統治の基盤を固めることだ。そのためにも、先代の残した負の遺産を片付けていかなければならない。不当な扱いを受けている者の処遇改善及び、不正を働いて金銭を得ている者の処罰を早急に行う。その上で、平民の生活の向上をはかる。今の王政は貴族に寄りすぎているからな。ディノスとエリックは引き続き諜報活動を頼む。」
「御意の通りに。」
「畏まりました。」
名を呼ばれた二人は、それぞれ頭を下げた。
二人とも歳の頃は同じ、イオンよりやや上である。
ディノスは王宮内の情報に精通しており、エリックは、貴族社会に精通している。
二人が集めた情報をファニスが精査し、イオンへ報告を上げており、彼らはファニスの部下という扱いだ。
「平民の生活向上の件は、アレシア、君に頼んだ。君が考えた案を実現させよう。メルクーリ、アレシアのことを宜しく頼むよ。」
名を呼ばれて立ち上がったのは、金髪の美女だった。
「国王陛下、畏まりました。」
彼女は、アレシアの方を向き、その場で跪いた。
「王妃殿下、私はクロエ・メルクーリと申します。国王陛下の命により、王妃殿下の秘書兼護衛役を賜りました。これより、私の忠誠は王妃殿下に捧げます。この名誉に恥じぬよう、誠心誠意尽くす所存でございます。以後、何なりとお申し付け下さいませ。」
アレシアは、真剣そのものである彼女の眼を見て、淡く微笑んだ。
1歩2歩と彼女に近づき、立ち上がらせるように彼女の手を取る。
「ありがとう。これから宜しくね。ねぇ、クロエと呼んでもいいかしら?」
「はい、勿論でございます。」
「クロエ、早速お願いなのだけど、」
初対面ですぐ名前呼びされているクロエに、イオンはただならぬ嫉妬の視線を送っていた。また顔が怖くなっている。
「私のことは、アレシアと呼んでくれる?」
「いえ、それは…」
「何なりと申し付けていいのよね?」
アレシアはにっこりと微笑んで、圧力をかけてきた。
「承知いたしました…アレシア様。」
「我が儘を聞いてくれてどうもありがとう。改めて、これから宜しく頼むわ。」
アレシアとクロエは互いに微笑み合って、固い握手を交わした。
「え…なにあれ、羨ましすぎるんだけど。ズルい。僕も名前で呼ばれたい。アレシアの専属になりたい。メルクーリに取って代わりたい…」
「国王陛下ともあろう方が何をおっしゃいますか。」
ファニスの嗜めも彼の耳には届いていなかった。イオンの目には親しげに微笑み合うアレシアとクロエしか映っていなかった。
ファニスはそんなイオンを見てそっと息を吐き、会議の終了を皆に告げた。




